交換日記を君と

「イルカ先生。あの、コレ今日の分です!」
今日もカカシさんは報告書を受け付けた後、どこからともなく桃色の本みたいなものを取り出して、俺に差し出した。
俺もいつも通りそれを受け取り、いつも通りのセリフを吐く。
「はい。じゃあまた明日受付でお渡ししますね?」
「はい!!!」
にこやかに…それこそスキップでもしそうなくらい楽しそうに去っていくカカシさんを見送り、ため息をつきながらカバンに受け取った本…いや、日記帳をしまう。
これを明日までに読んで、返事を書かなくちゃならない。
いい加減なれたとはいえ、やっぱりちょっと気が重い。
「なぁイルカ、お前ソレ結構続いてるみたいだけど…大丈夫なのか?」
不安そうな顔で聞いてくる同僚。
無理もない。俺は多分今相当疲れた顔をしているんだろうから。
「あー…まあな。」
だからといって、これ以上のことは言えないんだけどな…。
「しっかし、受付に飛び込んでくるなり、真っ赤な顔交換日記してくださいとか言い出した時はびっくりしたけど…これだけ続くってコトは…案外まともな人なのか?」
「まとも、とは言い難いというか…。」
そう。普段の態度はまともなのに…何でこういうコトに…。
「…脅されてるのか…!?」
俺の顔がかげりを帯びたのに気付いた同僚が、驚いた顔で声を潜めた。
ああ…脅されてるんなら手の打ち様があったのに…。
まあ、これ以上、同僚を不安にさせたくないし、事実はあまり話すべきじゃないので、適当にあしらうことにした。
「いや、ちょっと違う。でも、なんていうか…変わった人だ。結構。」
「まあそりゃ、この間の状態見てれば分かるけどさ。…無理するなよ?いざとなったらみんなで火影様のところ駆け込めばいいんだからさ?」
「ああ、…すまない。ありがとう。」
俺の方をぽんと叩き、心配そうな顔で一応通常業務に戻った同僚に聞かれないように、小さな声でつぶやいた。
「実行に移されるよりマシだよな…。」
*****
ある日突然、そこそこ親しくしていた上忍から、交換日記の申し出があったのは先月のことだ。
勿論俺は面食らった。
時々飲みにいくくらいの関係ではあったけど、そんなたちの悪い冗談を仕掛けられるほどには親しくもない相手だ。しかも上忍。何だってそんなコトを言い出したのか理解しかねる。
いまどき交換日記なんてアカデミー生でもやらない。それに、成人男性同士で普通そんなことするものだろうか?
元々ちょっと変わった人だったから、受付が混雑し始めてたのもあって、うっかり受け取ってしまったけど、やっぱり失敗だったかもしれない。
桃色の日記帳…ソレもいまどき鍵付きなんて珍しいモノをわざわざ用意したのが、カカシさんの本気を物語っている。
そして何よりその中身が…。
「えーっと、なになに…今日は、イルカ先生の顔を見るだけで興奮しちゃった!もう真っ直ぐ歩けないくらいでした!食べちゃいたい!…か。まあ、いつもよりはマシかな?」
何が楽しいのか、何故か俺に対してやたら、こう…卑猥な内容の日記を書いてくるのだ。
しかもいちいち興奮したときの内容と状態をみっしり細かく…俺の行動記録みたいなのと合わせて。
…いつも読んでるエロ本の影響なんだろうか?
