先輩―やさしいうで―


寒いとか月がきれいだとか…そんなことが分かるような状態に戻るまで、僕はサイに…僕よりずっと年下の子どもに 抱きしめられたままみっともなく大泣きしていた。
いい年した…しかも一応隊長の僕が、情けない声を上げて泣いているっていうのに、サイはずっと慰める様に僕をなでてくれた。
…こんな子どもに慰められてちゃいけない。
優しい腕に甘えて盛大に泣いてからやっとそう考えられるようになった。
このままじゃいけない。
「すまない…もう、大丈夫だから。」
僕は何とか身体を起こしてサイの腕から抜け出そうとした。僅かにサイの腕から離れるだけですっと体から熱が逃げて、 寒くなった気がする。
依存してる証拠だ。元々僕はあんまり人に触れられることに馴れていないからなのかもしれない。だから、 こんなに細くて…でも温かい腕に甘えてしまったんだ。
…僕はそう思い込もうとした。
自分の情けなさを振り切るように、僕は背中に回されたサイの腕をそっと引き剥がそうとしたんだけど…でも、それは果たせなかった。
「ウソは、聞きたくありません。」
僕の腕を掴んだサイはそのまま僕を引き寄せて、僕の頬に伝う涙を舐め取った。
頬に、熱い感触が走って、いたたまれなくて…とっさにその熱から視線をそらしたつもりだったけど、サイはそれを許さなかった。
「僕がいます。独りになんか出来ない。また、泣くんでしょう?」
僅かに咎めるような口調。この子はずっと感情をちゃんと表現できていなかったけど、ちゃんとこうやって仲間の事を心配できてる。 僕はちょっとホッとした。
こんな風に話せるんだったら、きっとこの子も大丈夫だよね。根の教えよりも外の方がよっぽど糧になるって分かるはず。 表現方法がちょっと問題があるし、僕のことは…まだ勘違いしてるみたいだけど。
「大丈夫。ただ、ちょっとだけ一人になりたいんだ。…すまない。」
自分でもぎこちないと思う笑顔を作って、サイに微笑みかけた。
ソレを見て、サイは虚をつかれたように目を見開いている。
やっぱり…僕の顔、よっぽど酷かったんだろうな…。
「ありがとう。」
放心しているサイの頭を、むかしイルカさんにしてもらったみたいになでて、僕はサイを残して自宅に帰った。 何かに駆り立てられるみたいに全速力で。
「ヤマト隊長…」
風に消されて良く聞こえなかったけど、僕の名前をつぶやくサイの声が背中に聞こえた気がした。
*****
「うわぁぁああぁあ!?」
朝っぱらから自分の悲鳴に驚いて目が覚めた。
…とんでもない夢、みちゃった…。
これまでにも何度か見たことのあるような夢だった。…サイに襲われる夢。
今までは叫んでも恐怖の方だったのに、気持ちよかったという感覚がまだ残っていて、その事実に驚きと恐怖でパニックを起こしそうだ。
混乱した僕の脳は、止めておいたほうがイイと分かっているのに勝手に夢の記憶を反芻する。
何だか分からないけどそこは温かくてやわらかい所で、僕は誰かに優しく抱きしめられていて…しかも、情けないことに泣いていた。 でも、その誰かに優しく…大切なだれかにするみたいになでられて、何故かほっとして…。涙を舐めとる顔を見たらサイで、 いつもならサイに何かされてるって気付いた時点で叫んじゃうから目が覚めるのに、昨日は…。
自然に笑ってるサイに僕も何だかホッとして笑い返して、でもそのうちいつのまにか服が脱がされてて、 体に触られててでも僕は抵抗してなくてふわふわした気分で笑ってた。
…悪夢だ…。
ただ子どもにするみたいになでられただけなんだけど、どう考えても僕の夢は異常だ。
ひょっとしてサイがまた何かしかけてきたのか…!?いや、でも!…昨日、帰って来て顔を鏡で見たら、本当に酷い顔だったから、 サイだって冷静になったと思うんだけど…!?
やっぱり問題なのは僕なんだ…ひょっとして欲求不満なのかも…!?
悩みながら焦って、それでも何とか落ち着こうと、僕が台所に朝ご飯を作りに行こうと思ったときだった。
背後に、誰かの気配が…!
「あ…!」
サイだ。
…昨日のことと夢のことで自分でも変な顔になっちゃったのが分かる。感情を露にするなんて暗部失格だ…!
でも、サイは当然の様に僕の頬をなでると、そのまま抱きしめようとしてきた。
「…そんな顔…やっぱり一人にするんじゃなかった。…まだ、悲しいんでしょう?僕が…」
「いや、なんでもないんだ!…昨日は、すまない。だけど、ちょっと一人にしてくれないか?」
とっさにポーカーフェイスを装ってみたけど、僕は内心大パニックを起こしていた。
朝日の中で見るサイはやっぱり子どもで、それが僕を追い詰めた。
