くすり

いつ来ても、ここは薄暗い。まあ、薬種が湿気と光を嫌うからしょうがないんだろうけど。
店の壁中が引き出しになっている上に、さらに店の奥に薬棚がどこまでも並んでいて迷路みたいになってて、店主はいつもどこかから湧いて出る。
しかも光の入らない店に唯一ともされた古びたランプがじじじ…と低い音を立てていて、この店の雰囲気を更に独特なモノにしている。出来れば長居は したくない。
…まあ、とにかく。仕事だ。
「すみませーん!」
俺が薬棚の乱立する中のどこかに隠れているはずの店主に呼びかけると、背後からいきなりポンと肩を叩かれた。
「ヒッ!」
その唐突さに思わず短い悲鳴をあげてしまった。
…忍のくせに情けないと思うが、自分でも気付けないくらい気配が薄かったのだ。むしろ意図的に消していたのではないかと思うくらいに。
だが、おそるおそる振り向いた先にいたのは、意外な人物だった。
「あ、ごめんなさい。びっくりさせちゃいましたか?」
銀色の逆立った頭をかきながら、どこかぼんやりした口調でそう言ったのは、カカシ先生だった。
部下の上司で、上忍で元暗部で…ちょっとつかみどころがない。俺のカカシ先生の印象はそんな感じだ。だが、やっぱり実力は凄いんだろう。
…簡単に俺の後ろくらい取れる。ってことだ。
「あー…その。済みません…。ちょっとその…」
落ち込みながら、この人を納得させられる言葉を捜した。笑い話にしようにも、どう話を持っていったらいいのか分からない。
言いたいことがまとめられないでいると、カカシ先生の方から水を向けてくれた。
「イルカ先生もココの薬に用があるんですか?」
一応笑っているみたいなんだが、空気がさっきと違う。なんだかちょっとぴりぴりしたような…。
…俺は何かしただろうか…?
内心びくつきながら、急に降って湧いた自分の仕事を思い出した。
「三代目のお遣いで、ちょっと薬を取りにきただけなんです!」
自分でも顔が引きつっているんだろうと思いながら、なんとなく慌ててそう答えると僅かに空気が緩んだ。
「あ、そうなんですか。」
普通だ。…さっきのはなんだったんだろう?
まあ、とにかく自分の用事を片付けないと。俺は、大声で改めて店主を呼んだ。
「すみませーん!三代目の遣いで…」
*****
店主の爺さんがもそもそと相変わらずどこから湧いてきたのか分からない現れ方をして、薬を取りにまたどこかへ消えた。
…手持ち無沙汰だ。
カカシ先生は、俺にお先にどうぞといってくれたので、ずっと待ちぼうけさせてしまっている。俺の隣でボーっと突っ立てるカカシ先生 との沈黙の時間が気まずくて、俺はそれとなく話題をふることにした。
「カカシ先生はどうしてこちらに?」
忍なら自分で薬を作ることも多いけど、普通のものなら支給品がある。わざわざ買いに行く必要なんてないはずだ。 よっぽど特殊なものじゃない限りは。
…あ、興味本位で聞いちゃったけど、話題としてはあんまりよくなかったかも…。任務がらみかも知れないのにやっちまった!
俺がちょっとびくびくしながら、反応を恐る恐るうかがってみると…カカシ先生は笑っていた。
「ないしょ。」
指を覆面で隠された口元に持っていって、いたずらっぽく笑ったカカシ先生は、…なんていうかかっこよかった。
多分機密かなにかだったんだろう。馬鹿な事を聞いた。それなのに俺の事を気遣ってくれたのか、さりげなく誤魔化しててくれたし、 キザッぽいはずのポーズも様になって驚いた。
今まではどういう人かわからないと思っていたが考えが変わった。
さっきの笑顔はもてそうだったし、最初は胡散臭いと思ってたけど感じもいいし。こういう人がもてるんだろうな。階級だけじゃなくて性格でも。
俺はカカシ先生の大人な対応に、感心し、そして自分の今までの偏見を後悔した。
「はい、お待たせ。…三代目に宜しく頼みますね。」
いきなりまた現れた店主に驚いている間に、俺の手に袋を押し込めた爺さんは、カカシ先生の方に向かっていった。
…このままじゃ、機密が…!!!
