ナミダ

「うっ…ぐすっ…ぅっく…」
任務からもはや自宅も同然となったイルカの小さな部屋に戻ると、寝室でイルカがすすり泣いているのを発見した。この間は確かアカデミーで 飼っている魚の調子が悪いとかでも泣いていたが、毎回毎回心底悲しそうに泣いているので、とても心臓に悪い。
「イルカ。そんなに泣いて…どうしたの?」
優しく問いかけながら、ベッドの横でうずくまって泣いているイルカの顔を両手で持ち上げてみると、鼻水と涙で顔中べたべたになっていた。
「うっぅ…サボ君が…サボ君が病気かもしれないんです!!!」
カカシの問いかけにホッとしたのか、イルカは関を切ったように話し出した。完全に鼻声だ。
さっとティッシュを取り出してイルカの顔を拭ってやりながら問題のサボテンを探したが、いつもの定位置である窓際から消えている。
「イルカ…サボテ…君はどこ?ちょっと見せて。」
イルカにサボテンのありかを聞くと、何故かがばっと起き上がった。
「あ!ここです!」
…どうもサボテンの上に覆いかぶさるようにして泣いていたらしい。イルカの腹の下からサボテンが顔を出した。まるで卵を温める母鳥のようだ。
…とりあえず、ざっとサボテンの様子をみたが、別に変色したり根が腐ったりはしていないようにみえる。
「?別に問題なさそうだけど?」
「こ、ここに…変なでっぱりが!!!できものだったらどうしよう…。」
必死にイルカが指差す先を見ると、確かにごくわずかにサボテンの一部が出っ張っている。良くこんなところに気付くものだと思いながら、近くで確認した。
だが、その間中イルカが縋るような視線で見つめてくるので、任務が終わったばかりの身としては、辛いものがある。さっさと片付けてイルカと…。 そのためにもこのサボテンの異変をはっきりさせなければ。
雑念を振り払うために、深呼吸してからよく見てみると、どうも見覚えがあるもののようだ。
「…コレ、多分花かなんかだと思うんだけど。」
「ええ!サボテンって花咲くんですか!!!」
イルカはさっきまですごい勢いで流していた涙を驚きのあまりぴたっと止め、目をまん丸にしてサボテンを見つめている。
「いつからこのサボテン飼ってるの?」
どうものこの様子だと、サボテンの生態に詳しいようには見えない。水の遣りすぎには注意しているようなので、そこそこ基本は分かっているようだが…。
「えと、結構最近です。妖精…カカシさんが来るちょっと前に生徒から貰ったから…」
思案顔のイルカが口をちょっと尖らせている。さっきの泣き顔といい、今の眉間に皺を寄せた顔といい、一般的にはかわいいとは言いがたいはずだが、 カカシには愛らしくみえる。…このままイルカを見つめているだけでは事態が解決しないので、平静さを装ってサボテンの話に専念することにした。
「それなら知らないか。サボテンにも花が咲くんだけど、もしかすると…そのうちコレ植え替えないといけないかもね。」
「え?植え替え?」
「そ、花ならいいんだけど、こぶみたいに小さいサボテンが生えてきてるんなら、子吹き?とかいうので、サボ君のこぶっていうか、 子ども?みたいなものかも。」
「花!子ども!すごいなぁ!楽しみですね!」
それこそ飛び回らんばかりに喜ぶイルカは、さっきとは別人のように明るい笑顔を浮かべている。自分の子どもの様に大切にしているから、 きっとさっきまでの悲しみの分、喜びも大きいんだろう。
「ま、まだどっちか分からないけどね。」
ぬか喜びをさせるようだが、カカシが見る限りでは、まだ小さすぎて判別がつかない。
「でも…どうしたらいいんでしょう?」
イルカは不安そうにくっ付いて、カカシの胸元を握り締めながら潤んだ瞳で見上げてくる。
…それはもうかわいいので、さっさとこの話題を終了させてイルカを頂きたい。
「んー?もうちょっと様子見てみればいいんじゃない?花は別にいつも通り水のやりすぎに注意すればいいんだし、子吹きなら…確か切って乾燥させて 新しい鉢に植えればいいんじゃなかったかな?花屋に行って聞いてきましょうか。」
カカシは知っている限りの知識を吐き出し、イルカの注意を他に向けようとした。
「はい!やっぱりカカシさんはすごいですね!何でも知ってて!」
キラキラと…なんでも知ってる妖精さんであるカカシを見つめる瞳は眩しいばかりだ。
あー、サボテンから幻覚剤が取れるからなんだけどね。これに詳しいの。
知っている理由が理由なだけに流石にちょっと後ろ暗い。
「良かったぁ!病気だったらどうしようと思ってたんです!」
