子猫が来たよ!(教えて妖精さん!番外編)

「こねこだぁ!」
俺が持ってきたかごの中身をのぞきこんで、イルカが大喜びしている。予想通りといえば予想通りなんだけど。
あまりにも嬉しそうにしてるから流石にちょっと驚いた。
「ちょっとだけ預かってくれって言われて…。」
知り合いというほど親しくない相手からの頼みで、正直最初は面倒だと思った。だが、もしかしたらイルカが喜ぶかもしれないと思ったら、 うっかり預けられてしまっていたのだ。
「かわいい…!」
早速子猫を抱きしめてニコニコ笑っているイルカの方が、よほどかわいいと思うあたり、自分も相当イカレてるんだろう。
「そいつ。しばらく一緒に暮らしてもいい?」
断るはずがないと思いながら、猫に甘噛みされているイルカに一応聞いてみた。
アパートの大家は忍びが入居してる事を知っている。つまり、口寄せなんかを使う忍びにとって動物禁止はありえないから、 飼うこと事態は問題ない。だが、一応この家の持ち主はイルカだから、確認くらいは取っておくべきだろう。
まあ、返ってきた答えは予想通りのものだったが。
「もちろん!…かわいいなー!名前はなんていうんですか?」
「コガネ?だったかな?」
トラ猫だからって安易なネーミングだと思ったが、イルカは気に入ったようだ。
「コガネって言うのかぁ…!カッコイイ名前だな!強くなれよ!」
そんな事を言いながら、早速子猫に語りかけているイルカ。
…かわいいんだが、その熱心さにちょっとだけ不安になった。
*****
そもそも、子猫を預かることになったのは、ちょっとした偶然だった。
その日、たまたま上忍待機所でイルカの仕事が終わるのを待っていたら、いきなり飛び込んできたヤツがいたのだ。
新任上忍でしかも任務でもかち合ったことのないその男は、何故かカゴとデカイ袋を担いで血走った目をしていた。
…任務か…?
そう思ったカカシだったが、男はきょろきょろと辺りを見回すと、いきなり大声で叫んだ。
「お願いします!誰かうちのコガネを…コガネを預かってください!!!」
「はあ?」
事態はよく飲み込めないが、そいつが冷静さを完全に失っていることだけは良く分かった。
他の上忍たちも不審そうな顔でソイツとその荷物を見つめている。
だが、男は視線が集まったことに気を良くしたのか、更に喚き続けた。
「あの!俺任務が入っちゃって…!でも、俺んちのコガネはまだ小さくて!面倒見てくれる方いらっしゃいませんか!?」
そしてその瞬間、カゴの中からミーと甲高い鳴き声が響いた。
…要するに、子猫を預かって欲しくてあそこまで慌てていたらしい。
…コイツが上忍としてやっていけるか不安になった。
まあ、ガイだってやっていけてるんだから大丈夫だろうが。
大体話は分かったので読みかけのイチャパラに視線を戻した。当然他の奴らもさっさと自分のしたい事をし始めたんだが…。
男はそれでも諦めなかった。
「あの!はたけ上忍!」
いきなりカカシに向かって名指しで声を掛けてきたのだ。
下っ端が、どちらかというと一人歩きした噂のせいで、無駄に恐れられているというのに、勇気がある。 そこは買ってやってもイイが…内容が頂けない。
「俺のかわいいコガネを…その辺のペットホテルなんかに預けたくないんです!」
そういって、かごの中から小さくてモサモサした生き物を取り出して見せた男は、頬ずりして涙さえ流している。
「ほら…このつぶらな瞳!かわいいと思いませんか!!!しかも、この手の大きさ!きっとでっかくなります!将来は俺の忍獣として…」
…完全に猫馬鹿だ。それは間違いない。思わずしらけた視線を向けてしまった。
だが、この男の慌て具合を抜きにすると、…子猫という生き物はかわいい。
つまり、かなりの確率でイルカが喜ぶ。
カカシは、思わず子猫を抱くイルカを想像した。
