空が破れた日

雨が、降っていた。
空を厚く覆った雲は絶え間なく水をこぼし、はじけた水滴が大地を煙らせるほどだ。

土と水の匂い。

これが、俺がかぐ最後の匂いかと思うと、どこか感慨深い。

血の匂いよりよっぽどマシだ。…切り裂かれた腕も足も、腹からも…既に抜けるだけ抜け切った赤い轍さび臭い液体は、雨が全部洗い流してくれた。

まるで罪と後悔だらけの俺を清めるように。

傍らに転がった面だけが、僅かな赤を視界に添えている。

このまま…ゼロになるのも悪くない。

降り注ぐ生暖かい水に溶けて…俺の罪も後悔も過去も全部消えてくれるなら…。

ああでも、借り物の左目だけは潰さないと。これは誰の手にも渡ってはいけないものだから。

とっくに生きるのを諦めた腕でも、何とかそれぐらいの働きはしてくれるだろう。

ぎこちなく動く腕を左目に当てた。

…温かい。

「駄目ですよ。まだ諦めるのは早い。」

見知らぬ男が俺の手を掴んでいる。弱って…というよりも、むしろ死に掛けているからだろうか?気配など全く感じられなかったのに、男は確かに俺の側にいる。

それも、柔らかい笑みを讃えて。

温かいと思ったのは流し込まれるチャクラのせいだったらしい。

もう無理だと。…もう、終わってもイイんだと思っていたのに。

しっくりとなじむソレは抗い難く、拒絶できずに流し込まれる物を受け入れた。

「ああ、大分顔色がいい。…あとは、コレ飲んでくださいね?」

深いものも浅い物も…すべての傷を手際よくと塞いでみせた男が、痛みの戻ってきた身体を強引に持ち上げた。

痛みに呻くのにも微笑んで。そして…。

「…っ!」

キス、のつもりじゃないのは分かっていた。
水とともに流し込まれたのは多分丸薬だろう。

だが、それでも驚いた。

その温かさと柔らかさと…なにより懐かしささえ感じるほど男の唇が馴染んだことに。

「駄目な人ですねぇ?俺に会う前に逝くつもりですか?」

こんな男は確かに知らない。黒い髪に黒い瞳の忍など、掃いて捨てるほどいるが、顔の真ん中を横切る大きな傷は、見た覚えがない。

尻尾のように揺れる髪は、俺の犬たちを思い出させてはくれたが、俺の記憶をたどっても男には見覚えがなかった。

何より俺は、こんなに温かく…そして辛そうに微笑む人を知らない。
ああ…見ているだけで胸が痛い。

「アンタ、誰よ…?」

情けないほど弱弱しく掠れた声に、力強く甘い声が答えた。

「俺は…多分、アンタの運命ってヤツですよ。…待ってるから勝手に諦めちゃ駄目ですからね?」

凛としたその声にウソは感じられなかった。あるのはただ俺への心配と…包み込むような温かい何かだけ。

照れているのに確かな自信に満ちた声は、まるで予言。
引き寄せられるようにその手を握り締めると、男は照れたように鼻傷を掻き、そして…一瞬の内に消えた。

「待って…っ!」

ただ脳裏に残る笑顔だけを残して。

*****

俺の傍らで微笑むのは最愛の人。

「ねぇ。イルカ先生。運命って信じます?」

「ソレをあなたが言いますか?」

呆れたような声。でも俺の頭を撫でる手は優しい。

まあそれもそうだろう。
運命の人と名乗ったこの人に会うために、生きるコトに初めて執着した。
俺の部下がきっかけで出会ってすぐに、運命の人だと追い掛け回したのも俺だ。

あの時、この人は暗く澱んだ空を破るように現れて、そして消えてしまった。

それから探して、探し続けて…でもどこにもいなかった。
…ずっと、諦め切れなくて…。
運命を自称するくせに、目の前で消えるなんてどういうことだと憤りもした。

でも、待っていると言ってくれたから。

その言葉に縋るように、俺はずっと生き残るためにあがき続けた。

だからこそ…。

「俺はねぇ。信じてますよー?」

これからこの人があの時の俺に出会うのか、それとも全部知っていて俺の側にいてくれるのか…。

今でもどっちなのかはわからない。

それでも…慈愛を具現化したような…まるで聖母のように微笑むこの人だけが、俺の運命の人だ。

喧嘩っ早くて、男気も溢れてるけどね?

「まあ、実は俺も…運命ってヤツを信じてしまいそうですよ。あんたのおかげでね。」

相変わらず照れたときに鼻傷を掻くこの人が例え全部知っていたのだとしても…俺はこの運命に感謝する。

生きるなんて難しいことを、簡単にかなえてくれる笑顔に出会えたから。

「ねぇ。好きですよ?」

「ああはいはい。いいからそろそろ膝から降りて下さいよ。折角の休みなのになんにも出来やしない!」

赤い顔でそんなコトを言う可愛い人の口をふさいで…あの時の仕返しのように笑ってやった。

「待っててくれてありがと。大分長かったねぇ?」

それが答えなのかどうなのか…小声で囁くように「長かったのはこっちもだ…!」なんて声が聞こえてきたから。

俺は真っ赤に染まった耳を食みながら、愛を囁くコトにした。


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突発的に意味不明ふぉもバカップルが湧いたので置いておきます。
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