家につくのが(適当)


「んふふ」
 寝室のベッドの上で18禁小説を読みながら笑う上忍は、外見こそいいもののその行動だけ見ると変態そのものだと思う。
 自宅なら好きにすればいいさ。だがここは知り合いというかむしろ顔見知り程度でしかない中忍の、それも初めて訪れたはずの部屋なんだがな?
眉間が引きつり、おそらくは血管も浮かび上がっているだろうが、追い出せるような相手じゃない。
階級とか実力差とかな。大人の事情ってヤツはそう簡単に無視できるもんじゃない。それにうっかり了承してしまってもいる。
ちょっとあげてくれませんかなんていうから、てっきりうちの…いや、元うちの生徒だった子どもたちがなにかやらかしたか、それともなにかあったかだと思うじゃないか。
それが茶を出しても喜んで飲み干しはしたが、それ以降何を話すでもなくのんびりとくつろいで、持参してきたせんべいを俺に進めて自分もそれを口にしてみせる。
挙句干しっぱなしだった洗濯物を取り込ませてもらう了承を恐る恐る取って、舞い込んだ突拍子もない事態に乱れっぱなしの心を落ち着かせるためにもゆっくりと全部畳んで戻ってきてみれば、人の家のベッドの上で我が物顔でエロ本読んでいやがった。
何なんだこいつ。何様なんだ。
どうしたらいいんだろう。三代目のお手をこんなことで煩わせるのもなんだしな。
そういう間にもあれほど熱中していた愛読書をいつの間にかどこかへしまいこんだ上忍が、大きな伸びをして布団の上で眠りに落ちようとしている。
おいおい。ここはあんたの家じゃないぞ!
「…あの、失礼ながらご用件は?」
 さすがに我慢しきれなくなった。というか、ほうっておいてもこの人は何もいうことなくこの家に居座り続けそうな気配を感じて震え上がった末に決断したともいう。
 案の定上忍は少しばかり不満げな顔をして、眠りに落ちようとしている。無視する気かこの野郎。
「カカシ先生。寝ないでください。ここは俺の家で、あんたの家じゃないだろう!」
 ちょっとばかり口が悪かったのは認める。でもだからって上忍に飛び掛られるってのはどういうことなんだ畜生。
 気配はまるでなかった。そういえばくつろいでみえるときだって、ずいぶんと図体がでかいイキモノのはずが、まるでいないみたいに存在感が薄かった。
 それがいきなり飛び掛ってきてベッドに押し付けられたんだ。驚こうか驚くまいかって、そりゃもう悲鳴も上げられないくらい驚いた。
挙句、噛みつかれた日には、俺の一生これで終わったと思った。
「ね、ちょうだい?」
 食い込んだ糸切り歯は確かな痛みをよこしたが、頚動脈を切り裂いてはいない。そしてそれが一瞬で離れた代わりに、舌なめずりする剣呑な目つきの男の顔がすぐそばで笑っている。
「な、なにをだ!うちには金なんかないぞ!」
 あるのはカップラーメンと、食べ損なって干からびたほうれん草くらいのもんだ。荷物を置いたら酒の肴でも見繕いにいくつもりだったから、本当に悲しくなるほどなにもない。たずねてくる人もほとんどいないから、もしここで死んでもしばらくは見つけてもらえないだろう。その間にこの上忍が完璧な隠蔽工作を行えば、存在すらなかったことにされるかもしれない。
 むなしさとわびしさとに胸が押しつぶされそうになっているというのに、物理的に上に乗った上忍も軽そうな見た目に反してしっかりと鍛え上げられた筋肉の重みで十分に重い。
 それが腕をがっしりとつかんだまま乗っかってるんだから、動けるはずもなかった。
「うん。あなたがほしいんだけどね?どう?」
「は?どうって、何がだ!?」
 どうって、どういうことなんだ?ほしいっていわれてもやらねぇよ!まだ死にたくなんてないんだ。この上忍に預けた教え子たちが心配すぎて死んでも死に切れない。この家が気に入ったのなら喜んで出て行く。だが子どもたちにちょっかいをかけるようなら命をかけてでも阻止するに決まってる。
 いっそ玉砕覚悟で仕込みの札でも使ってみるか。あの子を預かるようになったときから肌身離さず持ち歩いている改良型起爆札は、一転集中型だがその破壊力だけは折り紙つきだ。この家と、それから使ったヤツごと吹っ飛ぶ可能性が高いってところは問題だとしても、ここが爆心地なら三代目が裏を探ってくれるはず。ああでもできればもうちょっと生きていたかったな。せっかくあの子が忍としての道を歩み始めたばかりなのに、こんなわけのわからない理由で消されるとは思ってもみなかった。
「うーん?手ごわいね。鈍いって言われない?」
「だからどうした!おいこらいい加減にしやがれ!ナルトたちにちょっかいかけやがったら承知しねぇぞ!」
 半ばハッタリだがこっちのやる気は伝わったらしい。…拘束が強くなったという形でそれを実感して頭を抱えたくなったのにそれもかなわない。俺は馬鹿なのか。自分で自分の首を絞めてどうするんだ。札は髪紐に仕込んであるのに、これじゃ取ることもできない。
「ヤらせてって、言ったら理解できる?」
 焦りの境地にあっても、耳元でささやかれてその言葉を聞き取ることはできた。聞きたくはなかったが。
「…正気ですか?」
 そっちの意味かよ!って、ホモだったのかこの人。あんなエロ本常に読み歩いてるくせに…。ああそうか。どっちもいけるって可能性もあるか。いやいやいや。どっちにしろない。無理だ。上忍の体力と中忍の体力は悲しいかな恐ろしい差がある。この人の報告書を確認したことがあるからわかるんだ。上忍を狙えるといわれたことのある、体力と命ぎたなさでは定評のある俺でも、足元にも及ばないだろう。ストレス発散になにも同性を選ばなくてもアンタ好きなだけ寄ってくる女食えるだろうが。
 この手の上忍はたまにいる。この人も女より同性の屈辱に耐える顔の方がイイとか、甚振り甲斐があるとかいう変態だ。まさか天下の写輪眼がそのご同類だとは思いたくはないが、状況的にその可能性は高いだろう。
 やっぱり使っとくか。少なくとも辱めを受ける前に消えることはできる。ケツくらいなんだと思わなくもないが、なぶられた後に消されるくらいなら、こいつの危険性を伝えて少しでも子どもたちの安全を担保したいじゃないか。
「あのね。それはやめときなさい。発動前に止められる自信あるよ。それになにも命までとる気ないし、いいことしましょうってだけなんだけど?」
「…他所をあたってください…!」
 読まれてたか。じゃあどうすればいい?そもそも家に上げなければよかったという後悔をいまさらながらしてみても、現状でいえばそれは無駄でしかない。状況的に詰んでる。
 せめてもの救いは命まではとらないと確約してくれたところか。少なくとも死ぬことはないだろう。…死ぬほどの苦痛を味わうことがあったとしても。
「なんでよ。折角暗部抜けてきたのに」
「いや、暗部でもなんでも駄目なもんは駄目でしょうが」
 前後のつながりがさっぱり理解できん。とにかく不満げな上忍に押し倒されているという状況が、俺の精神をぞりぞり削って、そろそろ意識を手放したくなってきた。その場合、意識が戻ったときまで命がない可能性は低いが、俺の貞操的なアレとはお別れする羽目になるだろう。死ぬよりゃましだがだからって喜ばしいわけでもない。
「…アンタ、なにがしたいんですか?」
 心の奥底からの真剣な問いかけに、上忍は良くぞ聞いてくれたとばかりににんまりと微笑んで…。
「そりゃ、アンタの恋人になりにきたんですよ?」
 当たり前でしょって台詞の後に、既成事実からでいいよねって、わけがわからん。それはもう泣いてわめいて拒んだんだが…中忍の抵抗は上忍には無力だったという事実だけを身をもって体験してしまった。