そして、一応取り乱してはいても、目の前の男も上忍だった。
そんなカカシの隙を見逃さず、すばやく荷物を押し付けてきたのだ。
「はたけ上忍!あなたなら確実にコガネの面倒を見てくださいますね!よかった…!!!任務が終わり次第迎えに行きます!!! …コガネ!頑張るんだぞ…!!!」
ホッとしたように笑ったあと、カカシの手に子猫を握らせて、男はさっさと姿を消した。残されたのは子猫と大量の荷物。
「なんなのよ?アレ。」
「ま、頑張りなさいよ?」
カカシは、爪の手入れをしながら他人事のように言った紅に返事すら出来ず、手の中でくりくりと丸い瞳を動かしてきょとんとしている 子猫を呆然と眺めたのだった。
*****
コガネがきてからのイルカは…それはもう甲斐甲斐しく世話を焼いた。
餌も子猫用の缶詰をちゃんとほぐして与えているし、トイレもキチンと着いてやっていて、上手くできるとカカシが思わずむっとする ほどほめてやっている。
茶トラだからか、イルカは「しましまコガネ!」などと呼んでは可愛がっていて…それに反応して飛びついてくる子猫をかまって かまってかまいたおして…。カカシそっちのけでいちゃついているのだ。しかも…小さくて心配だからと、アカデミーにまで、 子猫を入れる特製の猫袋を作って連れて行っている。
その結果、コガネの方もしっかり懐いて、今もイルカの後ろをちょろちょろとついて回り、周囲の人間にも「お前、猫の母親みたいだな!」 などといわれるほどだ。
…それにまんざらでもなさそうに鼻の傷を掻くイルカを見ていると、大人気ないと思いつつも、もやもやする。
しかも、あろうことかこの間など、とんでもないタイミングで子猫に邪魔されたのだ。
任務から帰ってきてすぐ、迎えに出てきたイルカを抱きしめてキスして…これからまさにイチャイチャしようというところで…。
イルカの猫袋の中で、間に挟まれた子猫がミーミー泣き出したのだ。
当然イルカはすぐにカカシを放って子猫の方に意識を向けてしまった。
「ああ、ご飯かな?すぐ用意するから!」
等といいながら…。
…おかげで最近子猫を見ているとイライラを押さえきれない。
「どうしたのよ?暗い顔して。…やっぱりアレ?」
上忍待機所でぼんやりしながら、無意識にため息でもついていたらしい。
にんまりと口の端を持ち上げた親バカクラッシャー…いや、紅に話しかけられたのだ。
「あーうん。最初は喜ぶかなと思って連れてきたんだけどさ。」
とりあえずは平静を装ってはいたが、やはり愚痴っぽくなってしまった。
…イルカのこととなるとやはり動揺を隠し切れない。
そして、紅がソレを見逃すはずがなく…。
「男の嫉妬は醜いわねぇ?」
くすくすと笑いながらカカシを揶揄してみせる紅は、いかにも楽しげだ。
…元々イルカの親バカだからな…。
恨みを買っている自覚はあるだけに、今後の行動もとても好意的なモノとは思えない。ここはサラッと流すに限る。
「うるさいよ。あー…早く帰って来ないかな。」
子猫の主人が帰って来ればイルカも解放されて、カカシだけのイルカに戻る。
思わずつぶやくと、更に笑みを深くした紅がからかうように言った。
「ふふ…まるで子どもができたばかりの父親って感じ?」
「あのね。」
イルカは確かにあの子猫を子ども並みに大切にしているが…。
だからといって、あんな子猫を孕ませた覚えはない。
「じゃあね。精々頑張りなさい。ああでも、イルカちゃん泣かしたら…覚悟しときなさいね?」
…言いたい放題言った後、紅はさっさと出て行った。
確かにイルカは世話好きだし、教師をしているくらいだから子どもも好きだ。きっと赤ん坊ができたらソレこそ今よりもっと 可愛がって大切に育てるだろう。あまりにもぴったりすぎる…。
そう考えると、いっそのことイルカに産ませてもいいんじゃないだろうか?
