侵入者(適当)


前のお話はこれ⇒ストーカーの続き。



「お仕事終わったんですね」
 歌いだしそうなほどにご機嫌なイキモノが、アカデミーの門を出るなり張り付いてきた。さっきまで書庫でこっちを監視していたはずだから、何を白々しい。
 同僚を逃がしてから、この男は側から離れようとしなかった。席を立ったときもどこまでも視線が追いかけてくる。その執拗さと隙のなさは、まるで任務中のようだ。
 いい加減鬱陶しい。こっちにも限界ってもんがある。
 乱暴に鞄で振り払ってはみたものの、当の本人はあっさりとそれを交わし、当たり前のようについてこようとしている。
 俺の家に…つまりはコイツが自分の住処と思い定めたところに、だ。
 決して、一度として認めたことはないし、出て行けと念仏のように言い聞かせてきた。あんな事があってからは特にはっきりと拒絶もしている。
ただそれを無視して、ひたすら自分のやりたいことだけを優先するこの一遍死んだほうがいい馬鹿が、そんなことで諦めたりはしないだけだ。
「お帰り下さい。ご自分の家があるでしょう。はたけ上忍」
「ん、カカシです。帰りますよ?俺の居場所に」 
 にこにこといっそ白痴のような穏やかな笑顔の奥に、狂気とも違う異質な何かを隠し持っていることなどうかがい知れない。狂っているわけじゃない。多分元々がおかしいんだ。コイツは。
 自分の欲しいモノを手に入れることを躊躇わない。欲望を満たすためなら手段も方法も、情も人としての道理もあっさりと曲げてみせる。
   …それは上忍としてはある意味必要な資質だが、人としてはおかしい。
望まぬ快楽に溺れさせられたからこそそれに気付けただけで、周囲の人間は少しもこの里の誉れがこんな存在だってことを知らないはずだ。
 その証拠に、道行く女性たちはこぞってこのイキモノに羨望と憧憬のまなざしを向け、高嶺の花であることを嘆いてみせる。
 …彼女たちの誰かを選ぶべきだ。地位も立場も、血も、この人にとって何一つ意味のある者にならない存在に、こうも執着している意味は、里からすれば一切ないだろう。
 だが里はこの男の不興を買う事を選ばない。それは簡単に予想がつく。
この男の父親で失敗しているからな。既に。
 生き写しだというこの男の父親は、当時、里中の誰よりも…それこそ火影すら凌ぐとさえ言われたほどに強かったと聞く。
 それを喪ったのは、里の手落ちだ。少なくとも下らない理由で精神を追い詰める必要などどこにもなかった。
 損害をもたらしたのは事実だっただろう。だがその何倍も貢献していたはずだ。それを、愚かにも罪悪感を刃に変えて、一番向けてはいけない人に向けた結果が…これだ。
 この男がどこか危ういのは父親譲りなのか、境遇からか、それともその異常な強さの代償か。だがこの男を見ていて思う。本質的に、求めるものを諦めることを知らないのは、血なのかもしれないと。この男と同じタチのイキモノだったなら、自壊した理由も分かる。 
 求めるものを得られなかったら…こういう存在は息をする事を止める。
 それが地位でも名誉でも、ただの中忍の全てでも、奪うより与えて飼い殺しにすることの方が、リスクが少ない。それこそ中忍一人の犠牲で済むなら迷う余地すらない。俺を餌に子を作らせることくらいならできるだろうし。
 どうも考えが後ろ向きだ。コレを振り払うだけの気力がすり減らされ続けて、疲れきっている。
 もう抵抗するのも面倒に感じるほどに。
 コイツはそれを見計らって、こうして今日を選んだのかもしれない。
「もうすぐですねぇ」
「…俺の家はそうですね」
「早く帰りたいな」
 じっと見つめる瞳に宿る感情が読み取れない。今が夜の闇に包まれている生だけじゃない。揺れる瞳が近すぎるからだ。
「…帰れよ。あんたの家に」
「うん。そうします」
 そう答えるくせにいなくならない。…この男の家とやらが、俺の家だといわんばかりに振舞う。
「…帰れ」
「帰ります」
 狂っていてくれた方がマシだったかも知れない。この男はどこまでも正気で、こうして俺を追い詰める。
「おうち、着きましたね」
「…そうですね」
 ついに、辿り着いてしまった。安普請で、風呂場だけがこの手の貸家にしては広くて、だが長いこと住んで愛着のある我が家に。
 扉を開ける。そんなことをすれば入り込んできてしまうイキモノがいることを理解しているのに、もうなにもかもが億劫だった。
「ただいま」
 勝手な宣言と共に口付けが降って来る。逃れるために伸ばした手は強く握り締められ、涙で濁り始めた視界の端に、夜空に飾られたドアの隙間がぴったりと閉ざされるのを見た。錠が落ちる音がして空間が閉ざされる。一瞬の耳の痛みと共にピンッと張り詰めた空気からして、結界を張られたらしい。
 獲物を屠るだけだというのに随分と厳重なことだ。
「…ッく…!」
「すきです」
 抱きすくめられていて男の顔が見えない事を幸運に思った。少なくとも今は見たくない。
 体だけなら明け渡せる。…ほだされてなどやるものか。絶対に。
「うる、さい」
「ご飯食べたいですよね?でもどうしよう?シたい」
 どうせ答えなど求めていないくせに、薄紅色に染まった頬を晒して、男がはにかんでみせた。 
 引き剥がす努力を忘れた腕がだらりと垂れ下がったのを合意と受け取ったか、いそいそと寝室に運び込まれる。
 背に触れる安布団の感触は慣れ親しんだモノのはずなのに、今夜ばかりは異質で。闇になれてしまう前に硬く瞳を閉ざした。これ以上俺を揺るがすものを決して見てしまわないように。
 

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適当。
第7段階。再び上がりこむ。

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