「…で、どう?」
「…あ?」
 ケツが痛い。なんかこう擦り切れておかしくなっちまったんじゃないだろうか。あんなものを突っ込まれてあんなにも擦られたらおかしくもなるだろう。それに腰も痛い。太ももがぬめったまま半分乾いてぱりぱりと張り付くモノのおかげで気持ち悪い。
 青臭い臭いが染み付いた湿ったシーツも、張り付いたままの男もわずらわしくてならなかった。
「や、だから、どう?イイ?良かった?さすがに男相手は自信なくてね?」
「はぁ?」
 自信ないならやめとけよ。あと感想を求める男は女性に嫌われるぞ?いや、男だろうが鬱陶しがられるし、状況的に紛れもなく同意なしの相手に聞いてどうするんだ。
 文句を言おうにものどが痛い。何で痛いかとか、考えたくもないし、苦味がまだ口の中に残っているように感じて涙がでそうだ。切り裂かれた服と、どろどろになったパンツ、それから逃げ損ねたときに飛び散った白い液体が床に点在していてまさに惨状といった風情の部屋も、それを助長した。
 死ななかったんだ。後は泣いて喚いて酒でも飲んで忘れよう。それからここは気に入ってたけど引っ越そう。いやな思い出からはさっさとおさらばすべきだ。その前に大きな問題が背中に張り付いたまま背中に口付けを落としまくっていることからは、できれば意識から追い出したい。そしてそのまま寝てしまいたい。
「駄目?ならこれからがんばるから。ね?いいでしょ?」
「なにがだ」
 地を這うような声は掠れきっていて、迫力はまるでなかったが、上忍にはうれしいものだったようだ。やに下がった声がそれを否応なく教えてくれた。
「うん。一緒に住みましょうよ。それから温泉好きでしょ?式とかそういうのはよくわからないけど、三代目ならご存知だろうし」
「…なんで?」
「え?新婚旅行は行かない派?節約とか無理しなくても、家なら一括で買えるから、なんなら仕事やめたっていいし、むしろ閉じ込めたいんだけど?」
 不穏な内容満載の台詞に、これはへたばっていられないと気合を入れて上半身を起こした。幸い体力と根性だけは折り紙つきだ。上忍には敵わないとしても、少なくとも背中に大穴あけた直後にうろつける程度には頑丈なんだ。俺は。
「閉じ込めるとかありえねぇ!仕事もやめるわけないだろ!家は俺の実家があるんだよ!」
 温泉はまあ、いつかは行きたいがそれはこいつとは関係のない話だ。
 思いっきり啖呵を切って、気分よく相手を見下ろしたら、なぜか泣いていた。ええ?なんでこのタイミングで?いや泣くほど悲しいのかよ?中忍の必死な抵抗が。
 実のところ涙には弱い。特にこの上忍は恐ろしいイキモノだと知っているはずなのに、しおらしく涙なんか流されると肌の白さもあいまってか、非常に哀れっぽく見える。
 思わず肩に手を乗せたのが、致命的だったような気がする。
「うれしい…!」
「は?」
 重ねられた手には口づけが落とされて、そのままもう一度、いや何度か良くわからないくらい挑まれて、半死半生の間に色々と根回しが済んでいたと知ったのは、ぐったりしたまま三代目の前で結婚の報告とやらをやらされたときだった。

