しがつのばかのはなし

「作戦は分かってるな」
真剣な顔しちゃって。ま、気配に気づけない辺りが所詮中忍なんだけどねー。
「エイプリルフール大作戦!ですもんね!」
「上忍を出し抜くことができたらそれなりに腕が上がったってことだからな」
「ぎゃふんと言わしてやるってばよ!カカシティーチャー!」
やる気があるのはいいことかもねー。それがもうちょっと別の方向に行けばいいんだけど。
しかも恩師巻き込んじゃうとかなにやってんだか…。乗っかる方も乗っかる方だけど。
大方ナルトに泣きつかれて、サクラにほだされて、サスケが心配になってとかそんな感じでしょ。
木の葉が寛容な里だって言っても、流石に上忍嵌めるなんてどうかと思う。
「返り討ちにしちゃうか、それとも」
引っかかってやるのもおもしろいかも。
そうしたらあのスカした顔でド正論ばっかり主張するあの中忍先生を…それこそぎゃふんと言わせてやれるんじゃない?
上忍にこういうことしちゃうんだーとか言っちゃえば、きっと素直に謝るだろう。ちょっと追い詰めれば…。
ヤバイ。楽しいかも。
前から気に入らなかった。あのまっすぐすぎる瞳が。
あーんな目してたら、生き残れないでしょ。
教師なんて職業する前に、前線の経験もたっぷりしてるのにねぇ。しかも情に流されたせいで派手に負傷して。
しかも懲りずにナルト庇って大怪我までしたっていうから始末に終えない。
…まだ間に合うかもしれない。今なら。この人はまだ若い。少々痛い目にあってもらった方が、現実ってものを理解できるだろう。
たとえば知り合いの怪しい上忍に叩きのめされるとかね?
「じゃ、各々。準備はいいな!」
「はーい!」
「もちろんだってばよ!」
「ああ」
「お互い何に変化するかは教えない。各自誰がどうでても対応できるようにしておくように」
どうやら作戦会議は終わったみたい?なにを仕掛けてくるのかは秘密ってことか。
それに、多分この人も多分その場にいるはずだ。見届けるためかそれとも仕掛けてくるか。
「さーって。遅刻魔のカカシ先生はそろそろ集合場所に向かいましょうかね」
どうでるのか楽しみだ。
…いい訳次第じゃ、とことんやらなきゃね?
職権乱用は好きじゃないけど、多少私情が混ざっていようが文句の言われない立場にあるんだから、たまには使わせて貰う。
里の未来のためにも、あの中忍にはもうちょっと自覚を持ってもらわないと。
*****
おキレイな中忍教師の癖に見事なもんだ。気配の欠片も感じられない。
集合時間に遅れること1時間。そこで待っていたのは思い思いに変化した下忍たちだった。
中忍先生は見えるところにはいない。流石と言って上げたらどんな顔するかねぇ?
ま、比較にする対象が成り立て下忍連中ってのは流石に失礼か。
「あらぁん!しゃりんがんのえと、かぁかしさぁん!」
「はい。ナルトは失格。お色気について勉強しなおしといで」
しなだれかかってこられてもねー。全裸ってなんなのよ。色気は確かに体型も重要だけど仕草とか立ち居振る舞いとかが一番だってのに、論外でしょ。
この分かり易すぎる所が心配なのよね…。
「カカシ。今日の任務はなんだ」
ナルトは予想通りだが、サスケは…変化じゃないなら何を仕掛けてくるつもりかね。
「んー。ま、現地に移動してからねー」
「チッ」
んー?なるほど。今日の任務にあわせて考えるってことか。臨機応変で中々いいんじゃないの?
「カカシせ…さん!」
で、サクラ。仕草も真似しないとバレバレよ?