作ろうと思えば出来なくはない。子猫なんかに盗られるよりは、イルカの子どもの方がずっとましだ。それに…そうした方が 一生イルカを閉じ込めておけるかもしれない。俺の事を妖精だと信じているくらいだから、騙すのは簡単だろうし。
どうやって孕ませようかというところまで考えていたら、待機所の扉が勢いよく開いた。
「カカシさん!お待たせしました!お仕事が終わったので帰りましょう!」
部屋に飛び込んできた勢いも凄かったが、何よりイルカは息まで切らしている。…カカシを待たせるのがイヤで走って来たに違いない。
やっぱり保留にしよう。…そんなコトをしなくてもイルカはカカシから離れていかないだろう。
「うん。帰ろっか。」
「はい!」
首から提げた猫袋を撫でているのは気にいらないが、今日の所は必死なイルカの可愛さに免じて許してやろうと思った。
*****
「え?」
「やっぱり無理ですよね…。でも、三代目のお使いだから、コガネは連れて行けないし…。どうしよう?」
イルカがしょんぼりとうつむいて、膝の上のコガネをなでている。子猫は事情が分かっているのかいないのか、 イルカの手を熱心に舐めては頭を擦り付けて懐いていて…。
…やはりどうしてもイラついた。
急な任務は心配だが、多分爺馬鹿のいやがらせだろうから危険はないだろう。
それよりも、重要なのはイルカと子猫を僅かながら引き離す時間が出来るということだ。
「それなら、俺が預かるから。どうせ明日は休みだし。それに元々俺が預かってきた猫だし。」
気がついたらそう口にしていた。
「ありがとうございます!カカシさんなら安心だ!すぐに帰って来ますから!」
目を輝かせてそういうイルカはやっぱり可愛くて…今更後には引けなくなった。

…そんな訳で、今カカシの前にはやたら警戒心をむき出しにした子猫がこっちをにらんでいるのだが…。
「…イルカに頼まれてるんだから、おとなしく面倒みられなさいよ?」
思わずそういってしまったが、そのセリフの何かが気に障ったらしく、子猫は声高に鳴き始めた。いつもイルカを呼ぶときの 甲高い長い鳴き声が部屋に響き、思わず殺気が出そうになった。
なにせ、この子猫のお陰でイルカとの時間もイルカの感心も大分もって行かれてしまっているのだ。イライラしながら子猫を見ていると、 部屋中を歩き回っては匂いをかぎまわり、どうやらイルカを探しているようだ。
…この子猫は正直どうでもいいが、イルカが悲しむのは大問題だ。このまま放っておいて具合でも悪くなったら困る。 何とか深呼吸して苛立ちを抑え、イルカを探し回っている子猫の首根っこを掴んで膝に乗せてやった。
しばらく目をまん丸にしてもごもごしていたが、背中をなでてやっていたら少しは落ち着いたようだ。小さい身体で一丁前丸くなり、 おとなしく寝転んでいる。
「…早く。返ってこないかな…。」
最初はカカシに向けられていた嫌がらせは、最近になってイルカへのお使いという穏便な手段に変わった。イルカが疲れるのも心配だが、 それより…イルカがいないことで意外に大きなダメージを受ける自分がいる。
ため息とともに思わずこぼしたつぶやきに反応した様に、子猫が俺の手を舐めてきた。
ちょっと驚いたが、ひとしきり舐めて納得した子猫は本格的に眠ってしまった。
眠る子猫は柔らかくて温かい。イルカを呼ぶ声もまるで自分を見ているようで苛立ったが、必死になる気持ちは良く分かる。
イルカのぬくもりは、一度味わったら二度と離れられなくなるくらい温かくて深い。
それに縋る子猫は、多分自分と同じなんだろう。…譲る気は毛頭ないが。
だが、そう思うとこの子猫への苛立ちが極僅かだがましになった気がした。
「かわいい…のかもな。」
子猫の背をなでながら、イルカの帰りが早ければイイと思った。
*****
「ただいま!」
「え!?イルカ!」
ずいぶんと早い帰りだ。距離はそれほどでもないが、爺のことだから、きっと先方に引き止める様に指示しているだろうから、 時間がかかるだろうと思ったのだが、まだ夕方といっていい時間帯だ。
「コガネが心配で…!でも、よく寝てる…。やっぱりカカシさんはすごいなぁ!」
なるほど。子猫のことが心配で急いで帰ってきたのか。イルカのことだから心配を隠しきれずに顔に出して、 それに先方が負けたってトコだろう。
「お帰り。イルカのコト探して、ずっと鳴いてたんだけどね。…鳴き疲れちゃったみたい。」
カカシがそういうと、イルカは柔らかく微笑んだ。
「カカシさんの膝は安心するからですね…。ふふ…かわいいですね…!」
