教えて妖精さん!3

イルカが部屋に入ったのを見届けると、すぐその足で天井裏に忍び込んだ。
イルカは早速サボテンとくまのぬいぐるみに挨拶をすませ、洋服をしまおうとしているようだ。
ちまちまとタグを取り外しては綺麗にたたみ、畳んだかと思えば広げてまた眺めたりしている。 よほど嬉しかったのか、それとも出費の結果をみて後悔しているのかは分からないが、 たぶんイルカの性格からして前者だろう。
頭のしっぽをピコピコゆらしている様が、まるで子犬のようだ。今日遅刻してきたのも、 使者を探していたからというよりも、おそらく興奮して寝付けなかったのが原因だろう。 カカシはイルカがもそもそしているのを眺めながら、そっと印を結んだ。
「妖精さん!!!」
イルカが更に興奮している。…こうやって小動物を眺める気持ちで接することがイライラしないコツだな。 などと思いながら、カカシはそっとイルカに呼びかけた。
「おめでとうイルカ。第一の試練は合格です。」
「ありがとうございます!妖精さん!!!」
イルカが飛び跳ねんばかりに喜んでいる。妖精を前にして興奮が治まらないのと、試練とやらを本気にしているからだろう。
とにかく、今日の懸案事項を確認することにした。
「イルカ。今日の試練は大変でしたか?」
勝手にしゃべってくれた方が楽なので、まずは水を向けてやる。
「はい!あの、大変って言うよりも、楽しかったです。いっぱいいろんな服があって、自分で選ぼうとしたら、 カカシ先生が選んでくれたんです!!!」
イルカは元気いっぱいに、いい返事を返してきた。さて、どんどん話してもらおう。
「良かったですね。でも、イルカ。使者を困らせたのはなぜ?」
顔を真っ赤にして、イルカがもじもじと身をよじっている。どうやら照れているらしい。 この中忍にも、恥というものがあったのかと感心する。
あれだけ店で大騒ぎしても気にしなかったというのに、どんなところにイルカのポイントがあるのか、予想できない。
「イルカ。」
ずっともじもじしている中忍を眺めているほど暇ではないので、声を掛けて促してやる。…なぜか更に真っ赤になった。
「あの。すごく嬉しかったんです。でも、選んでもらった服が、結構高かったので、その。困ってしまって。 俺が別に何着てても、そんなに変わらないと思ってたし…でも違ったんです。」
顔は赤いままだが、むしろ視線は夢見る少女にきらきらと輝いている。…いや、むしろ、おもちゃを前にした子犬のようだ。 そうであって欲しい。中忍が夢見る少女なんかであってはならないと思う。
「試着してみたら、ほんとに違うんです!俺じゃないみたいだった。」
そりゃそうだ。いままでの格好がアレだけ適当なら、そこそこの服を着たら、全く違って見えるだろう。まあ、カカシが選んだ服 だからというのもあるが。
「それで、どうして、そんなにお金がないんですか?」
いつもストーカーのように家に居ついているはずの妖精が聞くのは不自然だが、もはやカカシはイルカが必ず答えることを確信していた。
「えと。俺、親がいないんです。けっこうちっさいころから。だから…。」
いきなりうつむいてしまった。さっきまで元気よくピコピコしていた尻尾が、垂れ下がってしまった。
「お世話になった里に恩返ししたくて。でも、中忍だし。頑張って上忍になろうと思ってたこともあったんですが、 教師になりたかったから、夢を捨て切れなくて。三代目が、教師になって里を支えることも重要な任務じゃっていってくれたから…。 でも。できるだけお返ししたいし、俺と同じで親がいない子に、少しだけ寄付してるんです。 …里の外で一生懸命働いている上忍の皆さんに比べたらほんとに少しなんですけど。」
イルカが、たどたどしく、申し訳なさそうに話す。なるほど。この小動物は慈善事業にも興味があったらしい。…身の程をわきまえろ とまでは言わないが、そもそも任務に対する正当な報酬を受け取っているのだから、そんなに里、里と言わなくてもいいと思うのだが。
この中忍はそれがまるで、生きる目標であるかのように連呼する。
こんな状態では、結婚する女も大変だろうし、それだけではなく、純粋に腹が立った。
「教師であることに誇りはないの?」
とっさに話し方を取り繕うのを忘れてしまった。慌てたが、やはりイルカは気にしなかったようだ。