…ほんのちょっとドキッとしたってのは言わないでおく。
中忍教師に変化って斬新って言えば斬新か。
「サクラー。バレバレ。悪戯は程ほどにしてそろそろいくよー」
さてと。いつあの教師は仕掛けてくるか見物だ。あの話振りなら確実に本人も仕掛けてくる。少なくとも見に来るくらいはするはずだ。
「今日の任務任務は演習場の整備だ」
「せいび?ってなんだってばよ?」
「ウスラトンカチ。そんなことも知らないのか」
「うっせー!イルカ先生は鼻血ぶーだったのによー」
「ホラ行くわよ!ナルト!」
「待ってくれってばよーサークラちゃーん…!」
コレだけ騒いでるのに相変わらず気配がない。内勤なら任務内容も知ってるだろう。ましてやあの中忍は受付兼任。任務自体が仕込みでもおかしくはない。
あの中忍の姿が見えないのは不安だが、あの中性格からして、コイツらを巻き込むようなトラップは警戒しなくてもいいだろう。そう思えば気が楽だ。
「さてと。ま、要するに落ちてる落ちてるクナイの回収だ。トラップには気を付けろよ?壊したら修理な。集めたクナイをアカデミーに届けたら終了だ」
「はーい!」
「なんだよーつっまんねー任務」
「ふん。やりたくないなら好きにしろ。どうせいてもいなくても同じだろ」
「んだとぉう!」
「はいはい。皆やる気みたいだから、一番たくさんとってきた子にご褒美あげようかなー」
俺もなにもなしってのはつまんないかなーと思った。餌を用意した理由はそれだけ。
「どうせたいしたもんじゃないんだろ」
「なぁなぁ!どんなの?」
「ご褒美ってなんですか?」
「何でも言うこと聞いてあげる。ただーし任務に関わることは駄目ね?できることだけだけど」
おもしろいように引っかかるのは、こいつらが純粋だからかガキだからか。途端に真剣な顔で森の中に消えていった。
さて邪魔者もいなくなったし、ぼちぼち探りだすかと思った途端、ほこほこと探していた男が現れた。
「カカシさん」
「イルカ先生。どうかしたんですか?」
んー?ちょっと様子がおかしい?なんでそんなに視線が鋭いんですかね。
しかも妙に距離が近いっていうか。…ほぼ密着されてるんだけどなんなのこれ。
「おい。カカシ。クナイ…」
サスケが戻ってきて一瞬気をそらした途端、中忍がいきなり口布に手をかけた。
「もらったぁ!」
「はいざーんねん」
当然避けたけどね。変わり身食らう事くらいわかるでしょーに。
衝撃ですっころんでるんだけど、コイツ本当に中忍?
「イルカ先生!大丈夫か!」
「あーほらサスケは続き…っ!?」
「へへ!」
違う。サスケじゃない。サスケはこんな笑い方しない。…悪戯が成功したときに悪ガキの顔だ。
するりと布が下がり、すぅっとまだ少しばかり肌寒い空気が肌に直接触れる。
やられた。
「あんたまさか」
「逃げるぞ!サスケ」
「はは!そうだな!“イルカ先生”」
こいつら入れ替わって…いや、最初から変化してたのか。
チャクラはもとより、匂いにも気づかなかった。
服まで交換してたのか?
「後は任せろってばよ!」
「ほんとにひっかかったわね!びっくりしちゃった!でも残念―!顔みえなかったじゃない!後でイルカ先生に教えてもらわなきゃ!」
そうだ。俺がすぐに引き下げられた口布を戻したから、結果的に顔を見たのは変化していた中忍教師だけ。
まんまと俺を嵌めた上に、一応子どもたちにはバレないようにしたつもりか。
「ほーう?任せろってどうするつもりなのかなー?ナルト」
「うっ!い、いやその!影分身でもういっぱいあつめてきたし…ちゃんと数も確認したってばよ!」
「確認したのは私だけどね。アンタもうちょっと整理整頓って物を覚えなさいよね!」
「いってえ!いってえってばよーサクラちゃーん…」
相変わらず二人でじゃれあってるけど、望み薄そうだねぇ。
それはま、おいといて。
「で、どういうことか説明してくれる?」
「エイプリルフールだってばよ!」
「任務依頼書にも書いてあったはずですよ!ほら!」
「えーっと。なになに。…確認及び諸事情により、アカデミー教師が立ち会う場合があります。行事等への参加を追加で依頼する場合がありますので、その際は協力を…って、なにこれ」
この手の付則事項はよくあることだし、アカデミーのクナイ収集ついでに、どこかの飾りつけでも手伝わされるんだと思ったのに。
…これがある以上、俺が騒げば任務にいちゃもんつけた上忍として恥をかくのはこっちの方って訳だ。
抜け目のない内勤め…!
「へへー!カカシティーチャーって、ホントにイルカ先生に弱いのな!」
「あ、こらナルト!黙ってなさいよ!」
「ちょっとなにそれ」
弱いって。そんなはずないでしょ。
「え?サスケが言ってたんだってばよ。弱いかどうかわかんねぇけど入れ替わった方がいいって言ったのはイルカ先生だけど」
「あーもう…!馬鹿ナルト!」
「いってぇえ!」
「へーほーふーん?」
なにそれ。サスケは何を言いたい訳よ。
「ってことで…任務完了だってばよ!」
「そ、そうですよ!これ早くかたづけなきゃ!」
そうだな。ここにいたってサクラは吐かないだろうし、ナルトもわかっちゃいないだろう。
「んじゃ、後宜しくね?報告書もちゃんとだすように。ナルトがね」
「えー!?なんでだってばよ!」
「こんな重いもの二人で運ぶのー!?報告書だってコイツ一人じゃ…!」
「協力して解決しなさいね?先生はちょっと野暮用ができたから」
きゃあきゃあ騒ぐ二人を置いて、跳んだ。
「さーってと。お二人さんはどこに逃げたのかなー?」
今日はエイプリルフール。…それって俺からも仕掛けていいってことでしょ?