「あ、じゃ、コレで失礼しますね!」
俺は会釈だけすると、急いでその場を後にした。
…カカシ先生の新しい発見でちょっと嬉しくなりながら…。
*****
「ないしょ、か。」
せっかくカッコイイポーズを見たので、思いついて風呂上りに鏡の前でマネをしてみた。
…まあ、俺がやってもただの馬鹿にしか見えないけど。
パジャマのズボンだけはいてて、しかも髪の毛は洗って落ち武者状態のまんまだから、より一層自分がアホに見えた。
流石に自分の馬鹿な思いつきに、照れつつも落ち込んでたら、いきなり玄関のドアをノックする音がした。
「はわっ!今、今すぐ行きます!」
肩にタオルを引っ掛けたまま、慌ててドアを開けると、そこには…カカシ先生が立っていた。
「あうわえお!?」
あまりにもタイミングがいいので、馬鹿なまねをしてる自分をどっかでみてたんじゃないかと慌ててしまった。
だが、カカシ先生は俺の格好を上から下まで眺めつすがめつすると、ボソッと言った。
「…風呂上がりでしたか。すみません。」
妙にガッツリ見られんたから、きっと相当にかっこ悪いんだろう。今の俺は。
取り繕うにもパジャマの上は風呂場に置きっぱなし。
とりあえずタオルを引っ張って腹を隠して誤魔化してみたが、当然どうにもできなかった。
後は…口で何とかしよう!
俺は舌を噛みそうなくらい早口でカカシ先生に話しかけた。
「いやーその!みっともない所をお見せしてすみません!」
別にさっきのアレを見られてた訳じゃないのに、気まずい。…こういう性格が上忍になれない所以なんだろうか。
さっきから一人でおたおたしててるのに、カカシ先生はずっと冷静に俺を見ている。
…少しは見習わないと…。
俺は冷や汗をかきながらなんとかカカシ先生に話しかけた。
「あのご用件は…?」
この人がわざわざ来るってことは、多分子どもたちが何かやらかしたか、それとも任務関係だろう。
俺がカカシ先生の言葉を待っていると、何故かすいっと視線をそらされた。
「服きた方が…。」
そうか!俺の格好が見るに耐えなかったのか!
「ああ!?すみません!」
大慌てでなんとかしようとしたが…。だから俺今タオルしかもってなかったんだって!
思わずその場でじたばたしながら取り乱してたら、カカシ先生が肩を叩いてきた。
「イルカ先生落ち着いて?ね?」
「え!?あ、はい!?」
その優しい言葉と、温かい手にちょっとだけ正気に帰った俺は、風呂場に直行して何とかパジャマを着ることに成功した。

そんでもって…今、俺の目の前にお茶をすすってるカカシ先生がいるわけなんだが…。
掃き溜めに鶴ってこういう事を言うんだな…。
俺の借りてる狭いアパートに、カカシ先生は明らかにういていた。覆面の下は美形だと言う噂は本当だったとこの目で確かめられたが、落ち着かない。 かっこ悪いところばっかり見られてるからってのもあるけど、カカシ先生のかもし出してる雰囲気が何か違う。
俺が中忍だからなのか…?話をふるにも醜態をさらしすぎたので、話題に困る。
とりあえず俺も茶をすすってみたが、間が持たない。何を言ったらいいんだろう…?
沈黙に耐えかねて、ちらちら様子を伺っていたら、にっこり笑ったカカシ先生が俺んちの年代物のちゃぶ台の上に小さなビンを置いた。
「今日。これ、使おうと思ってたんです。」
「はあ…?」
薬だろう。多分。今日かち合ったのもコレを取りに言ったのかもしれない。
でも、使おうと思って立ってことはどっか悪いんだろうに俺んちに来てていいんだろうか…?
