トマト(適当)


家に帰ってすぐに風呂に湯を溜め始めて、その間に炊いておいた飯に一楽の親父さんにもらったチャーシューと刻みねぎ乗っけて腹ごしらえを済ませ、さあ風呂だと浴室に行ったら。
「なんだこれ!?」
浮いてた。浴槽一面に真っ赤なトマトが。
つやつやで美味そうなのに、風呂に浸かっちまったら中途半端に茹っちまってるだろう。もったいない。
…って、いやいやそうじゃないだろう。どうなってるんだこれは。
俺の家にトマトなんてものはない。もしあったとしても何でわざわざ風呂に浮かべる必要があるんだ。
一先ず落ち着こう。意味がわからなすぎて冷静さを欠いている。
素っ裸のまま深呼吸をして、一旦浴室への扉を閉めた。
ここが俺の家であることは間違いない。それからトマトは自発的に歩いてきて人んちの風呂に飛び込んだりしない。つまりこれは侵入者の痕跡に他ならない。
風呂に湯を入れたのは飯の用意をしている間で、帰ってきてからすぐ湯を入れ始めたときにはトマトの気配すらなかったのは間違いない。
犯行は短時間で行われたと判断していいだろう。
…中忍として最低レベルの注意を怠らずに生活している俺を出し抜ける相手なら、おそらく上忍。それも音も立てずにこれだけの量のトマトを運び込めるって、相当の手練だ。
それを実行できる実力があって、こういう訳の分からないことをするヤツなんていただろうか。
悪乗りで悪戯にしたって食いものがもったいないだろうが。
「とりあえずトマト撤去して…でもあれか。これ幻術か。むしろ夢?」
そっちの可能性を考えて見なかった。夢なら浮いてるトマトをかたっぱしからかじってもいいし、幻術なら解術を試みればいい。全部違いそうなら…火影様のところにご報告だな。
こんな下らないことで訴え出るのはどことなく屈辱を感じるが。
「あれ?トマト嫌い?」
「は?」
俺は今全裸で仕込みの武器はバスタオルの下だ。で、背後からのんきにもほどがある声をかけてきたのは多分上忍。そんなもんを取る時間はくれないだろう。相手の目的がわからんが、忍の基本は先手必勝だ。
「わっ!ちょっと!あ、でもいい眺め」
「人んちに上がりこんでおいていい度胸だな…!って、え!なにやってんですかカカシ先生!いい眺め?」
繰り出した体術をいなされても、屈辱すら感じない。この人ならそりゃそうだろうよ。日々あのガイ先生との組み手を涼しい顔でこなしてるんだから。
…で、それがなんで俺んちにいるんだ?
「あ。お風呂好きだってきいたんで。ほら、トマト」
「…すみません。もう一度最初から詳しく説明していただけますか…?」
風呂上りに体を拭くはずだったバスタオルでそっと股間を隠し、痛む頭を抱えてそう頼んだら、やらかした張本人が不思議そうな顔をした。
こっちの方が不思議すぎて倒れそうだっつーの!
「え?お風呂が好きだって聞いたので。色々入れるのが趣味だっていうから、トマトを」
「そうですか…なぜトマトを?」
「え?赤いよ?綺麗じゃない?」
「…そうですね。で、なんでそれを俺に断りもなく?」
「え?サプライズってこっそりやるもんじゃないの?」
「…そうですね。で、なんでサプライズなんてしようと思ったんですか?」
「告白はインパクトが大事よって言われたもので。オリジナリティも」
「…そ、そうですか?え?おいちょっとまて。色々待ちなさい。あんたはまずいろんなことが間違ってますが、告白?え?なんかやっちまったんですか?どこで?もしかしてナルトですか!?」
「あ。言ってなかったですね。好きです」
 その後上忍が滔々とまくし立てることには、風呂の前で右往左往してるのがかわいかったけど説明してあげなくちゃと思って出てきたとか、尻の形がどうとかかわいいとか、太もももいいですよねとか…要するに訳が分からん。よって適当に聞き流してトマトは回収した。
丁寧に洗って明日はトマトスープだ。カレーに入れても美味いし、ミートソースなんかにもできる。風呂にはいってる最中に放り込まれたら流石に食わなかったかもしれんが、本当に俺が入る直前に放り込んだらしいのでもったいなさに俺が負けた。
自宅でラーメン作れないかと思って、寸胴なべかいこんどいたのが幸いした。浴槽一面にあふれかえっていたトマトも、もう殆どがなべの中だ。
「うっし!ラス一!」
「お返事ください」
「あ、ふた取ってください」
「はーい」
「よいしょっと。ふぅ。後はもうちょっと煮て、味付けなんかは明日でいいよな。もう」
「好きです」
「あーはいはい。なにがですか」
そうだそうだ。この人なんかを告白しようとして、サービスのつもりでこんなことやっちまったんだもんな。風呂掃除はきっちりさせるつもりだが、その前にやっちゃいけないことをきちんと叩き込んでおかないと。
ふつふつと音を立てているトマトのなべを横目にみつつ、背後の上忍に向き合ったら…手を握られた。
「イルカ先生の裸でこうなっちゃうんですよね」
「…なんで勃ってるんですか?」
「え?タオル腰に巻いてるだけだから色々よく見えるんですよね」
「は?」
「サプライズは止めときます。次は直接皆の前でっていうのをやろうかと」
「は?まあサプライズは止めといて方がいいと思いますが、皆の前で?」
「じゃ、お返事はそのとき聞かせてください」
「え?おいまてこら!風呂掃除―!」
煙のように掻き消えた男にそう叫んでやったが、その日、不法侵入者は戻ってくることはなかった。
…ちなみに風呂はすでにぴっかぴかになっていた上、新たな湯が張られていたがどこと泣く不安だったのでその日は悲しいことにシャワーしか使えなかった。


で、翌日受付所で不可解な男の行動に悩みつつ座ってたら、告白からキスまでされて挙句にそのままひっさらわれるとか誰も想像しないじゃないか。
なんか服を脱がそうとするから風呂はいいからお前は座れといいつけたあと、たっぷり説教してやったんだが。
何で居ついちまったんだろうな。この人。諦めませんとか訳がわからん。
「イルカ先生は鈍すぎると思うんです」
「そうですか。よく言われます。はいおかわり。責任もって全部食べるの手伝いなさい」
「はーい。手料理…!」
まあ、ぶーぶー文句言いつつトマトスープの減りが早いのは助かるしなぁ。
このなべが空になったらきちんと話を聞いてやろう。
そんなことを思いながら今日も俺たちはようやっと半分くらいになったトマトスープを食うのだった。


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適当。
なべが空になる前に中忍の貞操が…。

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