肉食獣のいる生活―春の足音―

イルカがうちで待っているっていうのに急に舞い込んだ上忍の任務を適当に片付け、急いで受付所に向かった俺に、イルカの同僚に深刻な顔が突きつけられた。
「はたけ上忍…それは？」
イルカの同僚は眼鏡を神経質そうに上げたり下げたりしながら、俺の手を凝視している。…正確には俺の手首をだ。
「あーちょっとね。」
…やはり隠し切れなかった。
アンダーでぎりぎり隠れるものの、報告書を渡したせいでどうも見咎められてしまったらしい。
昨日寝ぼけたイルカをなでてやってたら、うっすらと瞳を開けてにこーっと笑ったのだ。だが、そのかわいさにこみ上げてきた幸せをかみ締める間もなく、…思いっきり手首に噛み付かれてしまった。それはもう容赦なく。がぶりと。
最近どうも中途半端にねこっぽくなったイルカは、しばらくは味わうように噛んでは舐め、噛んでは舐めしながらごろごろいっていたのだが、本人は無自覚だったらしく、起きるなり心底申し訳なさそうに平身低頭で頭を下げてくれた。
…ひょっとして、そろそろまた季節が来るのかもしれない。
またあのイルカに会えるのかと思うと、楽しみなような気もするし、冬の間のおっとりしたイルカとそろそろ会えなくなると寂しいような気もする。
俺がつらつらとイルカの思い出を反芻していると、受付職員全員が何故か一丸となって詰め寄ってきた。
「「「イルカに噛まれましたんですか！？」」」
「え！？」
「「「…噛まれたんですね？」」」
「んーまあ、ね。」
平静を装って返事しながらも、集団にいきなり詰め寄られて、流石の俺もちょっと驚いた。
しかも…俺の返事を確認するや否や、すばらしい速さで全員が一斉に動き出したのだ。
「アカデミーに式を飛ばせ！」
「もうやってる！」
「金魚は…」
「隠した！」
「後はボールくらいか！？」
「ねこじゃらしも買って来ないと…！生徒にも通知を！」
…本来なら昼下がりの和やかな受付所が、一気に怒号飛び交う戦場と化した。
「…なんなの？一体…。」
普段ならイルカも含め、いつもにこにこと穏やかな受付担当職員が、目を吊り上げ、式を飛ばしたり、瞬身を使ったりしながら一気に散っていったのだ。驚くというか…正直引いた。全く状況が飲み込めない。しかも、妙に手馴れた様子なのが恐ろしい…！
イルカ関係のことなんだろうと思うが、一体何が起こったんだ！？
俺が警戒しながら周囲の様子を伺っていると、報告書を受け取ってくれたイルカの同僚がキラキラさせながら深く頭を下げた。
「これでイルカ対策ができる…！ご協力ありがとうございます！」
「は？」
イルカ対策！？…そういえば、前回はすっかりねこになりきった姿しか知らないけど…。イルカがねこになってる時は、全然働いてなさそうだからその準備が必要なのは当たり前か。
僅かながら事情が飲み込めたので、ホッとして体の力を抜いた。
俺に頭を下げた受付職員が、そんな俺をみて、笑顔全開で説明し始めた。
「今までは…あいつが何かやらかすまで分からなかったので。」
「えーっと。それって？」
やらかす…それは、噛み付くとかいうことだろうか…？でもイルカは俺以外に噛み付いたりしないからなぁ？
ねこモードのイルカが危険というか…普通じゃなくなるのは確実だ。受付やアカデミーならではの問題もあるんだろう。これからの参考になるかもしれないと、俺は放し始めた職員の言葉を待った。
「春先はそろそろかなーって時に警戒し始めるんですけどね。」
ぽつりぽつりと…うつむいてちょっと影を背負いながら語るのを見ると、ちょっと聞くのが怖くなってきた。
イルカは…確かに危険だからなぁ…いろんな意味で。
そして、帰って来たほかの職員たちも混ざって、口々に語られた事実は、やはりそれなりなショックを俺に与えた。
「金魚の入った水槽に腕突っ込んじゃって、それで正気に返って、びっくりしてそのまま呆然としてたり、ボールにじゃれついてから呆然としてたり…。」
「無意識にやっちゃうらしくて、本人がものすごく落ち込むのがかわいそうだったんですよ。」
「完全に季節が来てしまえば気にならなくなるみたいなんですが…。はたけ上忍と知り合ってからは特に。」