「教師は、すごくやりがいがあって、生徒たちも可愛いし、絶対に、しぶとく生き残って、自分の忍道をつらぬけるようにしてやりたい と思います。でも、外の任務と違って、里からお金が出ているから、あんまり、その…。」
 里のことばっかり考えてないで、自分のことを考えればいいのに。
「イルカ。里の外へ任務にいく忍が、一番望んでいることはなんだとおもいますか?」
一瞬きょとんとしたが、イルカは静かに答えた。
「家族の下へ帰ること…。」
「そうですね。家族って何だと思いますか?」
「俺は、かあちゃんととおちゃんはしんじゃったけど、里のみんなだと思っています。」
「なら、分かりますね。里の外で頑張っている間に、貴方のように里を守っていてくれる忍がいないなら、 外で任務なんてできないでしょう?」
「はい…。」
「貴方の優しさはいいことだと思いますよ。でも。自分のことも守ってあげないと。」
「え?」
「里を守る貴方に何かあったら、里外に任務に行く忍はどうしたらいいんですか?」
「それは…」
「…イルカ。あなたが幸せになることが、里のためでもあるんですよ。自分のことをもう少し大切にしてあげてください。」
この中忍がインスタント食品ばかり食べているのは、好きだからというよりも、安くすませることができるからだろう。
…なんだかむかむかする。忍の基本は体だということ以前に、コイツは自分のことを何だと思っているんだろうか。
自分を大切にしない奴は嫌いだ。大体コイツは弱弱しいくせに、妙なところが頑固で、自分を曲げなさ過ぎる。
…まあいい。話題を変えよう。
「イルカ。運命の人がどんな人か気にならないんですか?」
性格とかその辺を調べといた方がいいだろう。三代目に連絡しておけば、何か手を打てるだろうし。
「気にはなりますけど…。きっと俺と一緒に生きてくれる人だから、しぶとい人だとおもうんです。」
容姿でもなく、性格でもなく、しぶとい人を第一条件に挙げるコイツは、何を女に求めているんだろうか。すこし意地の悪い気持ちになった。
「なぜ、運命の相手に出会いたいんですか?しぶとい人なら、きっとたくさんいますよ?」
さあ、なんとこたえるだろう。
「一人はやっぱり嫌です。里のみんなは家族だけど、ずっと俺と一緒にいてくれる人が欲しいんです。 …できれば運命の人と一緒に生きて、一緒に死にたい。とおちゃんとかあちゃんみたいに。忍失格ですかね。やっぱり。」
この小動物中忍にもいろいろあるようだ。思ったより複雑な思考回路をしていることに感心しながら、今日の所は帰る事にした。
十分に情報は得られた。今後の計画を考えなければ。…なぜかイライラが治まらないが、そのうち忘れられるだろう。
「そうですか。きっとイルカと一緒に生きてくれる人に出会えますよ。…では、また次の試練のときに…。」
幻術を解き、ぽかんとしているイルカを置いて、逃げるように家に帰った。

*****
 まず、あの性格を何とかしなければならないが、そのためには、ターゲットの生活暦を知る必要があるだろう。
…奴に聞こう。

 上忍待機所でタバコをふかしながら、のっそりとソファーに腰掛けているヒゲを発見し、早速接触した。
「ねえ。アスマ、もう知ってるだろうけど…」
「ああん?」
本気で不審そうだ。三代目は、てっきりイルカのことをコイツに話していると思っていたが、違ったようだ。
「うみのイルカって中忍のこと詳しいんでしょ。ちょっと教えて欲しいんだけど。」
「…アイツとなんかあったのか?…というかまさか、おめぇまで…」
痛くない腹を探られるのは腹が立つ。さっさと情報を得たらこの熊を絞めて帰ろう。
「ち・が・う。だから、あー。あの中忍の見合いのこと聞いてないの?それをなんとかしろって任務なのよ。だからさっさと教えて。」
ヒゲ熊は渋い顔をしながら、はき捨てるように言った。
「あれは、アイツに合わねぇ。大体アイツの良さもわかってないで、火影の名に釣られてほこほこ見合いに出てきちまうような女。 なんで連れてくるんだか!」
三代目の話にあったアスマの意見は、中忍であるイルカの自主性を尊重しての意見ではなく、単なる親ばかだったようだ…。
愕然としている間に、とうとうと熊がしゃべり続けている。