遊びとしても面白くもなんともないと思うんだが、カカシさんは律儀に毎日毎日交換日記を持ってくる。楽しそうだし、変な妄想を日記に書くことはしても、今のところ普段の生活では微塵もそういう行動を見せないので、ガス抜きにでもなってるんだろうと放っておいている。何でその対象を俺に設定したのかは、非常に謎だが、俺は結構ホイホイ雑用を引き受ける方だから、頼みやすかったんだろう。
…惚れた相手との本番前の練習だったりするのかもしれないし。
ていっても、もし本番でそんなことしたら、確実に関係が破綻すると思うし、詳しい事情は全く持って話してもらっていないので、完全に俺の当て推量だ。…万が一実行に移そうと考えているのなら、もっと恐ろしいが。
まあ、なんでこんなことになったのか気にはなるが、もし理由が分かったとしても、正直良く分からない思考回路の相手だ。…どうも解決しそうに無い気がするので、その辺は深く考えないことにする。
ただ、返事をするこっちは色々と困るので、悩んだ結果、返事になってるんだかなってないんだか分からない自分の日常を書くことになっちゃってるんだが…。
「今日は、授業が演習ばかりだったので、俺もちょっと腰が痛みます。最近デスクワークばかりだったので、ちょっと鍛錬不足を感じています。次の休みの日にでも、ちょっと鍛錬がてら山にでも登ってこようかと思います。っと…これでいいかな?」
いまいち、意味があるんだかないんだか分からない短文しか返せないのが辛い所だ。
相手が最低でも5ページ、多いときには10ページ以上も小さい文字でみっちり書いてくるのに、俺は精々1ページが関の山。
…本当にコレで楽しいのかどうか大いに疑問だ。
「まあ、本人が飽きるまで付き合うしかないよな…?」
枕元においた日記帳の鍵をちゃんとかけて、俺はとりあえず寝てしまうことにした。
*****
「イルカ先生!日記帳!取りに来ました!」
朝一の受付にいつも通り、元気一杯の挨拶とともにカカシさんが日記帳を取りに来た。
「ああ、はいどうぞ。」
あの良く分からない文章を書き込んだものをいつも通り手渡すと、爽やかな微笑みとともに、カカシさんが頭をぺこっと下げる。
「ありがとうございます!」
それだけ言うと、依頼書をもってさっさと飛び出していった。
…コレもいつも通りだ。
別に、日記にあるように前かがみになってるわけでも、歩く時よろけるわけでもなく、普段の行動は普通の上忍だ。強いて言えば…挨拶がやたら丁寧なだけの。
「礼儀正しいんだな。」
同僚だってそう勘違いするくらいには。
「ああ、…まあな。」
だが、礼儀正しいとは言えない気がする。
礼儀正しい人は、そもそもあんな日記よこさないと思うし。
それにしても、真面目にあんな内容書いてよこすってどういうことなんだろう…?
「はたけ上忍って、思ったより気安いっていうか、下級の忍とも交流持つ人だったんだなぁ。あんなにすごい人なのに。」
「ああ…そうだな。」
あんなにすごい人だからこそ、歪みがでるのかもしれないよなぁ…。
だからなんで俺なんだという疑問は解決しないけど。
俺はため息をつきながら、今日はどうやって返事をしようか考えていた。
*****
夕方になって、いつも通り俺が交代する直前に、カカシさんが帰って来た。
いつも通り報告書を処理したら、カカシさんが何だか思いつめたような顔をしていた。
「イルカ先生。あの。」
「ああ、日記帳ですね。はい。」
何だか分からないけど、早く日記帳を受け取ってしまいたい。
毎日日記に頭を悩ませている分、ちょっとずつとはいえ疲労が蓄積している。
まあ、つまり、もう結構疲れてるんだ。週末だし。
これから飯つくったりしなきゃいけないことを考えると、あんまり寛容にはなれない。
手を差し出して、日記帳が載せられるのをまってみたけど、日記帳の代わりに載せられたのは、カカシさんの手だった。
「あの…っ!今日は、久しぶりに飲みに行きませんか?」
「はあ。」
必死な形相。
思いっきりぎゅうぎゅうと握られた手は、痛いくらいで、でも何だか半泣きのこの人を邪険に扱うこともできなくて。
「お願いします…っ!」
「じゃ、ちょっと待ってください。片付けたらすぐ行きますから。」
「はい!」
俺の返事に妙にキラキラした笑顔になったカカシさんは、いそいそと受付所のソファに向かい、ちょこんと座った。
「…早くしてやれよ?」
「分かってるよ。」
同僚にせかされるまでもなく、俺も上忍を…というより、カカシさんを待たせるつもりはなかった。
あんなに切羽詰った表情でお願いされたら、俺としても何とかしないといけない気分になる。
ついに本番に移るつもりなのかもしれないし、それならアドバイスのひとつもしてあげられる。
何だか先が見えてきたな。
一生懸命に日記をもってくる姿が見られなくなるのはちょっと寂しいような気もするけど、ちょっとホッとしてるのも事実だ。
もしかしてあの内容を誰かに実行しようとしてるんじゃないかとか、怖い想像をするのも終わりに出来る。
俺はいそいそと書類を片付け、カカシさんの元へ向かった。
「行きましょうか!」
*****
ある意味晴れやかな気持ちでカカシさんと一緒にいつもの飲み屋に向かった。
…まではよかったんだけど、この状況はなんだろう?
