晴れた日に



「閉じ込めたいなー…。」

あのひとは明るくて何もかも自分とは違う。
…欲しいと気付いたのはいつだったか。ただ自分でも不思議に思ったのは覚えている。
あのひとの前では善人面しながら、…いつもめちゃくちゃにすることだけ考えてる。
気付いてから、ずっと。

「明日。天気良かったら、掠っちゃおうかな。」

この暗い欲望をいつか押さえ切れなくなるのなら、そんなきっかけもいいかも知れない。
手の中の硬質な音を立てる銀色の輪を弄びながら、そう、思った。


「お疲れ様ですカカシさん。報告書、お預かりしますね!」
「…今日は、天気がよくないですねぇ。」
「ああ、そういえばここの所曇り続きですね。早く、晴れればいいのに…。」
「そうですね…。」
「…はい。結構です。お疲れ様でした!」
「じゃ、また、今度。」
「はい。今度お会いする時は天気がいいといいですね!」
「…晴れてたら。いいですね。」
「ええ!」

晴れたら、きっと。

*****

「今日も。だったな。」

あの人と知り合ってから気付いたそれは、いまでもずっと続いている。

時折向けられる鋭い針のような、それでも確かに奇妙な熱を孕んだ視線。
今までナルトのことで散々向けられてきたような敵意や、悪意でもなく。…静かで、でも確かな。

俺だけに向けられるソレが何なのか…。理由を求める俺の心には、漠然とした不安と、あいまいな期待だけがわだかまっている。

それでも、俺は…あの人に聞くことさえできないでいる。明らかになる答えが、恐ろしいのかもしれない。

「あーそうだな。今日も天気悪いよなぁ?」

何も知らない同僚が、俺のつぶやきに不機嫌そうに応えてくれた。
あの人といる時に感じる日常から切り取られたように張り詰めた空気が、変わる。
そのことに確かな安堵と、少しの寂しさとを覚えながら、それを誤魔化すように俺も話に乗った。

「晴れたらいいな。…洗濯にも困るし。」

コイツも俺も独り身だから、洗濯物がたまるのは一大事だ。だが、同僚はしみじみと哀れみの篭った声で返してきた。

「所帯じみてるよなあお前って…。」
「うるせー。」

ふざけ混じりに言い返しながら、戻ってきたはずの当たり前の日常がどこか変わっていくような…そんな予感がした。

…明日は、晴れるだろうか?

*****

「ざーんねん。…今日も、雨、か。」

ここの所ずっとはっきりしない天気が続いていたが、今日になってやっと、天を覆う雲は、ついにそのため込んだ水を 吐き出したようだ。
雨脚はこの時期にしては激しく、地面を白く煙らせている。

「でも、きっとこれで、晴れるよねぇ…?」

どんよりと曇った空は、その内に蓄えたものを流しきって、いずれウソのように青い空を覗かせるだろう。

今日も、あの人は受付に座っているだろう。自分の身に何が起ころうとしているかなんか知りもしないで。

…折角だから顔だけでも見に行こうか。多分、まだ大丈夫のはずだから。

「晴れるまでは、ね。」

銀色の輪は静かにその時を待っている。

*****

「雨だなぁ…。」

晴れるのはいつになるんだろう。
厚く垂れ込めた雲から降り注ぐ雨は、ざあざあと騒がしいくらいだ。
…いつか晴れるなんて思えないくらいに。

「なんだよ。また洗濯の心配か?コインランドリーでも行けよー?」
「あー…うん。そうだな。」

書類を捌きながら、同僚の言葉を適当に流す。あの人は、今日も来るだろうか?

「イルカ先生。報告書。」

俺の思考を読み取ったみたいに、気がつけばあの人が目の前に立っていた。
その手が差し出した報告書を、少し緊張しながら受け取る。…いつもの様に。

「あ、はい。お預かりします。」

いつも通り分かりやすく簡潔な報告書を確認しながら、俺は目の前の人の視線が、窓の外に向けられているのに気付いた。

「雨、ですね。」
「そうですね。あいにくの天気で…。」

そうだ。この人も晴れるのを待っていた。だから、俺は…。

「でも、もうすぐ晴れますねぇ。これだけふったから。きっと。」
「ああ、そうですね。明日には晴れるんじゃないでしょうか?」

口調は淡々としているのに、その瞳には僅かな期待のようなものが浮かんでいて、俺も何だか晴れるのが楽しみになってきた。 この人は何を待っているんだろう。

「明日、晴れるといいですね。」
「そうですね。」

いつもの様に笑顔で返すと、目の前の人も嬉しそうに微笑んでくれた。
その笑顔があんまりにも純粋に見えたから、それに驚いている間にあの人が出て行ってしまったことに気付かなかった。

「はたけ上忍も天気の心配なんかするんだな。」

ぼんやりしている俺に話しかけてきた同僚が不思議そうにつぶやいた。

「まあ、そりゃそうだろ。天気悪いのってなんかやだし。」

「でもさ、上忍って、そういうの気にしないような気がしてたよ。特にあの人は。」

「…あの人って…カカシさんか?なんでだよ?」

確かにちょっと変わっているし、たまに俺に向けられる視線は気になる。でも、いい先生だ。強くて、でも優しい。

「えー?なんかさ、浮世離れしてるし、半分伝説だろ。」
「そりゃ俺たちより強いだろうけど、あの人も同じだろ。」
「ま、そうなんだろうなー。なんかちょっと違和感あるけど。」