「ん、まあ大丈夫だと思います。心配なら山中花店にでも聞いて見てもいいし。」
あまり素直に喜ばれてしまうと、カカシとしても居心地が悪い。これは小さいサボテンなので、カカシの扱ったことのある薬製造用のものとは違うだろうし…。
専門家に確認するのもいいかもしれない。たしかイルカの元生徒だったはずだし。
「大丈夫です!だってカカシさんなら具合が悪くなったらすぐわかりますもん!」
今までも部隊を率いて、常に大きな期待を背負わされてきた。だが、今、イルカから寄せられる期待の方が重く感じる。
「でも、いつも分かるわけじゃないし。」
気がつけば、つい、そう返してしまっていた。だがイルカはにっこり微笑んで、抱きしめてくれた。
「大丈夫ですよ!だってカカシさんはやさしいから!」
ソノ根拠はどうだろう…。そう思わないでもなかったが、抱きしめられてそう言われるとそんな気がしてくるから不思議だ。
イルカが幸せそうだったのもあって、しばらくそのまま抱きしめられていたが、そろそろ我慢が限界に近づいてきている。
雰囲気もよさそうだしこのまま…。とカカシが動こうとしたとき、イルカが耳元で囁くように言った。
「夢が叶うって言ってたんです。コレをくれた生徒が。」
「へー。」
サボテンごときにそんな作用があったら、里中サボテンだらけになっていそうだが。
…イルカは本気で信じているんだろう。これがイルカの凄いところなのかもしれない。誰も信じないことを信じて、そしてそれを守るために頑張れる。
夢など見ないと言い切る自分より、イルカの方がずっと真っ直ぐでしなやかなのかもしれない。
「夢!叶いました!」
思索に耽っていると、イルカが大きな声でそう言った。ぎゅうぎゅうとカカシに抱きつきながらとても嬉しそうだ。
この分だと…妖精さんに会いたいとかだったのかもしれないな。
「ね、何をお願いしたの?」
「あ、あの…」
照れて真っ赤になっているイルカはとても…おいしそうだ。
「あの!運命の人に出会えますようにってお願いしたんです!そしたらカカシさんが…だから!もしサボ君の子どもができたら、今度はカカシさんが お願いをかなえてもらう番ですね!」
一生懸命にそんな事を言われると、自分まで信じてみたくなる。そんな自分に驚くあまり…とっさに意地の悪いことを言ってしまった。
「でもさ、まだどっちかもわからないよね。」
「え、えと。そうか…そうでしたね…。」
イルカは迷子の子犬のような表情ですっかりしょげ返ってしまった。
慰めたいとも思ったが、それよりもいい事を思いついた。
「じゃあ、さ。イルカが俺のお願いかなえて欲しいな。」
「え!?そうですね!…俺のできることなら頑張ります!」
カカシが無理難題というか難癖をつけているというのに、イルカは力いっぱい頑張る気満々だ。これからしようとしている事を考えるとちょっと気が咎める。 が、途中で諦める気は毛頭ない。
「イルカ。こっちおいで。」
さりげなくサボテンを横にどかし、ベッドの上に乗ってイルカを呼ぶ。
「はい!」
あいかわらず人を疑う事を知らないイルカは、いい返事をしてほこほことカカシの側に近寄ってきた。
ソレをいいことに、カカシは次の指示を出す。
「で、ちょっと目つぶって?」
「はい!」
今度もいい返事もイルカはいい返事をした。…その真っ黒に輝く瞳が閉じられると同時に、スッと腕を引きひざの上にイルカを乗せるとその唇に己の唇を重ねた。
「ごちそうさま。」
「え!あ!う!」
軽く触れただけだったのに、イルカには予想外だった様だ。真っ赤になってわたわたしている。そのまま…とも思ったが、どうもイルカはずっと泣いていた ようなので、飯もたべていないだろう。カカシも食事よりもイルカに会いたかったので、今日はほとんど何も口にしていない。別に自分は耐えられるが、 イルカは弱ってしまうだろう。
「ご飯、食べよう?」
「…はい…。」
カカシは真っ赤な顔をしておずおずと返事を返したイルカを抱き上げながら、
…さて…このあとどうしようかな…?
と考えたのだった。

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涙祭第4弾!!!やっとこさ増量しました!!!
天然風味を書いていたつもりが、まだまだ頭が煮え立っております…。
お祭や、コレに対するご意見・ご感想は、適当に拍手などから受付中です。
お気軽にどうぞ…。

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