ひな祭り

久しぶりの単独任務。正直言って疲れた。それに、何よりイルカ先生に会えないのが辛くて辛くて…。なまじ単独任務な分、 誰にも愚痴れなくてストレスはたまるばっかりだった。
でも、それも今日までの話…。
扉の向こうには俺の…イルカ先生が待っていてくれるはずだ!
出かける時もものすごーく心配してくれて、ひな祭りまでに帰って来れるといいですねって言われてたし、 俺も絶対にひなまつりまでには帰りますって約束した。
ちょっと遅くなっちゃったけど、まだ朝だし、俺も準備を手伝おう!イルカ先生のことだから、こういうイベントの 準備一生懸命になってそうだし…。
その証拠に、上がる前からいい匂いが辺りに漂っている。
俺は、わくわくしながら玄関の扉を開けた。
…ソコには、すさまじい光景が広がっていた。
大きなテーブル。そして所狭しと並べられた料理。それに…顔色が悪い上にどこかうつろな瞳のイルカ先生。
…どう考えても尋常じゃない。
「イルカ先生?コレ、一体…!?」
俺が帰って来たのに気付かないくらい、ぼんやりしながら、何かをこねていたイルカ先生の肩をつかんだ。
これで正気に戻ってくれると思ったのに…。
「ひな祭りですから!」
「ソレはわかりますけど…!この量と品数は…!?菱餅型のお寿司に、散らし寿司に、五目寿司に、手まり寿司に…えーっと、煮物にから揚げに、お吸い物にサラダに…数え切れない!?」
ちょっとなんだか飛んじゃった目に、妙に元気な返事。
確実にヤバイ!何があったんだ!?
コレだけの料理があるのに、まだ何か作り続けているらしく、止まらない手が恐ろしい。
その手を止めようとしても、イルカ先生はソレを無視して一心不乱に何かを作っている。
…どうやらお菓子で出来た雛人形のようだ。
「ひな祭りですから!」
なんかさっきから、呪文のみたいにこの言葉ばっかり言ってるけど!?
「イルカ先生!?ちょっ!大丈夫ですか!?」
流石の俺も、こんな状態の人間を見るのは初めてだ。…戦場でもないのにここまで…!
何がイルカ先生を駆り立ててるんだろう?
「生徒を呼んでお祝いするんです!!!今日は男ども全員で女の子たちに奉仕するんです!」
「わー!イルカ先生!?目の焦点あってない!?寝てないんでしょ!?任務なんか行くんじゃなかった…!!!」
手を動かしながら、俺に説明してくれてるみたいなんだけど、どうしてこんな状態になってるのかが、さっぱり分からない。 その間にもどんどん組み立てられていく雛人形が緻密すぎて恐ろしい。
「後は…オーブンに入ってるケーキをデコレーションしてあと桜餅もならべれば終わり…」
俺が立ちすくんでいる間に、イルカ先生はタッパーに人形をつめた。どうやらやっと完成したらしい雛人形をしまって、 次の仕度に取り掛かるつもりらしい。動きは忍びらしくすばやくキレのあるものだが、表情がもう限界だとあからさまに 告げている。
「そんなうつろな目してどこ行く気ですか!俺が!俺がやりますから!お願いですから寝てください!」
「布団は…敵です!あとちょっとなんだ…!」
キッと睨むその漆黒の瞳は美しいけど…今の状態は危険すぎる!
イルカ先生は、俺が抱きとめても、もがもがと力なく抵抗してくる。その弱弱しさと必死さで胸が痛む。…でも、 同時に一瞬その暖かい感触に…ちょっとその、反応しそうになったが、ソレは置いといて…!
「落ち着いて!」
「徹夜が何だ!任務なら出来るんだ…!俺はまだやれる!」
「変な気合いはやめてください!」
「俺は…!」
コレだけ言っても駄目なようだ。もうすっかり意識がひな祭りに集中してる。
こうなったら…!
「…しょうがないっ!」
おもむろに額宛を上げ、写輪眼でイルカ先生に催眠をかけた。
「あ?え…?」
一瞬不思議そうな表情をしたイルカ先生は、程なく俺の腕の中でくったりと力を抜いた。すーすーと規則正しい寝息を立てながら…。
「ふぅ…寝てくれたかな?いつから準備してたんだろう…?とにかく、ケーキと桜餅だな。」
何とか寝てくれたが、机の上はものすごいことになっている。ラップとか掛かってるけど、いつからこんな量を…!?
良く分からないがさっきのイルカ先生の様子は、鬼気迫るものがあった。
それに、俺の使命はどこかにしまってある桜餅をみつけだし、オーブンの中のケーキを完成させることだ!
