男前な恋人(適当)


 ねこっかわいがりしていた秘蔵っこが、里の暗部の象徴みたいな男に持ってかれたんだ。憎まれていたわけでも疎まれていたわけでもないが、扱いかねていたのは良く分かっていた。
 英雄だった、そしてその後里への裏切りとも取れる失策を犯した挙句、自裁した男の息子だ。
 扱われ方は裏切り者の子にしては手ぬるいが、同じ里の仲間としてみてくれたのはごく一部だけで、その仲間たちも次から次へと不幸に見舞われる。俺自身が呪われているのだと口さがない連中が喚くのも、もっともかもしれない。
 それ、自分でも信じてたし。誰からも適当に距離を置いて、任務では仲間を守ることを優先して、そうして誰の迷惑にもならないように静かに一人で死んでいく日を待っていた。くだらないこと言ってると殴りますよって、しっかりグーで殴ってから言う恋人ができるまではね。
 あの人も両親を失ってはいるが、何かと目をかけていたらしい三代目のおかげで、生活に不自由はなかったんだそうだ。そんな状況でも驕らず捻くれず遠慮深く、あけっぴろげでまっすぐで忍としてありえないほどに全うに成長した。弱弱しく保護されたイキモノってわけでもなくて、いつかは恩を返すためにも里を守る忍になることを志した辺り、俺とは根本が違うんだろう。
 あの人がそばにあるだけで、どれだけ心の安寧を得られたことだろう。間違いは命を賭けてでも正そうとする姿は俺には眩し過ぎたが、里の闇を見つめ続けたあの老獪な里長にとっては、まさしくよりどころであったはずだ。庇護すべき幼子であると同時に、ってのがネックだよねぇ?
 かわいがっていた孫とも息子ともいえる存在が、どこに出しても恥ずかしいレベルの胡散臭い暗部上がりに食われましたって、それで恨まれない訳がない。しかも相手は里長だ。呼び出されたときからそれ相応の覚悟は決めていた。
 もちろん正面切って戦うことを決意して。
「カカシか。入れ」
 ノックする前にこれだもん。不機嫌さを隠そうともしない声と、部屋中に充満した煙は、かの人の苛立ちがどれほどのものかを表している。
 うーん。どうしようね。別れろって無理矢理どうこうされるくらいなら、いっそ浚って逃げたいくらいなんだけど、そうするとあの人が怒り狂うだろう。俺にもだけど、三代目に対しても。それはちょっとね。できれば避けたい。三代目はともかくとしてご意見番やそれ以外の上層部の人間は、人を人とも思わない連中が多い。利用される隙を作りたくはなかった。
「御前に」
 白々しい演技にも眉一つ動かさない。流石だねぇ?ま、この人は柔和な老爺のふりをしているだけで、その中身は割りと腹黒な狸爺だ。火影を名乗るだけある。
 こっちも上忍だ。ガキの頃からクナイを握って生きてきた。二枚舌なんてお手の物なんだけど、年の功と権力って武器は中々手ごわい。
「…主は、イルカと懇意にしておったかのう?」
 全部知ってるくせにこういう聞き方してきちゃうのも、この人らしい。正直に言わなかったら言わなかったで暴れるだろうし、正直に言っても逆上しそうだ。ま、隠すつもりはないからいいんだけど。
「ええ。伴侶にと望んでいるくらいには」
 口にした瞬間、息が止まりそうなほど鋭い殺気を向けられた。あーもー。爺馬鹿っていうか、公私混同じゃないの?これ?