アカデミー職員と受付を兼務している忍が多いのか、アカデミーでのイルカの姿を知っているのに軽くイラつき、イルカがそんな行為をしているというのに心配されて、大切にされていることに喜び、…そしてそれよりなにより、イルカの同僚たちの語るその行動の可愛らしさに胸が高鳴った。
この話からすると…これからねこになりかけのイルカを一番近くでで眺めることができるのだ！
「ありがとう！」
俺は受付職員たちに感謝の言葉を送って、早速家で俺を待っているはずのイルカの元へ急いだ。
*****
「ただいまー！！！」
「おかえりなさい！カカシさん！」
朝はすっかり落ち込んでしまっていたが…どうやら立ち直ったようだ。瞳を輝かせたイルカは、嬉しそうに俺に飛びついてきた。
「寂しかった？ごめんね？」
早速頭をなでてキスの雨を降らせる。
すると…イルカが急に硬直した。
「俺…！？どうして…！？」
「え？あ、そっか。」
思わず抱きしめてしまったが、そういえば今のイルカはまだ完全なねこじゃないから、飛びつくなんてことはしない。思わずやってしまった行動に自分でも驚いてるんだろう。まあ、どっちでもかわいいからいいんだけど。
「あ、えっと…おかえりなさい…！」
目をきょろきょろしながら照れて、ぎゅっと手を握っているイルカは…ものすごく愛らしい。思わずこのまま…！とまで思ったが、やはりまだイルカがねこモードじゃない以上、ココで押し倒すのはまずいだろう。混乱しているようだし…。
俺はさりげなく話題を変えることにした。
「イルカ。あのさ、最近…具合って言うか…体調は？いつもと違ったりしない？」
ねこになると食事の量も内容も変わるし、なにより身体能力が格段に上がる。それに…あっちのほうも…！いや、照れて恥らいながらそれでも乱れるイルカってのもいいんだけどね！
俺がちょっとドキドキしながら問いかけると、イルカは慌てたように答えてくれた。
「あ、別に具合が悪くて抱きついたわけじゃ…！その…びっくりしちゃっいました…？ごめんなさい…！」
しまった…！質問の仕方がマズかったか！
すっかりしおれて頭をぺこぺこ下げるイルカを見ていると、俺まで悲しくなってくる。
早くイルカを安心させないと！
「あのね？そうじゃなくて…そろそろ春が来るかなぁって。春先は体調を崩しやすいっていうから！」
「春…そういえば…ちょっとだけ温かくなってきたし、何だかウキウキするかも！」
「そっか。そうだよねぇ…。」
ウキウキ…間違いなくそろそろ季節が来る。今までと違ってきらりと瞳を光らせて春を語るイルカからは、ねこの気配がすでに漂い始めているように思えてきた。特に俺に向けられる視線がすでに…獲物を狙う獣のものに…！
「あ、そうだ！ご飯どうしますか？これから買い物…」
「俺が作るよー！」
これからの期待を胸に、俺は今日の食事作りを引き受けることにした。
冬のイルカは理性がしっかり残っているので、家事は分担になっていたし、食事も結構作ってくれた。それも嬉しかったけど… ねこなイルカにご飯を食べさせるのも楽しい。常に起こるちょっとした戦いも、愛ある生活のスパイスだと思えばなんてことない！ …はずだ。
それに不用意な発言でへこませてしまったのもあるし。
俺は早速買い物に出ることにした。
「でも！今日は俺が…」
こうやって律儀で真面目で…でもかわいい所は変わりないイルカ。
せっかく早く任務片付いたんだし、やっぱりイルカと離れたくない。
「イルカも一緒に行こう？」
「はい！」
俺の誘いに嬉しそうに返事をするイルカが可愛かったので、俺は幸せに浸りながら買い物に出ることができた。そう…出かけるまでは…。
*****
商店街をイルカと手を繋いで歩く。なんて…幸せなんだろう！冬が始まった時ははちょっとぎこちなくなったこともあったけど、今はこんなにも…愛溢れる生活を送っている。
「今日は…お魚にする？それとも…お肉？」
イルカの方に視線をやりながら今日の晩御飯の献立を聞いてみると…ソコにはすっかり肉に目を奪われたイルカがいた。
「肉…おいしそう…！」