探し出す前にイルカ先生を布団に寝かしつけようとしたとき、イルカ先生がちょっと切羽詰った声で話し始めた。
「そこの棚ー…上に、桜餅…冷蔵庫、生クリームと…人形…メモがー…」
寝言でまでひな祭りに集中しているらしい。
イルカ先生はいつでも一生懸命だけど、こんな姿を見ると、心配で仕方がない。
…俺が何とかしなくちゃ…!
「…イルカ先生。大丈夫ですよ?俺が頑張りますから!」
「雛人形のマジパンは冷蔵庫のー…」
「はいはい…頑張らないとね。」
「皆に喜んでもらうんだ…」
寝言で指示を出し続け、それに子どもたちのことばっかり考えてる。
髪の毛をかきあげると、顔色が真っ青なのが良く分かる。
「俺はあなたの方が心配ですよ…。」
そうつぶやきながら、少しだけでいいから俺にことも考えてくれるといいなと思った。
*****
「は!?俺!」
「あ、おはようございます。…というか、こんばんはかな?」
布団からがばっと身体を起こしたイルカ先生はよく眠ったせいか、大分顔色がよくなっている。朝からずっと寝てたから、少しは休めたみたいでホッとした。
「カカシさん!俺は…!?」
イルカ先生は起きたばっかりなのに、窓の外と自分が寝てることに驚いて、きょときょと辺りを見回している。
「疲れてたみたいで倒れちゃったんですよ?…心配させないで…?」
そっと肩に触れて、顔を覗き込むと、ちょっとだけすまなそうな顔をしてるけど…コレは多分…。
「あ、…ごめんなさい…。ああ!?ケーキが!」
あ、やっぱり。あれだけ熱心になってたからなぁ…。自分のことよりひな祭りだよなぁ…。
頭を抱えて時計を睨みながら、ぶつぶつつぶやき始めたイルカ先生の前に、早速俺の自信作を持ってきた。
「一応、スポンジは出来てたんで、荒熱とって、イルカ先生のメモのとおりに作ってみたんですけど…?どうでしょう?」
スポンジの巨大さには驚かされたけど、味付けもメモの通りにしたから大丈夫だと思う。クリーム絞ったりするのは前にイルカ先生がやってるのみてたからそこそこきれいに仕上がってる。
でも…イルカ先生からみると不完全だったんだろうか。びっくりした顔のまま、固まってしまった。
「あの…だ、駄目そうですか…?」
俺が不安に耐え切れずにそういうと、イルカ先生がそのまま手をゆっくりとケーキに伸ばした。
「すごい…!ちゃんと出来てる…!」
「いつもちょこっとだけですけど、お手伝いしてますから!」
よかった!どうやら合格だったらしい。
味の方はイルカ先生のレシピどおりだし、なによりスポンジ自体はイルカ先生が作ったやつだからきっとおいしいに違いない!
ホッとした所でケーキをテーブルに戻したんだけど…。
戻るなり、イルカ先生が涙を浮かべて俺に抱きついてきた。
「カカシさん…ありがとうございます…っ!」
寝起きでちょっと高めの体温と首筋に掛かる吐息。それに涙声。
俺の理性はすぐに限界を訴え始めた。
「イルカ先生…!俺は…!」
いっそ…このまま!
そう思ったとき、どたどたと大きな足音が響いてきた。イルカ先生も俺にくっ付いてた頭を上げて音の方向を見ている。
「「「「「「こんばんはー!!!」」」」」」
子どもの声。…ナルトたちの声も混じってる。
ってことは…!
「あ!もう来たみたいです!」
嬉しそうに微笑んだイルカ先生は、とっても可愛らしかったけど…!
「チッ!毎度毎度…!」
思わず悪態が口をついた。
イルカ先生はそれどころじゃないらしく、いそいそと服を調えて玄関に向かっている。
「上がっていいぞー!!!」
「「「「「はーい!!!」」」」」
こうして、大挙して押し寄せてきた子どもたちのせいで、俺のイチャパラチャンスはまたお流れになったのだった。
******
「あれだけあったのに…もう空っぽだ。すごいですね。」
結局、あれから一斉に集まった子どもたちの手によって、イルカ先生のおいしいご飯はあっという間に空っぽになった。吸い物を温める間も待てないようで、ずーっとそわそわしてるし、つまみ食い始めるし…非常に騒々しい中、イルカ先生は大分良くなった顔色で嬉しそうに笑っていた。
俺も何だか悔しくなって食ってみたけど、子どもたちの勢いに負け、早々に戦線離脱した。
ま、いいんだけどね…。きっと次がある…!