「イルカって中忍と、うちのサスケ追っかけてくれる?」
犬たちを全員呼び出しお願いすると、あっという間に散っていった。
…絶対に逃がさない。
腹の底から湧き上がる苛立ちと焦燥染みた何かに突き動かされるように、追跡を始めた。
それから、嘘には嘘で返すための準備を。
*****
「あーやっぱり見つかったか」
真っ先に見つかったのは中忍教師の方だった。
…というかだな。コイツ隠れてなかったんだけどどういうこと?何で暢気にラーメンなんて啜ってるのよ。
「今日はどーも」
はらわたが煮えくり返っているのを押し隠し、笑顔で隣に腰掛けた。
「いえ。あ、サスケは任務に戻りました」
「へー?」
悪びれない。むしろ楽しそうにすら見える。
でもねぇ?こっちも中忍相手に玩具にされて黙ってられるほど大人じゃないの。
「あ、勢いでとはいえ、俺が顔みちまったんで記憶操作が必要ならどうぞ」
さらっととんでもないことを言い出した。
意外性ナンバーワン忍者の育ての親だけあるってことか。こんなのと一緒にいて、ナルトはよくあんなに普通に育ったもんだ。
「そんな覚悟決めるくらいなら、なんで最初から止めなかったんですか」
「あはは!そりゃ楽しそうだったからです!」
本気だ。一片の嘘偽りなく、この人は本気で言っている。下手したら命までかかる悪ふざけを、楽しいからってだけで実行したんだ。
それが分かるだけに少しばかり迷う。作戦って変更すべき?
「剛毅だねぇ?」
「よく言われます。お前は無鉄砲すぎると」
それを口にしているのが火影だということも知っている。かわいがりすぎて頭のネジゆるんじゃったんじゃないの?この人。
でも、ま。いいか。…自分もこれから面白そうだからって理由で、盛大に嘘をつくつもりだから。
「そ?ねぇ。実は俺、そんな所に惚れてるんですが」
さて、どんな反応が返ってくるだろう。
基本が真面目で晩生だってことは良く知っている。里長が耳がたこになるほど愚痴ってくれたから。
それにサスケが何かこの人に吹き込んでるかもしれないんだから、十分動揺は誘えるとふんだんだけど。
「あ、知ってました。…けどいいんですか?なんだか受け入れたくないみたいでしたよね?」
なにそれ。ちょっとまって。なにいってんのこの人。
「は?」
「まあ今日はちょうどいいですし、今ならほら、なかったことに出来ますよ?」
哀れみとも違う。少しの呆れを含んだなだめるような口調に…頭が沸騰した。
「なにそれ。逃げるの?」
「逃げて欲しくないんなら、そうですねぇ?後ちょっと」
そういって男が時計を指差した。
12時調度まであと少し。3,2,1…。
ぽーんぽーんとくぐもった音が、正午の訪れをつげた。
「知ってました?エイプリルフールって、午前中だけなんですよ?」
スープも残さずきっちり食いきって、悪戯っぽく笑う男を見るだけで、胸がうるさく騒ぐ。
…コレを苛立ちだと信じていたのに、今はそれを信じきれないでいる。
微かで、だが確かな欲。くすぶるソレを気のせいだと思い込むには、二人の距離が近すぎた。
「今言えばいいってこと?」
「…言わなきゃなかったことにできるって話です」
へにょりと眉を下げた男の腕を掴み、引き寄せた。
「だったらアンタはどうなのよ…!」
だまして逃げ回って翻弄して、今だって俺を簡単に動揺させている。
それで俺にだけってのはずるいんじゃないの。
「うーん。まあ言ってもいいんですが」
ちらりと中忍が視線を泳がせた先には、緊張した面持ちのラーメン屋の店主が立っていた。
「お勘定」
叩きつけるように金をカウンターに置いた。
昼時のラーメン屋だ。ほぼ満員の客の視線が俺に集中したが、全部無視した。
「へ、へい!まいど!あ、お客さん!多…」
「テウチさんご馳走様です!」
腕を掴んで引きずり出すように店を出て、そのまま路地裏に連れ込んでやった。
「で、アンタ言う気あるの?」
「そう、ですね」
なぜそこで嬉しそうに笑う。板塀に叩きつけるように背を押し付け、詰め寄られているってのに。
「じゃあ、言え」
「好きですよ。そうやって必死になって駄々っ子みたいに躍起になってる所も、俺が怪我なんかすると泣きそうな顔で怒ってる所も、その癖弱ってくると寄ってくる所もね。まあ無意識なんでしょうが」
「なにそれ!」
「アンタも大概でしょうが。俺のどこがいいんです」
俺は、何も言っていない。それなのにどうしてこの男はこうも俺からの好意を前提に話すんだ。
「うるさいなぁ。好きとかそんなのどうでもいいよ。アンタが俺のになればいい」
「はは!アンタらしい台詞ですね。まあ、俺は、その。…好きって言葉もくれないような人とお付き合いはしませんが」
思わず殺気が滲み出そうになる。
でも、なんでだ?なにに俺は腹を立ててる?