 気持ちが分かりすぎるくらい分かるのが辛いところか。
「即刻別れよ。あやつにはふさわしい女子がおる。主にもな」
「無理ですね。そんなことするくらいなら死にますし」
 俺の口から死という単語が出たら、急に殺気が揺らいだ。死にたがりだけど、絶対に言わないようにしてたからね。だって父さんのことを思い出したくなかったから。
 この人がそれを気にしていたことを知った上で言った。揺さぶりたかったってのもあるけど、ただ単に事実だからってのが一番大きい。
 比喩でなく、世界中を探したって俺が惚れるのも、俺をいろんな付属物なしで純粋にあけっぴろげかつ大雑把に愛してくれるのもあの人だけだ。そんな人を失って、俺が生きていけるとは思えない。
「…あやつは…忍としては稀有なほどに心根がまともじゃろう?闇を見たものは皆あの子の放つ光に目を奪われる。それに目がくらんでおるのではないか?」
 気遣いとも取れるその台詞は、かつての俺の言葉そのものだ。そりゃそう思うでしょ。俺だって思ってたよ。でも、それを全部ひっくり返してくれたのは、あの人だ。
「いいえ。まぶしすぎて俺にはもったいないって言ったらぶん殴られました。好きっていってくれたのも、押し倒してきたのもあっちですし。あ、でも食ったのは俺ですけど」
 手が早いのは自覚してたけど、こんなことされちゃうとか思わないじゃない?身に着けた閨房術なんてまるで役に立たなくて、吹っ飛んだ頭でめちゃくちゃにしちゃったのに、参ったかこのやろうとか笑ってくれるんだもん。もうね。それだけで催してきちゃって大変だった。あそこまで自分の魅力をさっぱり分かってないってのがすごい。無自覚な人たらしで、外の任務でもわかるやつにはわかるからどんどんひっかけてきちゃうし、下手すると他里の人間にもうちの里に来いとかナンパされちゃうし、敵は多い。
 ま、目下のところ一番の強敵は、今表情すら無くして俺を追い払おうと必死な里長なんだけど。
「貴様…!イルカを手にかけおったのか…!」
「はい」
「遊びの相手にできるような男ではないのはわかりきっておっただろう!」
「遊びじゃないです。俺はもう、あの人以外には触れたくない」
 たとえ任務であっても、もう役に立たない自信がある。豪快なお誘いに尻尾振って乗っかることもあるし、こっちからもガンガン押し倒してるし、下半身の機能は健全だ。だが他の相手を見ても一切反応しない。もう多分二度と、他の人間に触れようとは思えないだろう。もしかすると吐くかもしれない。それくらいあの人色に染まっちゃったからね。
「…どうしてくれような…?イッカクが、あやつの父が健在であれば、瞬く間に叩き切られておるだろうに」
 そうだろうなーと思う。イルカ先生の両親の写真を見る限り、父親は結構な強面で、しかも頑固で意地っ張りな上忍だったらしいから、俺なんかまさに一刀両断されてたかもしれない。でも、それでも、俺は諦めなかっただろう。
 こんな風に強い感情に支配されるのは初めてで、自分でも戸惑うことばかりだ。でもそれを、あんた考えすぎなんですよって笑い飛ばしてくれる人がそばにいてくれる。
 無理だよもう。俺は知ってしまったから。
「殺しますか。俺を」
「それができればやっておるわ!…お前が一時の戯れであればな…」
 甘い、ね。そんなんじゃ俺を引き剥がすことなんてできないのに。
 さてと、どうしようか?素直に許してくれるわけがないのはわかってたけど、このまま任務漬けか、最悪記憶操作か。といっても、俺にはこの左目があるから、幻術はほとんど効かない。毒だって景気良く使われてきたおかげで耐性付きすぎて普通の薬すら効かない。その上、里の稼ぎ頭でもある。たかが色恋沙汰くらいのことで、里の看板を失うつもりはないだろう。殺すにはデメリットが大きすぎるのに、放っておけば確実にかわいい孫にも等しいあの人を食らい続ける。
 里長でもある三代目にとって、これほど厄介な相手はいないだろう。
「俺じゃ、駄目ですか?」
「何を今更。あやつとでは子も成せぬじゃろうが。はたけの血を絶やす気か?」
「ええ。必要なら細胞持ってくのはどうぞご自由に?っていうかもう何度か提出してますよね?」
「なんだとう!なにしてくれてんですか!俺のなのに!」
 俺と三代目の視線が一点に集中している。そこに立っているのは扉を蹴破るように転がり込んできたまさに降って湧いた闖入者だ。
 別名最終兵器。もとい、俺の恋人。
「イルカせんせい」
 きちゃったんだ。三代目のことだから多分さりげなく遠ざける言葉を並べておいたはずなのに。