「演習って…なんの演習だったんですか…!?俺では、力になれませんか?勿論修行のお手伝いもします!でも…っそれよりも無体なマネを…!ずっと見てたのに…!」
個室に通されるなりぎゅっと抱きつかれて、さっぱり意味の分からない内容の話をされている。
…現在進行形で。
「あ、あのー?なんの…」
「腰が痛むんですか…?くそッ!俺が付いていながら守れなかったなんて…!俺が必ず敵を取ります!それに…」
「だから!一体何の!」
「…気にしなくていいんですよ?悪いのはあなたを襲った…」
駄目だ!埒が明かない!
…奥の手を使うか…。
話し続けるカカシさんを遮るように、俺は腹の底から思いっきりでかい声を出した。
「カカシさん!」
「はい!」
「ちょっとそこ座る!」
「はい!」
「はい深呼吸!すってー!はいてー!」
「すーはー!」
「で、落ち着きましたか?」
大抵の子どもも酔っ払いも、コレで何とかなるんだけどどうかな?この人一応上忍だし。
俺がじーっと様子を伺ってたら、いきなりぽっと赤らんだ顔で苦しげな声を出した。
「ああ…そんなに見ないで!胸が苦しいです…!」
「…その辺は気合で何とかしてください。」
なんだろうなー?ホントこの人前はまともだったと思うんだけどな?
何で急に深呼吸くらいで呼吸困難起こしてるんだろう?それにそもそも…
「で、なんだっていきなり?」
「だから!こ、腰が痛むようなことを…!」
「あーそうですね。チャクラコントロールを教えてて、重いもの持ち上げるのにも使えるって、他の先生とか持ち上げたんですけどね。調子に乗って子どもたちまで俺にどんどん乗っかってきたから流石に…。」
あれはきつかった。授業中はまだチャクラ使ってるからマシだけど、終わっても隙を見せると子どもたちが飛び掛ってきて、とどめに変え輪道で遭遇したナルトにまで飛びつかれて昨日はホントに散々だった。
可愛くても重いのはかわらないからなぁ…。教師としてみっともない格好はしたくないから、重くても我慢してたのが仇になって、皆ひょいひょい乗るもんだから鍛えてても流石にガタが来た。
まあ、でも、やっぱり鍛錬不足もあるよな…。最近ちょっとサボってたし…。
で、だから、ソレがどうしてこんなことになるんだ?
「そ、そうだったんですか…!よかった…!」
「へ?」
なんだ?何が良かったんだ?まだ腰は痛いんだけどな?