 で、どうなったかっていうとだ。
「イルカ先生って無欲だよねぇ?」
 にこにこ笑う上忍は無防備に素顔をさらしたまま茶なんて入れている。もちろん俺のためにだ。
「…そう、ですか?」
 何かをいうのも恐ろしい。下手なことを言おうものなら、何が起こるかわからないからだ。勝手な思い込みによる根回ししかり、今くつろいでいるのが俺の生家で、ここをぴかぴかに磨き上げたのも、でかいベッドを運び込んだのも、手彫りの表札を下げたのもこの男だ。
 なんて恐ろしいイキモノなんだ。徐々にそのけなげさに絆されそうになっているから余計にそう思う。
「何もいらないって、俺だけでいいなんて殺し文句、なかなか言えないでしょ?」
 いや、誰もそんなことは言ってないんだけどな?
 言ってないけど、恋に落ちた乙女の瞳(サクラ談)で俺を見る上忍は、なぜかしらどこかかわいらしく見えてしまうんだ。俺の目はどうしちまったんだろう。
 エプロンなんかどこからか調達してきて甲斐甲斐しく世話を焼いてきて、そういえばあの日ずたぼろになった俺の世話をずいぶんと丁寧に焼いてくれたな何てことも思い出してしまっていけない。まあずたぼろにしてくれたのもこいつなんだが。
「でも新婚旅行は行きましょうね?」
 せめてそれくらいはしないと寂しい。そう切なげに告げてきたのは夕べの、いや、ほとんど朝になりかけたベッドの中でだった。当人の主張によると、寂しいと夜が激しくなるらしい。好き放題に人を蹂躙しながら、俺のものだって実感させてときたもんだ。まったくばかげてる。
 寂しがるくらいなら、なんでこんなことしやがったんだ。くそ上忍。
「…温泉がいいです」
「…!今すぐ手配しますね!」
 喜び勇んでいっそ踊っているようにさえ見える足取りで飛び出していった上忍を見送った。
 こんな人生も悪くないと思い始めている自分に、奇妙な諦めと確かな喜びを感じながら。

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適当。
しっけつらい。カカイルの海に飛び込みまくりたいです。

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