春の陽気の14(適当)



これの続き。 


「先輩…料理なんてできたんですね」
もうこの台詞を聞くのも何度目だろうか。
ぱっちりさんの前でどんな生活をしてたんだか、不思議に思う。
隣人としてひっこしてきたぱっちりさんは、常識も、そして勿論生活全般に関してそこそこ一人でできる人だ。多分。
うちのアパートの壁は薄い。つまり生活音の殆どが筒抜けだ。
アカデミーに行っている間は知らないが、家に帰るとすぐアレを撤去してくれていたし、説教もしてくれ、その上きちんと朝飯も食わせていた。
洗濯物をベランダでみたことはなかったけれど、多分それは…まあ暗部服なんて干してあったら大騒ぎになるしな。術でも使って乾かしてたんだろう。それとも部屋干し…?
まあとにかく、恐らく家事全般を一人で切り盛りしていたに違いない。
なんてできた人なんだろう。
今だって、鼻歌交じりに部屋の掃除してくれるし、食器も洗おうとしてくれるし、洗濯物だって…まあ横暴男に全部途中で取り上げられてはいるけどな。
それに反して、このケダモノ上忍はどうだ。
きっとなにもしなかったにちがいない。
隣から聞こえてきた会話は、いつだって自分に対するストーカー行為についてばかりで、掃除だってろくにしている気配がなかった。
きっと縦のものを横にもしなかったんだろう。
…何が切っ掛けになったにしろ、こうしてぱっちりさんが少しは楽になれるのならそれはそれでいい。
他にしてあげられることなんてないもんな…。
悲しいかな三代目の術すらものともせずに人の家に上がりこんでくるこの男に、俺ができることなんて限られすぎている。
なんだか虚しくなってきた。それもこれもコイツのせいだ。
それなのに、なんだっていつもこいつの態度はこんなにもでかいんだろうか。
「基本でしょ?お前だって一応潜入技能一般とったんじゃないの?」
「あ、それはまあ一応は。裁縫からなにからきりきり締め上げられましたけどね…」
暗部ってのは恐ろしいところだと改めて思う。
なんだ潜入技能一般って。俺はそんな授業取った覚えないぞ。
確かに潜入先で怪しまれない程度に、技術を身に着けることは良くあることだが。
俺だって一応算術に…それからトラップ技術で磨き上げた手先の器用さのおかげか、比較的簡単な細工物なら作れる。
それに薬学も当然身に着けているから、薬やだの商人だの適当な身分を名乗っても、違和感を感じられることは少ないのだ。 …裁縫…まあできなくはない。人でが足りなきゃ傷の縫合くらいできないとどうしようもないんだし。
でもコレ違うよな?違うだろ?花嫁修業でもしてんのか暗部は。
「って訳だから、家事全般は安心してね?」
「できません。家事は俺もそこそこできるので不要です。飯は…ありがたいですが。食ったら帰ってください」
普通の中忍の平穏を乱して何が楽しいんだろう。この男は。
こうして思い出したように拒絶しても、もはや説得力がなくなりつつある。
三人でこうして飯を食うことが当たり前になってしまったら…いやもうすでになりかけているんだが。
「はいはーい。今日のところは、ね?」
「先輩…妙なマネするようなら…」
「しないよー。今日はね」
…不穏すぎる男の台詞に、言い返す気力すらもうない。
とりあえずシチューは美味かった。…美味かったからがんばれるはずだ。それを誰が作ったかなんて事はこの際考えない。
「食器は俺が洗います。えーっと。お二人ともありがとうございます」
「いーえ」
「こちらこそ先輩がすみません…!ではお言葉に甘えて…先輩」
「はいはい。…じゃね?」
どうせ後で戻ってくるだろうが、一応空気を読んでくれたぱっちりさんのおかげで、ひと時の平穏は手に入れられそうだ。
「あーあ…」
その得難い一瞬をもてあましかけている自分が、とてつもなく恐ろしかった。


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例の続き。
共同生活なし崩し。
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