まだ何かいいたそうな同僚のことばを遮るように、あの人の出て行った先に向けていた視線を書類に戻した。

「いいから。仕事するぞ。」

不満げな同僚をいさめ、俺も止まっていた手を動かし始める。
いつもの仕事をいつもの様に終らせるために。

それでも…明日は晴れる。そう言ったときにカカシさんが見せた表情が、俺の脳裏からはなれなかった。

何かを期待するような、それでいて恐れているような…。

「明日は、晴れるかなぁ?」

晴れたら、きっと。…何かが変わる。それが何なのかは分からないけれど。

*****

開け放した窓から、朝日がうるさいくらいに飛び込んでくる。
今日は間違いなく天気がいい。それもきっと雲ひとつ無いくらいに。

「晴れちゃった。」

心は浮き足立った様に落ち着かないのに、俺の手は冷静に準備を進めていく。
あの人を閉じ込めるために。

「だって、晴れちゃったんだよねぇ…。」

さあ、哀れな獲物を捕らえに行こう。

*****

攫って、捕らえて、散々犯した。

ベッドの上には行為の残滓でぐちゃぐちゃになったシーツと…うつろな瞳でモノのように転がるイルカ。
腕に嵌られている銀色の拘束具が、やけに似合っている。
汚されたというのがありありと伺えるその姿に、狂喜した。

…これでこの人は俺のものだと。

だが、一方でコレが錯覚であることも良く分かっている。

「どうして」

怒るでも嘆くでも叫ぶでもなく、ただそれだけを繰り返したこの人が、そんなことさえ口に出来なくなるくらいまで汚した。

この暗い喜びが永遠のものならいいのに。

自分でも分かっている。…支配できたと思っても、今だけだ。この人の体の自由は奪っても心までは縛らなかった。
正気に戻れば俺をなじるか、怯えられるかもしれない。
もっと悪ければ…正気さえ失ってこのまま…。

…ああでも、それならずっとこの人を俺のものに出来る。

この人を捕えてしまったときから、後戻りできないことは分かっていた。
なら…このまま、ずっと、この人だけをみていて何が悪い?

「ずーっと晴れなきゃ、よかったのにね?」

閉ざされた瞳からこぼれた涙をを舐めとりながらつぶやいても、イルカは微動だにしなかった。

*****

一瞬だった。

いつも受付で見かけるくらいしか接点の無いあの人が尋ねてきて、それで、確かこういった。

「だって、晴れちゃったから。」

「え?」

「だから。…ごめんね?」

言葉は謝っているのに、その笑顔は晴れやかで、でもどこかまがまがしくて。俺は思わず身構えた。

それは大して意味のあることじゃなかったけれど。

「さ、行こうか。…もうずーっと。待ってたんだよねぇ。」

その言葉を最後に、俺の意識は一旦途切れた。


…目を覚ましたときに、一番最初に目にしたものは、輝く銀色。

「やっぱり似合うね。」

「う……?カカシさん…?」

「ずっと欲しかったんだ。だからもう…我慢しない。」
「カカシさん…?」

満足そうに微笑む人に伸ばした手が、かちゃかちゃと音を立てた。
それで、俺の腕を捕らえているものの存在に気が付いた。

…手錠だ。

忍が使うことのない、銀の鎖と輪でできたおもちゃのようなそれに、俺の腕は捕らえられていた。
砕くことも抜くことも出来ないように、ご丁寧にチャクラ封じまでされている。

「可哀相なイルカ先生。…でも、諦めてね?」

俺を捕らえたこの人は、横たわる俺に覆いかぶさりながら、どこか皮肉っぽい口調で囁く。

「なんで…こんな…?」

「さあ、俺が聞きたいくらい。ま、晴れちゃったから。ね?」

その言葉が理解できる前に、痛みと快感の無い混ぜになった激しい熱に流されて… でもずっと、この人が見せる焦りと痛みを堪えるような表情が悲しくて。

「どうして」

そう何度問いかけても、答えは返らなかったけれど…。

*****

ゆっくりと、その瞳が開かれるのを、見ていた。
目覚めてもぼんやりと虚空を見つめているその瞳には、まだ意思のきらめきが見つけられない。

「壊れちゃった…?」

この人がもう笑わないかもしれないのが恐ろしい。
でも…もうこの人がどこかの誰かのものになる事を恐れなくてもいいのなら。
俺は…。

「カカシさん。」

俺を呼んだ。まるで正気みたいな声で。

「なぁに?」

「おしえてください。俺は、どうして?」

「だって、欲しかったから。」

「…馬鹿な人。」

「そうね。でも、もう…」

瞳をゆがめて笑うこの人が、初めて俺に笑ったときも、こんな顔だっただろうか。
呆れたような、でも優しい。
ずっと欲しかった。俺だけを見つめる視線。

「俺は…俺も同じ事をしたかったと言ったら笑いますか?」

「だって、あなたの視線が、俺以外に向けられるのが、イヤだったんです。」

「だから、もう、俺は…。」

言い募るその瞳の中には確かな狂気が、俺と同じ光を放つそれが…。

「もう。いいんだ。我慢しなくても。」

その手を戒めるぎんいろのわを外して、伸ばされる手に応えるように抱きしめた。

「「ずっと。このまま。」」


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…切ない系を書いてみよう!と思ったら何故かサイコホラー風味ができる不思議。
一回拍手に上げてみた所、リアクションが思ったよりいただけたのでそっと上げてみてました…。
あ、ちなみにコイツはシリアス編にて、後ほど出来ればギャグ編が出来たりできなかったりする かもしれませがどうだろう…。
コイツのリアクション次第…?っていうか、なんかこうもにょもにょする仕上がり…orz。
ご意見ご感想などがございましたらお気軽に拍手などからどうぞ…。

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