僕は…こんな子どもに昨日情けない顔で縋って泣いてしまったんだ…!しかも…あんな夢まで…!
自己嫌悪で心配してくれてるって言うのに、真っ直ぐにサイを見ることも出来ない。サイの真っ直ぐな視線が痛くて、それから 視線を伏せながらさりげなく、台所に移動するつもりだった。
でも、サイはすぐに行動を開始した。
「駄目です。一人で泣かせるなんて。ヤマト隊長の涙も、悲しみも全部僕は見たい。だれにも…」
「わー!いいから!もう泣かないし!…頼むから帰ってくれ!」
サイは臆面もなく恥ずかしい事を言い募る。…ひょっとして先輩の薫陶とかうけてるんじゃないだろうね!?
取り繕っていた仮面はすぐにはがれて、僕はサイの事を突き放してしまった。
この子のことだからまたきっとひと悶着あるんだろうと思ったのに…。
「…そうですか…。」
サイは悲しそうな顔でそうつぶやいた。
こんな顔を見たことが無かったし、こんな反応をされたこともなかったから、僕は…凄く驚いた。鼓動が早くなってるのが自分でも分かる。
僕は…いくら自分の行動とか夢とかを処理し切れなかったからって、こんな子どもになんてことを…!こんなことしたら、 イルカさんだって…きっと怒る。
僕が自分勝手な己を悔やみながら、サイに謝ろうと思ったんだけど…。
「サイ…その…」
僕がサイを慰めようと伸ばした手は、躊躇の無いサイにがっしり掴まれた。当然のようにそのまま抱き込まれて… 昨日の記憶がよみがえって僕は焦った。
サイの温かい腕は細いのに相変わらず優しい。リアルな感触に慌てる僕の耳元に、サイは熱っぽく囁いた。
「ああ…でも、やっぱりアナタの泣き顔は…そそる」
「え?」
何か今、変なこと言われたような気がするけど…!?
僕が驚いた隙に、サイはまっすぐに僕を見つめて問いかけてきた。
「いいですか。」
真剣な瞳と裏腹に、その手は僕の身体に絡み付いて放さないし、さらにもう一方の手は僕の後頭部に回されて身動きが取れない。
「な、何するんだ!」
いつもなら変わり身の術でも何でも使って逃げるんだけど…今日は後ろめたくてちょっと躊躇ってしまった。
…ソレが大失敗だったんだけど…。
「ちょっとだけ。」
そういいながら顔を寄せてくるサイに、いつもの様に唇をふさがれた。
でも、ソコからが違った。
「っ…んっ!んー!」
強引に割りいれられた唇からサイの…舌が…!しかも我が物顔で入り込んできたソレが、僕の舌を味わうみたいにして しつこく絡みついて、口の中で暴れまわった。
引き剥がそうとしてもサイの腕がはがれない…というか、僕の力が抜けてるのか…!?
しかも、ついでのようにサイの手が僕の身体をたどっている。まるで形を覚えこもうとでも言うように執拗に。
すっかりパニックを起こした頃になって、サイは舌なめずりしながら僕を解放した。
「泣くなら、こうやって泣いてください。」
言われて見れば自分の頬に水っぽい感触が…?僕は…泣いてるのか…!?
さっきから何かとんでも無いことが起こり続けてて、もう限界だ。
任務でもこんなに訳の分からない目にあったことなんてないのに…!
「じゃあ…今度はもうちょっと先まで…ヤリましょうね…?」
へたり込んで、呆然としている僕の頬から涙を掠め取る様に舌を滑らせたサイは、もう一度触れるだけのキスをして、 部屋から消えた。
「な、んで…!?」
昨日から色々ありすぎてそれでなくても一杯一杯だったのに…!しかも…あの様子だと、もしかしなくても僕はサイを調子付かせて しまったんじゃ…!?
衝撃ですっかり力が抜けた僕がうつむくと、更にショックなモノが視界に入った。
…パジャマが、ぬれてる…。この年でお漏らし…?!
僕は慌ててズボンに手をやると、…そこには何故か元気よさそうな自分の分身が…。
…いや、ちょっとまて、あんな子ども相手に!?
結局…僕は色々ありすぎたショックですっかり思考力を失ってしまい…その日の任務に初めて遅刻してしまったのだった。

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新年一発目に情けなさ過ぎる木製暗部をそっと増やしてみます…。
年下がやっぱり狼だったという話…。あ、まだまだ続きます!ひっそりと!
因みに…泣き顔に興奮する変態を製造しすぎな気がしてちょっと凹んでみます…。
で、次回は…狼が獲物を狩る編になるやらならないやら…???
いつも通り…苦手な方はスルーでお願いします。

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