余裕たっぷりに微笑む男の態度か、それとも。
「ま、いいけど。…もう、嘘はつけないんでしょ?」
「来年の今日になるまでは」
それまでに絶対めろめろにしてやる。それとももうその前に体から落としてやろうか。
「覚えてなさいよ」
我ながら三下みたいな最低の台詞だけど、ソレへの返事も大概だと思う。
「そうですね。気が向いたら」
どこまでも人の神経を逆なでする男だ。
それなのに…なんで頭撫でてくんの。止めてよ。腹たってたのもほっぽって続きがしたくなるじゃない。
「食っていい?」
「恋人なら」
言外に言葉を強請る男に苛立ちが募る。…と同時に、先に言葉を貰ったのが自分だということに、暗い喜びを覚えた。
「アンタ他のヤツに笑わないでって言ったら、恋人なら聞くわけ?」
「無理です。仏頂面のアカデミー教師も受け付け職員もありえんでしょうが」
呆れた顔されたんだけど、それってどうなの?
恋人ならいいとかさっき言ったくせに。
「なにそれ。俺にいいことなんてなにもないんだけど」
「俺は嬉しいですね。嫉妬深いのは鬱陶しいですが、それだけ俺を独り占めしたがってるなんて、かわいいじゃないですか」
くそ!そんな顔で笑うな!反則じゃないの!
蕩けそうに嬉しさが滲み出た笑顔。ああもう!ああもう!
「じゃ、好き。だからもっとアンタ俺にめろめろになんなさいよ」
ついでの様に言ってやったのは、もちろんワザとだ。
何もかも思い通りにされるのが嫌だっただけなのに。
「実はもう結構めろめろなんですが」
にへーっと頭の悪そうな顔で男が唇を寄せてきて、俺はそれを避けなかった。
そこからはもう。
その場でやろうとして止められて、我慢できなくて俺の家まで持って帰って、隅々まで全部俺のモノにした。
結果的に受け手側のがダメージが大きいってのと、そもそも基礎体力が中忍と上忍で違うとか、勢いでついついやりすぎたとか、色々な事情があって、イルカは今ベッドに沈んだまま起き上がれずにいる。 「四月馬鹿、か」
「なーにぶつぶついってんの。水飲むでしょ?」
無体を強いたのは確かに俺が悪いが、あんなに煽っといて初めてなんでとか言い出すから止まれるわけないし。
「飲みます飲みます!」
起き上がるのもつらそうなのを手伝って、抱き込みながら水を渡した。よっぽど喉が渇いていたらしい。あっという間にコップは空になった。
それもこれも俺が散々鳴かせたからだと思うと気分がいい。むさい男のはずなのに、かすれた声も、慣れてないのが丸分かりの癖に必死でこっちに応えようとするところとか、一々仕草が男を誘うって…もう絶対外の任務になんて出せない。いっそ見張りに忍犬でもつけようか。
「で、四月馬鹿がどうしたって?」
エイプリルフールは異国の言葉で四月の馬鹿という意味なのは知っていた。
それを意味深に言われたのが気に障っただけだ。
「いやー馬鹿だなぁって」
「馬鹿にするのも大概にしなさいよ?もっかいする?」
「あーソレもいいかもなぁ。なんかもう。なんですかね。えーっと」
この歯切れの悪さは、流石に俺に失礼だと思ったなんてことじゃないだろう。
何考えてんのか読めなさすぎてイライラする。
「ちょっと。はっきりいいなさいよ!」
思わず抱きしめたまま低い声をだしたってのに。
「…馬鹿みたいに幸せです」
その満開の笑みに理性をすっ飛ばしたのは、俺のせいだけじゃないと思う。

日付が変わるまでいちゃいちゃして、理解するのは諦めた。
俺も男も馬鹿でいい。
なにせ幸せなんて陳腐な言葉だと笑ったことを後悔する位、満たされているから。
…それが今年のしがつのばかのはなし。


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しがつばかー。
むしろ年中馬鹿ということで。

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