指先だけの(適当)



「今日、いいですか」
玄関先に立っている男に笑顔でそういわれたら、断れるはずがない。
男は上忍で、俺は中忍。
それからこの男はこの行為以外は誰よりも優れた忍なのだから。
「…どうぞ」
快くとは行かない己の未熟さを扱いかねながら、いつものように上がるように促した。
薄くへたった座布団でも、この男が文句を言ったことはない。
というか他にも濃すぎる茶を出したときも、家に上げたはいいもののちゃぶ台の上が書類まみれで禄に茶も置けない状態だったときも、少しも気にした様子はなかった。
この男が唯一気にするもの、それは。
「指、切っちゃったの?」
「…ッ!は、い」
悲しげな声音とは裏腹に、瞳には飢えにも似た光が宿っている。
腹を括るしかない。逃げることは出来ないし、ここへあげたのは自分だ。
「きれいな、赤」
怪我自体は大したことじゃない。
たまたま見かけた子供同士が、クナイを使ってふざけるなんてとんでもない真似をしでかしてくれたのを止めて、そのせいですぱっと指先を切っただけだ。
こんな怪我は日常茶飯事だし、ちぎれたわけでもない。
担任の同僚には土下座する勢いで謝られたが、二人とも酷く反省していたので、次はもうないだろう。
武器を持てば、子どものじゃれあい程度でも運が悪ければ死ぬことだってあるんだ。
仲間を守るためのモノで仲間を傷つけ、もしかしたら死んでいたかもしれない。
そうすれば、傷つけた方も傷つけられた方も、二度と元へは戻れなくなる。
間に合ってよかったと思いながらたっぷり説教して、それから顔を青くしたままの同僚に引きずられるようにして医務室に連れて行かれて、手当てしてもらった。
元医療班を心がけていただけあって、治療はもちろん手早く正確だった。
それでも指先の包帯をはずせば、まだ血があふれ出る程度には深いし、痛む。
流れ出す赤が、ジワリと広がってもう少しで床に落ちる。
だが、きっとその前に。
くすりと笑う声が耳をかすめて、これから起こることを見たくなくてぎゅっと瞳を閉じたことを後悔した。
「…っ!」
「おいし」
傷口をなぞるように、ぬるりとしたものが這う。
痛みもある。だが同時にじわじわとした熱が広がって、パックリと口をあけていたそこが閉じていくのを感じた。
「あ…」
「でも、だめ。イルカせんせの傷とかクナイだこのある手は好きだけど、こんなにざっくり切るなんてだめじゃない」
チャクラを送り込んで傷口を塞いでくれたらしい。
相性がいいとそういえばこの間聞いたことを思い出した。…その時の己の状態も思い出してついでに頭にまで血が上りかけたが。
医療忍でもないのに、傷を塞ぐなんてさすが業師というべきか。応急的なものなんだろうが、俺なんてチャクラを送り込むのが精々だ。
「ありがとう、ございます」
「いーえ。だって俺のモノですから」
了承した覚えはないと言いたい所だが、今やそれは既成事実となりつつある。
上忍が欲しいと望めば、大抵の物は手に入る。
そんなものは単なる噂に過ぎないと思っていたのに。
…ある日やってきて指をぺろりとなめた男は、そのまま人を押し倒して全部きれいに食っていったのだ。
やたらと指に執着するから術でも警戒しているのかと思ったが、しきりにきれいだのこの手が一番好きだの頭が煮とけた様な戯言を興奮したまま口にするのを聞いて、どうやら単にこの男が気に入っただけらしい。
それからそれなりに鍛えてある体がぴくりともうごけなくなるほど攻め立てられ、上忍と中忍の差に落ち込む暇さえ与えられずに一方的に宣言された。
「イルカせんせ。全部俺の」
勝ち誇るというよりは、欲しかったものを手に入れた子どもの顔だ。
抗おうにも疲れすぎていた俺にできることなど一つもない。
…そうして全てがその通りになった。
どう干渉したのか任務は減らされ、アカデミーにでることはできたがこの男かそうでなければこの男の犬がいつでも俺を監視するようになった。
里長に訴え出ても、因果を含められるだけならと思うと、絶望を先送りにしたくて未だになにもできないままだ。
「ふふ。いいなぁ。やっぱりこの手」
「…あなたの方がずっときれいな手、してんでしょうが」
白いし長いし、それから凄まじく正確にすばやく印を組むのを知っている。
女性的ではないが、忍らしいってだけじゃなく、鑑賞に耐える手だ。
…それなりにごつごつしていて傷だらけの俺の手と違って。
「えー?ああでも気に入ってくれたなら嬉しいかな。触ってもなめてもいいですよ?」
「いりません!」
誰がアンタの真似なんてというのは、寸での所で思い止まった。
下手なことを言えばこの男を刺激しかねない。
…それに噛んだりなんかできるものか。忍の一番の武器なのに。
なめられるのだってごめんだ。本当なら。
術を使う忍にとって、そこは急所に等しい。
それをどこまで分かってるんだろうか。この男は。
「ふぅん?残念。…じゃ、こっちでしゃぶってもらおうか」
服越しとはいえ尻の、それも危うい辺りを撫でられると腰が震える。
それが恐怖だけじゃなくなったのはいつだったか。
望まぬ快楽を、この体はすっかり覚えこんでしまった。
容易くこの男の思い通りにされる気はなくても、溶ける様に腰の奥が疼く。
「や、め…!」
「やめない。…ね、一杯気持ちよくなって?」
悪魔のような男が指をなめる。もう傷などうっすらとしか残っていないのに。
「あ…」
「傷、早くなくなればいいのに」
少しだけ不満そうに男が呟いて、後はもう乱暴に服を剥がれるのに抵抗すらしなかった。
もういっそ指だけのイキモノになれたらいいのに。
俺の指だけに恋しているらしい男に、適わぬ片恋をしているなんて。…なんて滑稽な話だ。
「ふ、うぅ…!」
「もっと、ね?」
手を握ったまま穿ち続ける男に、せめて爪を立ててやれたらいいのに。
執着の対象をこの男が手放すわけがないのに、そんな風に埒のないことを思った。



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てきとう。
指だけになれたらなんて情事の後にうっかり寝ぼけて言っちゃったイルカせんせに、指好きだけどそれはイルカ先生の指だからですよ?なんてなんでそんな当たり前のことを言うんだろうって顔で不思議そうに言われておろおろしたりしなかったり。
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