生き残れ(適当)



「おきてる?」
「う…」
ぱりぱりと瞳を開けるだけで妙な音がするのは、返り血のせいだろうか。
刺し違えたと思ったが、どうやらまだ生きているらしい。
腹につきたてられた刃を覚えている。
その一瞬前に、俺のクナイが首を薙いだのも。
痛みすら今は遠い。要するに多分死に掛けているはずだ。それを起きてるって。
「あー待って待って。今飛んだら戻れないかもよ?もうちょっとがんばりなさいよ」
暢気な口調だがあせってはいるらしい。おそらくだが。
意識を手放せば、確かにもう駄目だろう。まあ手放さなくても少しも言うことを効かない体はもはや二度と動かなくなっても不思議はないのだが。
飛び散った赤の大半は敵のものだが、己の身を冷やす液体は自分の流したモノだろうから。
「第7小隊は、俺だけで、あれが、敵、の」
せめて生きているうちに伝えなくては。
生き残った…というには危うい状況だが、少なくともここ一帯の敵は掃討したはず。
討ち洩らしがあればこの人たちがとっくになんとかしているだろう。
暗部なんて始めて見た。いや、執務室でたまにみたことはあったが、戦場で一緒になることなんてないから、そういう意味では驚きだ。
それだけ難易度が高い任務だったということなんだろう。生き残ったのが俺だけって状況も納得だ。
部隊長の上忍が錯乱したように走り出して、後を追った部隊全体が囲まれていた。毒か幻術かそれとも摩り替わっていたのかはしらない。転がっている首をみるかぎり、変化じゃなかったようだが。
「いいから。しゃべっちゃ駄目でしょ。こんな…くそ!」
腹の辺りが暖かい。医療忍術とは違うようだが、血止めでもしてくれているのかもしれない。
いい人だな。助からない中忍なんてほっておいてくれてもいいのに。
でも、最後に誰かが側にいてくれるってのは素直に嬉しい。
「ありがとう、ございました」
中々、いい終わりだ。置いていってしまう子のことを思うと心配で胸が焼けそうになるが、根は素直でいい子だから、きっといつか皆気づく。
見届けられないのが残念だ。
「先輩!」
「この人!生きてるの!」
「うわっ!こりゃ酷い!」
「治療します!隊長は…」
「ヤダ。ここにいる」
「なにいってるんですか!僕たちは残党を…」
「ヤダ。…手、放したくない」
ああ、そういえばこれはこの人の手か。なんだ。俺のせいだったか。悪いことをした。
「いいから、だいじょうぶ。もう、いってく…」
「ヤダ。影分身にいかせるからそれでいいでしょ?」
印を組む凄まじいその速さに目を見張った。それからすぐに手に暖かさが戻ってくる。
ついでに腹の辺りまで焼けるような痛みとともに感覚がじわじわと戻ってきて、くらくらした。
「しょうがないですね…いきますよ!」
「はいはい。じゃ、後頼んだよ」
気配が二つ、遠ざかっていく。不思議だ。全く同じ気配が側にあるってのに。
「う、ぁ!」
痛みが薄れていく。だが何かの拍子に凄まじく痛む。割かれた腹に指が触れて、ソコに何かが流れ込んでくるせいだ。
「どう?」
「いけます。戻して見せます。…隊長の大切な方なら」
若い声。治療してくれている暗部だ。隊長。この人隊長なのか。白い、ひと。
意識が薄れていく。暖かさに全てを投げ出してしまいたい。
「だめ。ほら。口開けて」
「隊長!それは流石に!毒でも食らってたら…あーあ」
息ができない。ああでも、水は美味いな。喉かわいてたんだな。
なんだろう。何を飲まされた?口の中にいる暖かい物は…この人の。
「飲んだ。どう?」
「…安定してきました。もう大丈夫だと思います」
痛みも遠い。声も遠い。だがぎゅっと手を握られたのは分かった。
「よかったね。もう寝ていいよ」
そうか。寝ていいのか。
「ありがとう、ございます」
さっきとは別の理由でそう告げたあと、やっと俺は意識を手放すことができた。
*****
「うえ?」
「あ、起きてる?」
なんだろう。さっきもこんな状況だったような。
聞き覚えのある声が、やけにはっきり聞こえる。
どうやらどこかの天幕の中のようだ。
「えーっと、その?」
「任務は終了。アンタは担いで帰るから無理しちゃ駄目。あと飯食いなさいよ」
ぽんぽん言われてうまそうな握り飯まで押し付けられた。ありがたいが状況が飲み込めない。
だがとりあえず必死な目で見る男のために握り飯を食い、気づけば腹が減っていたのかあっというまになくなっていた。
「ごちそうさまです」
手を合わせて礼をいい。ついでにこの人さっきの暗部だよなー…面してねぇよどうしようなんて動揺する余裕まで出てきたころ、男が隣に腰掛けた。
せまい簡易寝台だ。男二人が並んで座ればそれなりに窮屈なのは分かるが、くっつきすぎだと思う。
「うん。生きてる。よかった」
…そんなことを言われたら、違和感なんてあっという間にすっ飛んでしまった。
「ありがとうございました。何か、お礼でもできればいいんですが…」
任務は最低の終わり方だったけど、この人のおかげで命は拾った。
これからも、なにがあってもあがこうと決められた。
相手が暗部じゃなけりゃ、里に帰って色々とか考えるんだけどなぁ。
「いいの。…そうねぇ。お礼」
思わずドキリとするほど綺麗な笑顔。この人は男なんだが、どうしてかどこか艶っぽい。不思議なもんだ。
「はい」
見ていられなくて視線を逸らした途端、頭の後に手が回って、唇がかさなった。
「…ごちそうさま。生きててよかった」
「え、あ、は、い」
軽いキスだ。たいしたもんじゃないというか、さっきなにか飲まされたときの方がずっと激しいというか、それなのに、どうしてこんなに恥ずかしいんだろう。きっと単なるおふざけなのに。
「里で、また」
「はい」
これっきりじゃないのが嬉しくて、キスの意味なんて考えても見なかった俺は、里に帰りつくなり暗部にとりかこまれたまま派手な告白をうけることになるんだが。
…そんなこととは露知らず、抱きしめる腕の温かさにうっとりと目を細めたのだった。

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適当。
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