ストーカー(適当)


前のお話はこれ⇒追い出されましたの続き。



至るところにうず高く詰まれた書籍と巻物とのおかげで、元々そう大して広くない部屋が余計にせまっ苦しく感じる。埃っぽくてカビ臭い部屋での作業はそれだけでも気が滅入るってのに、おまけに余計なモノまでいれば鬱陶しさも倍増する。
「イルカー!この書類…っ!」
 飛び込んできた同僚が入ってきた途端硬直した。いつもは快活で能天気と言われちまうくらいのヤツなのに、真っ青になって小刻みに震えている。
それもそうだな。畜生。どこまでも迷惑な話だ。…だが俺も馬鹿だ。俺以外ここにはこないだろうと思って油断しすぎていた。
「大丈夫か!」
「何、だ?今の、さ、殺気?幻術トラップ、じゃない、よな?」
 声をかけられて緊張が解けたのか、飛びつくようにして縋りついてきた。裏返った声は恐怖と混乱の中でも状況を把握しようとしてくれてるんだと分かる。分かるんだが、今俺に触れるのは悪手中の悪手だ。
 背後でゆらりと空間が捻じ曲がるほどに濃いチャクラの気配がする。多分コイツは気付いていない。俺以外の…例えば今震えている同僚に気付かれてしまえば排除される側になるのはコイツ…ってこともないか。
 アレは、どれだけ俺を虐げようと、里に守られるだけの価値がある存在だ。
 事実、俺は自分の身に起こったことを申告する事ができなかった。あっさりヤられちまったのを恥に思ったってのもあるが、もし被害にあったと言い出そうものなら、俺の存在ごと事実を抹消する気のあの男のシンパの存在に思い至ったからだ。
信じがたいが、アレは元暗部だ。それの身内ってことは…まあいうまでもない。俺なんか一人相手でも勝ち目が薄いのに、複数でこられたらあっという間に里内で行方不明なんてことになりかねないからな。
だから、諦めた。ただ存在をなかったことにしただけだ。目も合わせない、近寄らない、もちろん声なんかもかけるわけがない。それはあの男をおそれる中忍たちの間ではよくみられる態度で、不遜だなんだと喚かれるほどの行為でもなかったから、今のところ誰にも咎められてはいない。
…一番の厄介事の存在を除けば。
単に姿なんか見せなくても追い払えると言う自負か、それともまたタチの悪いことでもたくらんでいるのかは知らない。
だがとにかく、同僚だけはここから逃がしてやらないとマズい。アレはタガを簡単に外すと身を持って学習済みだ。
「…気のせいだろ。ここも随分散らかっちまってるからな。ほら、今蹴散らかしたヤツ、ちゃんと拾っといてくれよ?」
「え、あ!うわー!やべぇ!払えば!足跡…おっし!消えた!じゃ、じゃあ俺行くな?でもアレだぞ?無理すんなよ?」
「わかってるって」
 …あの後、体調は当然崩した。やりたい放題やられた精神的ダメージだけじゃなく、無理無体を強いられた体の方も限界を訴えてきて、頑丈な方だと自負している俺だが珍しく歩くのもままならなかった。
 ふらつきながら仕事をしていたとき、代わりに仕事をするからと家に帰してくれたのはアイツと…それから他の同僚たちもだ。皆気のいい連中ばかりで、そんな仲間に迷惑なんか絶対にかけられない。
 そう、仲間だ。同じ里の。…でも、アレは違う。根本からしてそれを勘違いしていた。
「飯!食えよ!」
「…ああ」
 古さだけじゃなく書庫の性質上、やたらと分厚く重い扉ががしゃりと閉ざされる音がした。
「…匂い、ついちゃった。俺のなのに」
 見えないフリをした。できるだけ自身から危険物を遠ざける努力は惜しまなかった。
 だが、コレ相手にそんな行為は多分、無駄だったんだろうな。
「近寄るな。…触るな…!」
 扉が閉じていれば中の気配も音も漏れない。だからここに誘い出した。
 他人がいなくなればすぐに触れてこようと付きまとうこのイキモノに、反省なんて文字はないらしい。
 出て行けと命じられたから出て行った。ただそれだけで、己の欲求を抑える気などまるでない。徹頭徹尾、したいことをしているだけだ。
「イルカせんせ」
 とろりと甘く濁る瞳は、獲物を屠った瞬間の獣にも似て。
「…最悪だ」
 どうして俺なんだと叫ぶことも出来ない。心配したって面だけした男が、ここぞとばかりに触れてくるだけだからな。
「おうちに入りたいです」
 許可を求めているのか強請っているのかは知らない。
 …こいつはやりたいと思った事を実行する。そのことだけは分かりきっていた。
「うるせぇ…ッ!アンタ、一体なんなんだよ…!」
 泣けば、終わりだ。歯を食いしばって耐えた。あの屈辱と、それをはるかに凌駕する意識さえ朦朧とさせる快感を思い出して身震いした。
「イルカせんせ。好きです」
 伝わらない。それに、変わらない。
 俺に触れているときだけ安心し切った顔をしてほっと短く息を吐くこの男は、また俺の領域を侵そうとしている。
 体も心も変えてしまおうとしている。それが当然の権利だとでもいうように。
「…知るか」
 拒絶しきれない。どうせこの男は変わらない。…それを言い訳に、こうして甘えてくるのを許してしまいそうで恐ろしい。
 関わりたくなんて、ないはずなのに。
「帰りましょう?ね?」
 それが当たり前だとでもいいたげに、男が袖を引く。さりげないようでいて必死に。
 どうせ拒絶なんてできないんだ。コイツが狡猾なくせに飢えた野良犬みたいに必死で、毛並みばかり上等で甘やかされすぎた猫みたいに馬鹿で、それから。
「イルカせんせ」
 置いてけぼりにされたガキみたいに、寂しい寂しいと訴える。
 …俺にだけに向けられるそれを、やわらかく優しいどこかの女性に向けていれば、誰も不幸にはならなかったのに。
「仕事中だ」
「…終わるまで、我慢します」
 こうして中途半端な言い訳を繰り返して、追い払うこともできないままでいる。てこでも動かないってだけじゃなくて、俺が駄目なんだってことも理解している。
「もう帰れ」
「待ってます」
俺を待っているってだけで、どこまでも幸せそうに笑うイキモノが、俺に無視をされないってだけで、嬉しくてたまらないとばかりにすがり付いてくる。
 あれだけ固めたはずの決意が簡単に揺らぐのが、吐き気を覚えるほどに恐ろしかった。
 

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適当。
第6段階。…負けないめげない諦めない。
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