俺が怪訝な視線を向けると、カカシ先生は何かを決意したような顔でこう続けた。
「使おうと思ってたけど、口説きます。」
「…はあ…口説く。…口説く!?」
おおおおお!俺は今、もしかしてカカシ先生に恋愛相談されてるのか!?でもって、コレはひょっとしてそういう系統の薬なのか!?
…コレを預かってて欲しいとかそういう話か?
大混乱の俺に、カカシ先生はまた肩を叩いてくれた。優しく、でもちょっと力強く。
「だから、言います。あなたが好きです。」
「…へ?」
すき?だれが?カカシ先生が?誰を?俺を?
「ええぇぇぇぇぇ!?」
「本当はね。コレを…使っちゃうつもりでここにきたんです。イルカ先生はそういうの疎そうだし、既成事実が出来ちゃえば 何とかなるかもとか思ったりしてたんで。だからさっき薬屋で会ったときは慌てました。」
「は、はぇ?」
きせいじじつ…何だか展開についていけない。俺、男だし、カカシ先生も男だし、忍はけっこうその辺アバウトといえども、 こんなにあけっぴろげな人も珍しい。
っていうか、その対象が俺って言うのが一番珍しいと思う。
なんでだ!?俺、カカシ先生と話したことなんてなかったのに!?
「いつも、里に帰るとイルカ先生が笑ってて、それで、時々大声でどなってたりもして、いっつも全力で生きてるなぁって。何だか気になってみてる内に 好きになっちゃったんですよね。」
俺の言いたい事を読み取ってくれたかのように、淡々と俺を好きになった理由を教えてくれたカカシ先生は、その語り方とは裏腹に妙に熱っぽい瞳で 俺を見つめている。
本気で俺のことが好きなんだと分かるような瞳で。
「あ、その…。」
その瞳に射られて、俺はまた言葉につまってしまった。
口をパクパクと開閉している間にも、カカシ先生の手が俺に伸びて…。
「だからね、イルカ先生。俺の前で服脱いでちゃ駄目ですよ?」
そんな事を言いながら俺の湿った髪を掬い取って、キスをした。
きざったらしいのに、カカシ先生がやると様になる。というか、今俺の心臓がバクバク言ってるのはどうしたらいいんだ!?
「でも、イルカ先生がそうやって慌ててたからちょっと冷静になれました。だから、これから口説きます。手は出さないつもりです。今のところは。ね。」
一人納得して満足そうに笑っているカカシさんのせいで、俺の頭はパンク寸前だ。
「あの!でも!…俺は…」
俺はまだ、カカシ先生の事をよく知らない。今日知ったのは、結構な行動力があって、優しくて、笑った顔が意外にかわいいらしいってことぐらいだ。
何とか俺の考えを言おうとしてるのにまとまらなくて、コレしか言えないでいたら、カカシ先生が俺の手をとって立ち上がらせた。
そのままぎゅっと抱きしめられて、硬直してたら唇に柔らかくて温かいものが触れた。
「今日は。ココまで。」
呆然としてる俺にそういって笑ったカカシさんは、覆面を戻してそのまま玄関に行こうとしている。
その手を、俺は引きとめた。
「イルカ先生。駄目だよこんなことしたら。」
そういいながらカカシ先生は振り返らない。
「あの!考えます!俺も!だから、その…俺にもうちょっと付き合ってやって下さい!」
俺がこの人を引き止めたのは、この人が優しいからとかじゃなくて、きっと多分…。
口に出来たのはコレだけだったけど、カカシ先生は振り返って俺のほうを見てくれた。
「…ありがと。」
そういって微笑んだ顔にまた心臓がドキドキしたから、俺は、もうすぐこの人の思い通りにされちゃうんじゃないかなと思った。
*****
…結局カカシさんは、その日はそのまま帰ったけど、翌日くらいから毎日来るようになって、今はほとんど同居状態になっている。
「イルカせんせ。」
今日も俺に甘えた声で擦り寄ってくるカカシさんに、実はもうメロメロだという自覚があるので。
…俺がたんすの奥にしまった薬の出番は、結構すぐなのかもしれない。

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とりあえず小話を上げていきます。
イチャイチャな話を書きたいので頑張ります!

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