「大体アイツにはちょっと気の強い、リードしてくれる女がいいんだよ!多少尻に敷かれたって、その方がアイツのためだ。 あいつには、いつでもニコニコ笑っててもらわねぇと。あいつを守ってくれる様な女にしろっつたのに、イルカには、 おしとやかな女子がいいんじゃとか抜かしやがって!…まさかかわいいイルカの嫁に手ぇだしたりしねぇだろうけど、 アイツが結婚したら一緒に住みたいとかアホなほざいてたからな!」
どうにも事態が把握できないが、結論として、親バカは一匹ではなかったということが判明した。
アスマ…お前のことヒゲ熊だと思ってはいたが、もうちょっと中身はまともな生き物だと信じていたのに…。
ショックを隠しきれないでいるのに、アスマは気にせずどんどんまだ見ぬ嫁候補について、文句をつけて続けている。
「まだあきらめてなかったのか…。アイツにぴったりの女は俺が捜してやるから、自主性を尊重してさっさと断らせてやれって 言ったんだが…。見合いなんてのじゃ、アイツは気負っちまって上手くいかねぇに決まってる。俺がさりげなく出会いを演出してやるまで 待ちゃあ良かったのによ。」
「分かった、もういい。頼む。もうやめてくれ。…俺が聞きたいのは、あの中忍の理想の嫁候補の特徴じゃなくて、 どんな生活を送ってきたらあんな性格になるかってことだ。」
まあ、うすうす予想は付くが。…こいつとじじいが結託して、イルカの頭に花を咲かせまくったんだろう。
だんだん哀れに思えてくる。中忍も中忍だが、周りの環境がこれでは、まともに育つはずもない。
「イルカの性格?…アイツは素直でな。優しい奴に育ったよ。まあちょっとまっすぐすぎるけどな。かわいいだろ。まあそのおかげで、 ちっと面倒なことに巻き込まれやすいんだけどなぁ…。おめぇも!手ぇ出すなよ!」
最悪だ。コイツ自分のしでかしたことの重大さを理解していない。よってたかって中忍の人生を破綻させている自覚があるんだろうか。
大体コイツには紅っていう女もいるし
…一生責任とれもしないくせに。
「あら、イルカちゃんのはなしー?私も混ぜなさいよ!」
ひそかに腹を立てている間に、いつの間にか紅がソファの後ろから話しかけてきた。
紅が強引に会話に割り込んでくるのはいつものことだが、今不安な発言を聞いたような気がする。
いるかちゃん…まさかこのウワバミまであの中忍と仲良かったのか。…もしやこいつも……。
「イルカちゃんはね。昔っからかわいくって。やさしいのよー。騙されやすいんだけど、ソコがいいっていうか。」
きゃーきゃーと甲高い声を上げながら、イルカのことを話し始めた。…さすが女だけあって、無自覚に酷い。
イルカはいつからコイツの餌食だったんだろう。
「運命の人って、未だに信じてるしねー!私も知ってる子の中でイルカちゃんにぴったりの子探してるのよね。 …やっぱりイルカちゃんには、ちょっと小悪魔でー。可愛い系の子がいいわよね。だってほら、イルカちゃんって、 困った顔が一番可愛いいでしょ?きっと女の子もイルカちゃんのこと大切にしてくれるわ。」
アスマと同意見のようでいて、違うらしい。…恐ろしい事実だが、イルカには親バカが少なくとも3匹いることが分かった。
それに運命だのなんだのという、あの怪しい情報を仕込んだのもここにいる悪魔の仕業らしい。
もう十分話は聞けた。…正直任務うんぬんよりも、帰ってこのバカどものことを忘れたい。
「たしかに。アイツ妖精も信じてるもんなぁ。でもなあ。小悪魔系?そりゃあ違うだろ。イルカにゃ姉さん女房が一番だぞ。」
 違った。複数犯だった。この分では、きっと三代目も一枚噛んでいるに違いない。…ここまで徹底的にまともな奴がいないと、 もうどうしようもないような気がする。
「あら、大切にしてくれるんだったら、可愛い小悪魔系だっていいんじゃない?」
「だから、そんな女は、イルカを守れないだろ!」
「はあ?!イルカちゃんは可愛いから絶対守ってもらえるわよ!」
ヒゲとウワバミが喧嘩を始めた隙に逃げ出した。
…後日聞いたところによると、待機所で術まで使い大喧嘩を繰り広げたらしい。…ガイ、わざわざ青春してたぞ!!!とか報告しないでくれ…。
そして俺たちも青春だ!とか言われても、お前と戦う気力はない…。
頼むからほっといてくれ!

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