「あーそうだね。今日はお肉にしようか？」
「肉…！」
あ、こりゃだめだ。全然聞いてない。…店頭の肉を奪ったコトは今まで無いけど、気をつけないと危ないかもしれない。理性が薄くなってるからなぁ…。
イルカがねこモードに移行しつつあるのをひしひしと感じながら、俺は肉屋のおっさんにイルカが凝視している肉を注文した。
「この一番厚切りの木の葉牛のステーキ肉。えーっと…。」
「一杯たべたいなー…！」
「そ、そう？じゃ、2k頂戴！」
イルカの甘えた視線と擦り寄ってくる姿にやられて、思わず大量に購入してしまった…！
食べさせすぎないようにしないと…まあねこな時は代謝も上がってるみたいだから大丈夫かもしれないけど…。運動もするしね！
「肉―！楽しみ！」
「野菜も食べてねー？」
「はい！」
さりげなくイルカに気を配りながら、肉の代金の支払いを済ませ、ずっしりと重い包みを受け取った。
すっかりご機嫌のイルカは肉の包みに熱い視線を送りながら瞳をぎらぎらさせながらうっとりと細めている。
冬が来たときも唐突だったけど、春が来るのもかなり結構急に来ちゃうものなのかもしれない。
「今日はステーキだから、八百屋さんでにんじんと…ほうれん草かな？あとはたまねぎとかも買ってこないと。」
この分だとそんなに長くかけられないだろう。そう思いながら急ぎ足で肉屋を後にしようとした俺に、イルカがするっと身を寄せてきた。
「カカシさん…。」
「ど、どうしたの？イルカ？」
酔ったようにトロンとした瞳で俺に首筋を見つめるイルカに、秋の記憶が鮮明によみがえってきた。俺を襲うときのイルカは、丁度こんな感じだった。
でもまさか…いや、そんな！？こんな所で…！？
緊張と期待と不安で、心臓がバクバクする。
そんな俺に、イルカはかわいらしく小首を傾げて見せた。
「あのね。カカシさんがおいしそうです。噛んでもいいですか？」
それはもうかわいいんだが…言ってる内容はやはりすっかり肉食獣そのもの…！
あ、でも一応疑問系なのね？でも…あのっ！顔！その顔！
舌なめずりしながらがっしり俺の腕を掴んだイルカは、うっとりした視線のまま、俺の首筋に顔を寄せた。そして…。
「いってっー！！！」
イルカの色香に気を取られた俺は…商店街のど真ん中でイルカに噛みつかれるはめになったのだった。
*****
そのあと僅かに正気に戻って涙目になりながら謝るイルカをそれ以上買い物に付き合わせるわけにも行かず、買い物をとりあえず影分身に任せ、イルカを担いで大慌てで家に帰った。
「ご、ごめんなさい…っ！」
鼻をぐすぐす鳴らしながら、それでも俺の手の中の肉の包みにも気をとられて冷蔵庫にしまうまでは凝視し、しかもしまい終わると今度は俺に首筋をまた狙い始めたイルカは、ねこになりきれなくて苦しんでいるようだ。
「ああ、大丈夫だから！ね？泣き止んで？」
俺が必死で慰めても、イルカは泣きながら俺を狙うのを止めない。というか、無意識にやっているから止められないんだろう。
その熱い視線は嬉しいけど…ソレより悲しんでるのは俺が辛い。
こうなったら…！
「ね、イルカ。ぎゅーってして、イイ？」
中途半端にねこになりきれないでいるのが悪いに違いない。それなら…すっかりねこになるまで煽ってやればいいだけのことだ。
まあ、そうなるまでに噛みつかれまくるんだろうけど…。
「あの、でも…！」
覚悟を決めた俺に、イルカは躊躇するそぶりを見せた。視線は俺に向けているのに、その衝動を扱いかねているんだろう。
…煽り方が足りなかったか？
「ね？だめ？…触らせて？」
「あ…！」
そっとイルカの頬をなでただけで、瞳が変わった。秋には毎日のように向けられていた熱を孕んだ獣の瞳…！その奥が僅かに揺らいでいるのは、まだ理性と戦っているのかもしれない。…早く楽にしてあげたい。
「触るよ。」
イルカの迷いに気付かないフリをして、強引にイルカを抱きこんだ。腕に中で一瞬身を硬くしたイルカだったが、すぐに俺にすりついてきた。
「カカシさん…！あぁ…！」
イルカは上ずった声で俺を呼びながら、甘い声で呻いた。首筋にかかる吐息がイルカの興奮を伝えてきて、俺もそれに誘われるようにイルカの熱を煽る様にその身体に触れた。
