熱病


悩みすぎて熱を出すなんて我ながら情けない。
ぼんやりと霞む頭は自責の念さえ薄れさせるから、これも防衛本能ってことなんだろうか。
…告白は突然だった。
帰り道、ふいに声を掛けてきた顔見知りの上忍が、何を思ったかごく自然に俺の手を握った。
「カカシ先生?」
 あまりにも当たり前のように振舞うから、振り払おうとも思えなくて、ただ怪訝な表情は隠せていなかったと思う。
「イルカ先生。好きです」
 さらりと告げられた思いに、最初は驚くことも出来なくて、理解が追いついた途端に頭の天辺まで血が上って倒れそうになった。
「あ、の…?え…?」
まさか、でも…そんな意味じゃないだろう。
そう思って、だがそう問うにはあの人の瞳は真剣すぎて、恐ろしいほどに俺だけを見つめていた。
「…そういう顔させちゃうだろうなぁって、思ってたんです。…でも、どうせ我慢できなくなるのが分かってたので」
 唇に触れる指先が冷たいのは、吐息を白く濁らせるほどに凍てついた冬の空気のせいだ。
 震えているなんて、この人が緊張してるなんて…きっと俺の勘違いだ。
「あ…」
 すぅっと確かめるように指が動いて、それだけで背筋がぞくぞくした。その繊細な動きとは裏腹に、己の口布は無造作すぎるほどに乱暴に引き下げて、それから。
 掠れた吐息ににこりと笑うと、あの人はその指を見せ付けるように舐め撮って見せたのだ。
 眩暈がする。これは…本当に俺の目の前で起こっていることなんだろうか?
 月光に照らされて浮き上がるように光って見える上忍は、どこまでも幻想的ですらあって、自分にした行為もあいまって、現実のモノとはとても思えなかった。
「今日は、これで我慢します。…返事は急がないと言えるほど余裕がないので。そうだな。帰ってきたら聞かせてください」
 …呆けている間に姿を消した上忍が3日後に帰ると知ったのは、憂鬱な気分で受付に出勤したときのことだった。
*****
 …今日が、その3日目だ。
高ランク任務ばかり引き受ける上忍が、任務期間どおりに戻れると決まったわけでもないのに、熱は出るし頭も痛む。
 あれから、一人になるたびにあの時のことを思い出してしまうから、仕事に集中するようになって、疲れ果てて帰っても眠れなくて、結果的に寝不足から来る体調不良に、恐らく風邪まで引き込んでしまったらしい。
…不安なのだ。どう答えたらいいのか分からない。
 あの人は一体何を考えているんだろう?今までは普通に…それこそ受付で離すこと位しかなかったというのに。
「ただいま。…ああ、その顔。ちゃんと考えてくれたんですね?」
 どこか浮かれた口調で、歌うように。…聞き覚えのある声が降って来た。
「窓、閉めてください。ここは安普請なんです」
「…そうね?」
 それが男を俺の家に招きいれて、己の退路をも断つ行為だとわかっていて言った。
 どうせ逃げることなど出来ないのだ。
「アナタは、なんでこんなことを…」
「んー?だってずーっとお友達は無理です。あの日、目があったから丁度いいかなーって」
「…なんですかそりゃ…」
 碌でもない理由過ぎる。俺が死ぬほど悩んだのが馬鹿らしくなるじゃないか。
「…アナタが欲しいってこと」
「…っ!」
 顔が近すぎる。この人の吐息が混じって、俺の肺の中を毒のように巡って…だから胸がこんなにも苦しいんじゃないだろうか。
「我慢できなくなる前に、好きって言っておきたいじゃない?」
「…ならこんなのはナシでしょう!俺は…!」
「だって、イルカ先生がそんな顔するんだもん」
「は?」
「アナタが欲しいのにそんな顔で笑わないで。俺を見てそんなに苦しそうな顔されたら…どうにかしてあげたくなっちゃうじゃない」
 苦しい。確かにずっと苦しかった。
 一目ぼれなんてありえないと思っていたのに、あっさりと俺の心は持っていかれてしまった。それも男相手に。
 あの時、この人を目にしたのは一瞬だけだ。
 戦いの最中、一瞬だけ目があって、その一瞬で俺の全てが飲み込まれてしまった。
 返り血さえ浴びずに敵を屠り、見方を庇い屍の山を成した男が、俺を見て笑った。
 血の匂いでむせ返り、流された血でぬかるんだ地に這う俺にこの人は…それはそれは美しい笑顔をよこしたのだ。
 溢れかえるほどの血を流しながら、恐ろしいほどに穏やかで優しい笑みを。
 俺の方がきっとどうかしているに違いない。
「ああ、その顔…」
 陶然とした顔で、男が呟く。うっとりと目を細める男の方が、ずっと整った顔をしているのに。
「嫌だ…!見ないでくれ…!」
 目を閉じて、この人の姿を視界から消しても、声が追いかけてくる。
 俺を追いつめるために。
「熱、あるの?…じゃ、やさしくしなくちゃね…?」
 冷たい指が俺の肌を暴く。絶対者の笑みを掲げた支配者の傲慢さで。
「…い、や…だ…!」
「そう?…好き。…そういう素直じゃない所もね…?」
 そうして、望んでいて望んでいなかった口づけが与えられて、めまいのすべてを熱のせいにして、抱き寄せる腕を受け入れた。
 抱き返すその腕だけで、愛おしいと告げて。


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