「みんな育ち盛りですから!」
確かに自分が子どものころはやたら食ってた時期があったきがするけど、こんなに食欲が強いのは、そのせいだけじゃないと思う。
「それもありますけど…。イルカ先生のご飯がおいしいからですよ!」
なにせ、本当においしいのだ。彩りもいいし。
それにしても、コイツらはもうちょっと遠慮というものを…!
腹の中で怒りを押し殺していたら、イルカ先生が急に笑い出した。
「ははっ!それをいうなら、カカシさんのケーキ!おいしかったです!」
「あれは…俺はデコレーションしただけですから。やっぱりイルカ先生はすごいですよ!」
褒めてもらえた…!嬉しい…!
でもなぁ…これが愛に繋げられるかって言うとなかなか…。負けるつもりはないけどな!
すかさず俺もイルカ先生の料理について、正直に感想を言ったら、イルカ先生は照れたように鼻傷を掻きながらはにかんだ。
「そんなに褒めないでくださいよ!…何か、照れちゃいます。へへっ!」
桃色に染まった頬。それに照れくさそうな表情…!
「かわいー…!はっ!?いかんいかん!…それにしてもコイツらすっかり撃沈してますね。…食いすぎで。」
食卓だった所は、いまや食べ過ぎて眠気に負けた子どもたちで一杯になっている。
倒れるほど食べなかった子どもたちは、さっき俺たちに礼を言って返っていったけど…。
第7班はきっちり失神組みに入っている。…ちょっと情けないな…。
「はは!まあ、ナルトもサスケも準備はそれなりに手伝ってくれましたし!」
「まぁねぇ…気持ちよさそうに寝ちゃってまぁ…」
ものの見事に全員つぶれている。
まあ食べながらあれだけ騒いでれば体力も使い果たすだろうな…。
飽きずに喧嘩ばっかりしてたし。…取り合いと言うか…。
ため息交じりにさっきまでの惨状を思い出していると、イルカ先生が慌てた様子で立ち上がった。
「布団しかないと!」
「イルカ先生は休んでてくださいよ!後は俺が!洗い物だって出来ますから!」
さっきまで倒れ掛かるくらい体力使ってた人に、布団なんて…!
慌ててイルカ先生を捕まえようとしたら、にっこりと俺に微笑んで制止されてしまった。
「ああ、大丈夫です!洗い物は明日にしますから!」
「でも…!さっきイルカ先生…」
「それで、布団敷いたら、その…俺と酒飲んでくれませんか?つまみもあるんです。実は。」
「え!」
コレは…!もしかしなくてもイルカ先生からのお誘い…!!!
「お礼っていうか…その、ちゃんとお祝いできたのはカカシさんのお陰ですから…!」
「喜んで!!!」
もじもじしながら、ちょっと視線をそらして顔を赤く染めたイルカ先生に、俺は大喜びで即答した。
*****
「ところでどうしてこんなことに…?」
イルカ先生の杯に酒を注ぎながら、俺はそもそもの発端について聞いてみた。
何しろさっきの状態は尋常じゃなかった。
顔色は悪いし、どう考えても何日も寝てなさそうだったし…。
「その、ちょっと決算期なのでどうしても忙しくて…。」
歯切れ悪くそう答えてくれたけど…絶対にそれだけじゃないはずだ!
「俺には、言えませんか…?」
「違うんです!ナルトたちがひな祭りのお祝いやりたいからって、頼みに来たんです!」
イルカ先生が必死な顔でそういうので、話を聞くと、どうも、発端はナルトだったらしい。
今までも、イベントごとはナルトやらサスケやらと一緒にやってたらしいんだけど、突然ひな祭りに他の友達を呼んでもいいかとナルトが聞きに来たんだそうだ。
…それも、必死な顔で。
今まで友達がいなかったというか、色々孤独だったことを知ってるイルカ先生がその他のみを断るはずもなく…。
調子に乗ったナルトがイルカ先生の飯の美味さを吹聴しすぎたせいか、どんどん参加人数が増えていってしまって。
一応責任を感じたらしいナルトが、今更ながら俺も手伝うっていって買い物は手伝ってくれたとかいってらしいけど、お仕置き決定だ。
ま、なんだかんだいって、サスケもちょっと不安そうにお願いに来たらしいから、あいつも一枚かんでるのは間違いなさそうだ。
二人そろって今度修行コースを特別に考えてやることにした。
イルカ先生曰く、ナルトと会うたびに楽しみだ言ったり、サスケも何だかそわそわしてたのが嬉しかったらしい。
頑張らなきゃと奮起するのはいいんだけど、決算期でろくに寝てないのにどうしてココまでゴージャスにしちゃったのか…。
俺がタイミング悪く任務なんかに行かなければ良かった…!
