視線、七秒


妙に人の目を見る人だなと思っていた。
いつからだろうと思い返してみたが、どうも初めて会ったときからのような気がする。
視線を感じた方を見ると、必ずと言っていいほどその先にいるのはこの人だった。
じっと、見られている。それは忍にとってはあまり気分のいいもんじゃなかった。なにせ俺たちは一般人にとってよりずっと、向けられ続ける視線に敏感だ。その分、意図の分からない視線に晒され続けることは、俺の精神をぞりぞりとすり減らしてくれたのだ。
気配やチャクラを殺していても、たいていの場合視線は消せない。敵からのそれを感じ取れなければ万が一の時に自分の命を落とすかもしれないから。
だがこのときだけは、流石にその勘を僅かとは言え呪った。
まるで自分がどこにいるか思い知らせるかのように付き纏う視線は、監視にも似て。
…含みのあるモノなのかどうか幾度も勘繰ったものの、それが任務かもしれないと思えばあからさまにそれを避けることも気がとがめ、結局俺はそれに耐える事を選んだのだ。
 とはいえ視線に悪意も害意も感じられない上に、見るなといえる程、俺たちは親しくもなかった。
できる限り気にしないようにしている内にいつのまにか少しずつ慣れて、視線を感じてもさほど緊張しなくなった。
 そうして、警戒心も大分緩んだ頃、視線の執拗さと裏腹に、せいぜい会釈と挨拶位しかしなかった男がある日突然話しかけてきたのだ。
「あの、イルカ先生がおいしいラーメンの店知ってるって聞いたんですけど、俺にも教えてもらえませんか?」
 受付でこそこそと少し恥ずかしそうにそう聞いてきた男は、はにかみながら中々言い出せなかったんですよねと頭を掻いて見せた。
多分、それが切欠だ。
執拗な視線をよこす得体の知れない上忍から、引っ込み思案な子どもっぽい人という認識にあっさりと変化したのは。
「もちろん!まずは一楽っていう美味い店、ご案内しますね。俺ももう仕事上がりですし」
 ホッとする余り、普段なら付き合いのない上忍相手になんか言いもしない台詞を言ってしまったのは、きっと俺がそれなりの追い詰められていたせいだと思う。
 だが調子に乗りすぎたかと思った提案に、上忍はむしろ諸手を挙げて歓迎してくれた。
「良かった。俺はなんていうか…割と敬遠されることが多いんで、心配してたんです」
 上忍は顔を覆ったままにも拘らず、俺が美味いと言った味噌とんこつらーめんと野菜炒め、さらには餃子まで、片っ端から平らげた。よっぽど嬉しかったんだろう。その細い体のどこに入るんだってほど素晴らしい食いっぷりを見せた上忍がそんな事を言うから、俺はつい…ほっとけないなんて思ってしまったんだ。
間を空けずに俺を誘うようになった上忍も、その思い込みに拍車をかけた。
何せ一緒に飯を食うだけでニコニコ嬉しそうに笑うし、個室でなら隠された素顔もあっさり見せてくれる。
せんせいにだけないしょね?なんて言って。
そんな風にされて、少しずつ最初に感じていた壁も違和感も消えて行って、いつからかこの関係に慣れてしまった。
ただ、大分親しくなってからも変わらなかったことが一つだけ気にはなっていた。
…時折じっと俺を見つめてくることだけは、変わることがなかったのだ。
直接話せる状況なら向こうから寄って来るし、俺から近づくこともある。
それをくすぐったく感じる程度には打ち解けているとは言え、視線に混じる物はどこか俺を落ち着かなくさせた。
 何かを隠しているのか、言えないでいるだけなのか。水臭いと言おうか、それともそっとしておけばいいのか。もどかしい思いを抱えたまま、今日も俺はこの男と杯を交わしている。
この男に連れて行かれた店は飯も酒も美味い上に個室が多いせいか、どうにも酒を過ごしすぎるのが玉に瑕だ。
したたかに酔った頭でも、目の前の男が穏やかな声で語る話はおもしろくて、つい聞き入ってしまう。
離れがたくてついつい酒を頼み、いつまでも飲み続けてしまうのも良くないのだろう。
 ああ、今日も見ている。
 それに気付いたのは、多分視線をよこされてからそれなりに時間がたっていたと思う。
なにせ今更それをおかしいと思わない程度には、この男の行動に慣れ切っていた。
じっと視線を合わせたままするにしては、寒さで縮こまった忍犬がコタツに詰まっていて笑っただとかそんな軽い話ばかりだったからだ。
俺まで思わず視線を合わせたままそれを聞いてしまったのは。
 そのまま杯を傾けていたら、不意に男が押し黙った。
「あれぇ…?どうしました?酒、まだありますよ?」
 不思議に思って訊ねたが、何故かそれに答えずに、男は酷く満足げな笑みを浮かべている。
「ねぇ、イルカ先生知ってますか?」
「はい?」
こういう話し方をするのは初めてかもしれない。任務で約束がフイになると、子どもみたいに拗ねることはあったが、こんな風に…回りくどい言い方は聞いたことがなかった。
 視線をあわせたまま、男が囁く。
「七秒、視線を合わせて会話できる相手とは心理的にセックス可能なんだって」
今ね、七秒以上俺から目をそらさなかった。
 意味を理解する前に、唇をふさがれていた。
「ん、んんっ!ぁ…にをいきなり…!」
 呼吸さえも奪い取ろうとするほどの激しさで、男は俺を貪った。
一気に酔いが回った気がする。
 強引だった行為に、確かに自分は欲情を覚えている。…それもいとも簡単に。
「いきなりじゃないよ。ずーっと見てたでしょ?」
「あ…」
 あれは、そうか。あんな頃から。
「…好きです。俺のものになって」
 そらせない視線が俺を射抜く。
 逃がさないとばかりに掴まれた腕よりも、ずっとずっと強く。
「なんだよそれ…!」
 たった7秒。
それにそんな意味があることなど知らなかった。
 だが、確かに俺は…獲物のように俺を捕らえたこの男と、今から寝ることを受け入れてしまっている。
「だって、欲しくてたまらなくて。見てるだけじゃもう無理だから…んっ…!」
 奪い返した唇は驚くほどに甘く、俺の欲を煽り立てる。
 もう、手遅れだ。
「黙れ。…いいからもう…!」
 せめて俺から。
挑むように引き寄せた体は、すでにその昂ぶりを抑えきれない所まできているのが分かる。
俺が最後まで言い終わる前に、絡みつく腕は俺から服ごと理性も引き剥がしていった。
 …俺から、全てを奪い取るために。


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