小声でそういって子猫をなでるイルカが、正に母親のように見えて。そう思うとこの子猫が可愛く見えたような気がした。
「ご飯は後にして、起きるまで待ちましょうか。」
「そうだね…。」
二人して子猫を眺めながら、こういうのも悪くないと思った。
***** あの日以来、僅かながらカカシにも懐いた子猫と、それなりに平和な生活を送っていたのだが…。
「コガネー!!!」
「え!?」
「あ。」
朝っぱらからデカイ声で家に飛び込んできた男が、全てを台無しにした。
「にゃあ!!!」
イルカから子猫をひったくるようにして抱きしめて頬ずりして。
子猫はちょっと嫌そうだったが、それなりに嬉しいのか一応男の顔を舐めてやっていた。
「帰って、来たの。」
「はい!ありがとうございました!お礼はコレとコレとコレと…」
男はデカイ風呂敷包みの中から、酒だの菓子だのをどんどん取り出してはおいていく。だが、イルカは…。
「あ、帰っちゃうんですね。コガネ…。」
今にも泣き出しそうなくらい悲しげな顔をしたイルカが、男の手の中の子猫を見つめている。
「イルカ…」
だが、慰めようと思う間もなく、イルカはにっこり笑った。
「良かったな!コガネ!…大切にしてもらうんだぞ?」
イルカが子猫の頭を撫でると、子猫もすりすりと手に頭を擦り付けている。
…イルカが無理をしているのは歴然だった。
「ありがとうございます!本当に!また今度お礼は改めて!」
しんみりした空気をぶち壊すような大声で礼を言った男は、来たときと同じように、すごい勢いで去っていった。
勿論子猫を抱きしめたまま。
…今度会ったらきっちり締めてやろうと決めたが、ソレよりイルカが心配だ。
扉を閉めてすぐに振り返ると、やはりイルカは泣いていた。
「うー…!」
声を殺して涙を流すイルカは、見ているだけでも痛々しい。
「イルカ。また連れてきてもらうから…泣かないで…?」
そっと抱きしめると、縋りつくように抱きついてきた。
…からっぽの猫袋にはもう邪魔はされないが、それを思うと自分でも何か寂しいと思う当たり、気付かない内に情が移っていたらしい。
「コガネが幸せになるんならイイと思ったけど…寂しいなって。それに…」
「それに?」
「なんでもないです!」
鼻をぐすぐす鳴らしながらそっぽを向いたイルカが、何か隠しているのはバレバレだった。
そっと頬に手を添えてカカシの方に向けさせた。案の定泣きながらものすごく悲しそうな顔をしていた。 イルカにおいていかれたときの子猫より、ずっと。自分の胸が締め付けられるように苦しくなった。
「ウソ。ねぇ…言って?」
イルカの耳元にそっと囁くと、涙交じりの声でイルカが言った。
「カカシさんが…!ああやってどこかに行っちゃったらって…!」
しがみ付く力の強さが、そのままイルカの不安を証明していて、そこまで求められていることにカカシは暗い喜びを覚えた。
ソレがイルカに伝わることはなかったが。
「どこにも行かないよ?ねぇ…俺は誰の妖精?」
「う…。俺のです!だから…どこにも行かないで…!」
「うん。絶対どこにもいかないよ。」
「ふっぇうえぇぇっ…!」
「大丈夫。側にいるから。」
イルカの顔中に口づけを落として…イルカが泣きやむまでずっと抱きしめていた。
ひとしきり泣いた後、落ち着いたのか、イルカが照れたように笑った。
「カカシさんは…俺の妖精さんですもんね!」
「うん。ずっとイルカだけの。」
「なら、大丈夫です!」
そういってはにかんだイルカが可愛かったので…。
「俺がここにいるって…確かめて…?」
なんていいながら、ワタワタ慌てているイルカを寝室に連れ込むことに成功した。
久しぶりに触れるイルカにちょっと暴走したのはご愛嬌だ。
*****
盛大に泣き出したイルカを慰めるついでに、いちゃいちゃすることには成功したのだが…。
その後、調子付いた男がしょっちゅうイルカに子猫を預け、大猫になってからも時々預ける様になったので。
「イルカ。またなの…?」
「はい!コガネが遊びに来てるんです!」
「なぁぁぁあおう!」
…今でも時々猫には苦労させられている。

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妖精さんの続き的な何か。
相変わらず香ばしい感じのまま…。
するっと読み流してやってください…。

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