背中からゆっくりとなでおろす腕にあわせて、イルカの身体も熱を帯びていく。
そろそろ…大丈夫だろう。
「ねぇイルカ。しよう？」
「…カカシさん…！」
俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに、俺の肩に痛みが走った。
「くっ…！」
流石に痛い。だがイルカはぺろりと口を舐めとるとすぐに俺に手を伸ばしてきて…手際よく服を剥ぎとりながら舌なめずりさえしている。
「おいしい…もっと…！」
「うん。もっと上げる。だからイルカもちょうだいね？」
そういいながら、俺もイルカの服を脱がせていった。
甘える様に俺に身体を擦り付けるイルカに応えるために…。
*****
俺の上で激しく動くイルカは、潤んだ瞳に興奮の光を煌かせながら、甘い声で鳴いている。
「あっあっ…っ！カカシさんっ！」
俺の肩と腰に回されたイルカの腕と肢はしっかりと俺を絡めとり、中でも俺を熱くくわえ込んで離さない。
「気持ちイイ…っ！」
今までは自分主導でこういう行為に持ち込んできたが、季節のイルカの激しい求愛に応えての行為はまた違った快感がある。
抱いているのは自分の方なのに、征服されている様な感覚。
ひさしぶりに本能をむき出しにしたイルカに流される様に、俺も激しく動く腰を止められない。
「んっもっ…あっ…んんっー！」
一際甘く高い声で鳴いたイルカが俺の肩に噛み付きながら、熱液を放出した。それに引きずられるように、俺もイルカの中に高まりきった熱を放出した。
「あ、ん…。はぁ…気持ちよかった…！」
にっこりと笑うイルカの纏う空気はすっかりねこのもので…寂しいというか懐かしいというか…複雑な心境に陥った。
勿論イルカがソレを見逃すはずもなく…。
「カカシさん！俺以外のこと考えた！…カカシさんは俺のだから俺のことだけ見てないと駄目！」
「つっ！…イルカのこと考えてたの！」
怒りながら俺の腕をがじがじと甘噛みするイルカの頭をなでながら、イルカの変化を実感していた。
…何しろ俺の上でにんまりと笑ったイルカが、誘うように舌なめずりしながらまだ中にいる俺を締め付けたからだ。
「なら…もっとして？」
「もちろん！」
イルカの激しい求愛に誘われるままに、噛み付くようなキスを交わした。熱く絡み合う舌と下半身に、喜びと春の訪れをひしひしと感じながら…。
*****
「あ、あれ？俺…？」
「イルカ…？」
あれから…イルカも、勿論俺も止まれなくなって、散々ヤリまくって、そのまま気絶するように眠った所までは覚えてるんだが…。
ぽかんとした顔で腰をさすっているイルカは…どう見ても冬のイルカだ。
「あの…これって…俺…！昨日…！あ…！」
俺の腕イルカは、紅く染まった顔で慌てたように布団で顔を覆い隠している。昨日のはなんだったんだといいたくなるくらい普通の反応だ。
春が完全に来るまでは、きっと不安定な状況が続くのかもしれない。
「えっと。覚えてる？」
恐る恐る確認したら…イルカは、真っ赤な顔でコクンとうなずいた。
テレながら昨夜の己を恥じているらしいが…凶悪に可愛らしい。なんだかいけない喜びを覚えてしまいそうだ…！
それなのに…。
「わ、忘れてください…！」
うつむいて涙ぐみながらそんな事を言うもんだから、昨日散々煽られて擦り切れていた俺の理性は完全に限界を迎えた。
「イルカ…ッ！」
紅く染まっておいしそうなイルカを押し倒しながら、ねこでも人でも…イルカならどっちでも好きだと思った。
恥らう姿も積極的な姿も…俺を魅了して離さない。ああ…俺の恋人はなんて…ステキなんだろう！
甘い声で鳴き始めたイルカをむさぼりながら…俺は自分の幸運を心の底から感謝したのだった。

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理性と情熱の狭間？
うちのぬこが暖房のせいか、最近春モードなので！
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