まあ、良く分からないけど、なんか、このひと一生懸命なんだよなぁ…。
その方向性はかなり間違ってるんだけど。
教師として見棄てちゃいけない気もする。
だって、俺の手にすがりながら涙を流して喜んでいるカカシさんは、どっからどうみても凄腕の上忍には見えない。
とりあえず、どんどん濡れていく手を拭いて、カカシさんの顔も拭いて、あとは酒と飯で落ち着かせよう。
「すみませ…っうわ?!」
お店の人を呼ぼうとしたら、いきなりカカシさんに腕を引かれた。
「決めました!」
「何を?」
「もう耐えられません!一緒に暮らしてください!」
「え?なんで?」
「好きな人のことを心配しちゃいけませんか…?」
「いや、いけなくないと思いますが、ソレがどうして俺と同居になるんですか?」
「同棲です!だって、交換日記だけじゃイルカ先生を見守りきれない…っ!いつもみてるけど、イルカ先生が何を考えてるのかまでは分からないから!でも交換日記始めてみたけど、イルカ先生のことやっぱり全部はわからないし心配ばっかりしててもう気が狂いそうなんです!」
「は?」
えーっと。つまり、カカシさんは好きな人の心配をしてて、その人と同棲したくて、で、その理由が交換日記だけじゃ俺を守れなくて、俺の考えてることを知りたいからで…。
つまり、好きな人イコール…。
「俺、か…!?」
わあ、ソレはびっくりだ。なんていうか…驚きすぎてちゃんと驚けないくらいに。
「イルカ先生に色々したいけど、我慢します!交換日記も続けます!でも、お願い!一緒に暮らしてください!」
「あの、ちょっと黙ってください。理解が追いついてないので。」
「あ、はい。ちょっとなら…。」
コレまでの話と行動を総合するに、カカシさんは、どうやら俺のことが好きで、交換日記から俺の思考を追いたくて、でも上手くできなかったので、同棲を希望している。
で、カカシ先生的にはあの変な内容の日記が見守ってるつもりだったってことなんだろうか?
「あ、あのっ!俺!イルカ先生のこと…!」
「ああ、訳が分からん。…とりあえず飯食っていいですか?」
「はい!すみませーん!」
とにかく飯だ。食って酒飲んで…それから考える!
「あ、俺たこわさとポン酒と刺身で。」
「はい!」
*****
結論から言うと、カカシさんは俺んちに越してくることになった。
但し、断じて同棲ではない。
あの後飯食って、酒飲んで、何かが吹っ切れた俺は、とりあえず目の前でモサモサした頭をかしげて不安そうな顔している上忍に、思いっきり説教してみた。
曰く…交換日記を申し出る前に、まず告白するのが先だろうとか、卑猥な内容の日記は普通気持ち悪いと思うとか、毎日俺のこと追っかけてる暇あったらちゃんとナルトたちの面倒見ろとか、そもそもいきなり行動に起こす前にちょっと考えてからにしなさいとか…。
まあ、酔ってたんだ。要するに。
でも…俺の説教を酔っ払いのたわごとと流さず、一個一個ちゃんと聞いて、律儀に返事するカカシさん見てたら、何だか放っておけなくなった。
だって、ソレこそ立て板に水で説教した自覚があるのに、「イルカ先生…俺、がんばります!」なんて、涙目で言われたら、放っておく気になれないだろう?
で、気が付いたら、こう言っていた。
「よし分かった!いいでしょう。一緒に住みましょう!」
「ええ!?ホントですか!やった…夢じゃないんですよね…!」
「あ、でも同棲じゃないですから!」
「ええ!?そんな…っ!ああ、でも…イルカ先生は俺のコト好きじゃないんですよね…。まだ…。」
「アナタの常識を叩きなおして差し上げます!いいですか!ちゃんと俺の話聞くんですよ!」
「はい!」
とまあ、こんな経緯をへて、今俺の部屋には怯えの中にも期待を込めた瞳で俺を見つめる銀髪上忍がいる訳だ。
「俺の教育は厳しいですよ!」
「頑張ります!一生懸命!」
うん。ちゃんと人の話を聞けるんだから、多分ゴールは近いはずだ。
「じゃ、片付けちゃいましょう。荷物。」
「はい!…頑張って…いつかイルカ先生に好きって言ってもらうんです…!」
キラキラした目で俺を見ながら、雑巾握り締めて決意を固めてるのがかわいいから…。
…もう惚れちゃってるってコトは、もうちょっとだけ黙っておこうと思う。


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アホっぽい小話をそっと追加してみました。
意味はあんまりありません。…強いて言うならサイコホラー脱却のためか…?
ではではー!ご意見ご感想突っ込み等はお気軽に拍手からどうぞ!!!

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