「あのね。イルカ先生。…そういう時は流石に断ったほうがいいですよ?」
「でも、頼みに来たときも…!」
「あなたの優しいところが俺は好きです。でも…心配させないで。」
嫉妬が多少混じってるコトは認めるけど、何より俺はイルカ先生の体が心配だ。
いつも人のためには一生懸命だけど、自分のことは二の次にしてしまうこの人だからこそ、俺は…!
「ごめんなさい…」
ちょっと怒った俺にやっと自分が俺に心配かけたことを実感できたらしい。
イルカ先生がうなだれて、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
その声も、その姿も俺の胸を痛めるには十分だった。
だって、俺は…謝って欲しかったわけじゃないんだ!
…気が付いたら、俺はイルカ先生の顔を上げさせて、真っ直ぐにその顔を見つめながら、喋っていた。
「イルカ先生。俺は、あなたが好きです!…だから…っ!いつでも俺を頼ってください!あなたのためなら俺は…!」
本当は抱きしめたい。俺の言葉だって意味を分かってくれてはいないんだろうけど、せめてイルカ先生の苦しみを少しでも俺に分けて欲しい。
不埒な行動に移りそうに鳴る腕を、鉄の意志で押さえつけ、俺はイルカ先生に訴えた。
「カカシさん…!」
潤んだ瞳で俺の名を呼ぶイルカ先生は、本当にきれいで、…やっぱり欲しくなる。
それなのに…その漆黒の瞳がだんだん俺の顔に近づいてきて…!
ふにゅっと、俺の唇に柔らかくて暖かいものが触れた。
コレは…!今の間違いなく…キスだ!
今俺に触れている唇を、むさぼりつくしたい…!
ソレなのにそっと離れていく唇を追いかけて、俺は思わず自分でも切なくなるような声でつぶやいていた。
「イルカ、せんせ…!」
その時、俺たちの甘い時間をぶち壊すような大声が響き渡った。
「あー!?やべぇ!ってばよ!俺ってばもしかして寝ちまってた…!片付けなきゃ!」
「うるさいドベ!いいから片付けるぞ!…他のヤツらがおきちまう。」
「あ、ごめんってば…。でもお前だって…!」
「それどころじゃないだろ!…静かにしろ…!」
「そうだった…!よし!俺は皿洗うから、サスケはどんどんもってこいってばよ!」
「お前に?割りそうだな。」
「なぁんだとう!?このスカシヤロー」
「いいから黙ってやれ!落とすなよ!」
「あ、あれ?先生たちいねぇ!?食いすぎでどっかに倒れて…!?」
「馬鹿かお前は。中忍と上忍だぞ?任務ってことはなさそうだから…酒でも飲んでるんじゃないか?」
「そっか!じゃ、俺たちで片付けて驚かせようぜ!」
「…ソレは…。まあいい。分かったからさっさと手を動かせ。」
「おう!…サクラちゃん喜んでくれたよな…?」
「まあな。…いいから急げ。」
「あ、そうだったってばよ!」
このじゃれあいは間違いなく…ナルトとサスケだ。
殊勝にも後片付けをやるつもりらしい。…ちょっとだけ減刑してやってもいいが。
「…気配も消せてない……。」
俺の指導を少しも活かせてない…。特にナルトは足音も凄ければ、ぎゃいぎゃいといちいち喚いてるので、何やってるのか丸分かりだ。しかも、サスケも動揺したのか気配が駄々漏れ…。
流石にちょっとため息がでる。
そんな俺に様子を見て、イルカ先生が優しく微笑んでくれた。
そっと、俺の手を握りながら。
「ふふ…もうちょっとだけ。ここでこうしていましょうか。」
「はい…!」
程なくして響き渡ったがちゃんがちゃんというすさまじい物音と、喧嘩する二人の仲裁のために部屋に戻ることになったが…。
俺は、やっとイルカ先生に思いが届いたことに、有頂天になっていたのだった。


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お待たせしまくりの農家を追加してみました!!!
事の顛末が書ききれなかったので、後日談的なモノを書くかもしれません…。
ま。でもちょっとだけ関係は進展…したんでしょうか!
このイルカ先生をゲットするのは…もうちょっとだけ先になりそうですが…!
ご意見ご感想などお気軽に拍手などからお知らせ下さい!!!

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