夜逃げ犬の事情

ふらふらとよろめきながら歩いていく中忍に、思わずついて行ってしまったのは…きっとその男が余りにも楽しそうだったからだ。
「あー?なんだぁ?子犬?」
とっさに変化した姿に、男が顔をほころばせた。これはきっと気付いていないだろう。
思惑通り、半分閉じられた瞳と一般人でも顔をしかめそうなほどの酒気を漂わせたまま、男が俺を撫でてくれた。
相手は酔っ払いだ。わしわしと力加減など考えずに毛が絡まってぐしゃぐしゃになるまで撫でられた。
それなのに、どうしてか妙に心地イイ。
そうだ。ちょっとだけでいい。だから…その温かくて大きな手で撫でてほしかったんだ。
あの忌み子を躊躇いなく撫でていた、その手で。
気付きたくもないコトに気付いてしまった。ちょっと…そう、ホンの少しだけぬくもりが恋しかっただけなのに。
「んー。どっこの犬だぁ?きれーな毛だなぁ!そっか迷子か?ようし!俺んちに来い!狭いけどちょっとだけ寒くはないし!そんで起きたらお前の家探してやるからなー!」
ちょっとだけでイイと思っていたのに、男はベストのジップを勢い良く下げると、俺を捕まえて懐に仕舞ってしまった。
回らないろれつに鼻歌まで混じって、男は酷く上機嫌だ。
「犬!お前小さいなぁ!帰ったら…えーっと?牛乳あったかなぁ?肉はあるぞ肉は!ちょっとだけどな!」
温かい。…どうしよう?こんなに温かいなんて。…もう今更手放せない。
でも…これは、チャンスなのかもしれない。
最初に俺を捕まえたのは、この男なのだから。
そ知らぬ顔で懐に収まって、男が俺を家に連れ込むのを待った。
扉にぶつかったり塀にぶつかったりしながら男が家に帰りつくと、言葉どおり冷蔵庫を漁ってくれた。
懐から出さないのは、男が先ほど四苦八苦しながら火をつけた壊れかけのストーブがまだ部屋を温め切れていないからだろう。
大切にされている。そのことが嬉しくて小さく鼻を鳴らした。
「クゥン」
思ったより甘えているように聞こえたそれに、男がまた嬉しそうに笑うのだ。
「おー?そっか。大丈夫だぞ!飯っぽいモノは明日になりそうだけど、牛乳は今から温めてやる!」
酔っ払っている男が深く考えて言ったわけじゃない事は勿論気付いていたし、火を使わせるのは危険だとも一瞬思ったが、差し出される愛情は甘くて、懐を覗き込んだ男の鼻を舐めてソレに答えた。
「ははっ!何だお前?かわいいなぁ!…まあ、あれだ!明日まで宜しくな!」
それから…男が鍋に牛乳を入れようとして盛大に零したり、火にかけながら寝込みそうになったりするのにはらはらしたが、男の懐に収まったまま寝ることには成功した。
*****
良く眠っている。
俺が人に戻ったのにも気付かずに。
「明日まで。じゃ、イヤなんだよねぇ…」
だからと言って、無体を強いる気はない。温かい何かを貰っただけで満足するべきだと分かっている。
…でも。
「これくらいなら、いいよね?」
半開きのその唇を、そっと掠め取るぐらいなら。
「ん…?」
温かく湿ったそれに別の熱が湧き上がって腰が疼いたけれど、男はまだ眠っている。
「今度はさ、ずっと一緒にいてもらえるようにがんばるね」
離れられなくなる前にと、窓を開けてまだ暗い外に飛び出した。
…ほんの少しだけあけたままにしたのは、男がいもしない犬を探さないようにだったのか、それとも俺に気付いてほしかったのかは自分でも分からない。
「さむ…」
肌に残るあの男の温かい体温が恋しかった。
*****
上忍師なんてものになって、その部下があの時の子どもで、更には出会いがしらにあの男から「待てこら夜逃げ犬―!」なんて叫ばれるとは思わなかった。
…起きていた、らしい。流石に一応は中忍だ。
で、どうなったかっていうと。
あれ以来、流石に懐には仕舞ってくれなくなったが、代わりとばかりに抱きしめて抱きしめ返す権利をもぎ取ることには成功した。
「アンタが子犬みたいな顔するのが悪い!」
男は俺にそういうが、ソレを言うなら。
「アンタがさ、温かい手してるのが悪いと思うなぁ?」
…この議論は平行線で結論は出ていないが、一緒に包まる布団は今日も温かい。
つまりまあ、幸せってことだろうね?多分。

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適当。
微妙…?
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