「カカシさん!あんた今朝美味い酒手に入ったって喜んでたのに遅いから…!三代目!なんですかこれ!人を使いに出しといて…!これ任務じゃないでしょう!」
「イルカよ。お主もじゃ。うみのの血を絶やすような…」
「は?え?血?いえ血継限界とかないですよ?俺。家訓は何があっても全力で幸せになることですし、それはナルトにも教えましたよ?」
 あーあ。さっぱりしてるっていうか、本気で疑問に思ってる顔するもんだから、三代目が今にもその場に崩れ落ちそうだ。
「…イルカ先生らしいですよね」
「そうじゃな…」
 敵なんだけど、こればかりは同情する。この人はやっぱり最高だ。
「子ども欲しいんですか?そういやそんな術あったなぁ。探してみます?爺ちゃんのエッチな本棚にまだ隠してあると思いますよ?」
「ななななにを!待てい!なぜ知っておるのじゃ!それは最近になって見つけたばかりで…!」
「…そこの一番上の引き出しに入ってるのは、昨日発売のば、縛乳ウサ耳娘ですね?」
「ぐぅっなぜそんなことまで…!?」
 エロ本のタイトル言うだけなのに照れちゃって。ま、だからこそ卑猥なんだよねーっていうか、三代目もうろたえ過ぎでしょ。エロ本くらい堂々と買えばいいのに。
「猿魔を俺に変化させてお使いに行かせるのやめてください。エビス先生が俺のとこにきて、イルカ先生も中々イイ趣味してますなとか言われて大変だったんですよ?」
「うぅ…!そ、それはの。ちょうど会談の時間があって自分で買いに行く時間が中々…!つ、次はアスマにするからの?」
 うわぁって思う事実の羅列に頭痛がしそうだけど、なんていうか、木の葉の里の一番知っちゃいけない部分を知っちゃった気がする。
 なにやってんの三代目…。俺がたまにお使い頼まれてたけど、最近そういえばこうなっちゃったから頼めなかった?どうせなら俺に変化させればいいのに!イルカ先生じゃ鼻血吹かない時点で怪しまれそうなんだけど。
「駄目です。紅先生が里を崩壊させかねませんよ?それ以外にも…俺の知ってる秘密、全部木の葉丸に暴露してもいいんですよ?」
「うう…!」
 あの元気な子か。諦めが悪いのとナルトに変な術教わって磨きかけてるんだよね。確か。あーあ。あのいたずら小僧に変な情報与えたら、それこそ昼夜問わず襲撃してきそうだ。
 勝負あった、かな。これ、俺もやられたら死ねると思う。色々全部知られてる相手に説教されるとか、何の拷問だ。ま、俺がこの人に隠してることなんてほとんどないけどね?
「そういうわけで、俺のカカシさんにちょっかいかけたらたとえ三代目でも容赦しませんから。さあ帰りますよ!カカシさん!」
 にっこり微笑んで俺の手を引くイルカ先生は、どこまでも輝いて見えた。


 夕闇の忍び寄る道を二人で手を繋いで歩く。長く伸びる影も少しずつ沈む闇に混じって境目がわからなくなりつつあった。随分遅くまで待たせてしまったみたいだ。
「イルカ先生、ごめんね?」
「謝らなくていいことに謝るんじゃありません!…ま、まあ約束に遅刻したことに関する謝罪は受け付けます。それよりほら、しっかり飯食ってくださいよ」
「うん」
「ああそれから…夜中に忍びこんでぎゃふんと言わせてやろうと思うので、場合によっては協力お願いしますね?」
「え。あ、はい」
「久々なんでたのしみだなあ!首を洗って待ってろよ…!じいちゃん…!」
 そういえば、この人意外性ナンバーワン忍者の最初の師だったか。いたずら小僧の顔で笑う恋人は、もしかして里で一番敵に回しちゃいけない相手なんじゃないだろうか。
「…良かった」
「?どうしました?」
「ううん。なんでもないですよー?ただほら、一緒にいられて良かったなって」
「はは!なにいってんですか!カカシさんは俺が守りますからどーんと構えててくださいよ!」
 うーん。本気だよね。これ。本当に何とかしてくれそうで怖い。いろんな意味で心配すぎる。でも、そこも好き。
「酒のつまみはなにがいいかなー?」
 鼻歌交じりに歩く恋人に何度目か分からない惚れ直しをして、繋いでくれた手をぎゅっと握りなおしておいた。


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適当。
深夜の火影邸で繰り広げられる中忍の本気祭に戦慄する三代目と上忍がいたとかいないとか。
でも三代目を襲撃しに来た木の葉丸による、お色気の術の余波で鼻血拭いて轟沈したりとか。

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