しんちくにわつきいっけんや4(適当)


「カカシさんの髪、やわらかいんですね」
 いつもツンツン逆立ってるから、勝手にもっと硬いのかと思っていた。ふわふわで、猫の和毛みたいな感触だ。濡らしてへたると想像以上にボリュームが減ったことにも驚いた。頭小さいんだなあ。乾いたらまた逆立つんだろうか?面白い毛質だ。
 シャンプーまでは難なくクリアし、気持ちよさそうにしてくれていた。ここからが問題だ。シャンプーの隣に並んでいるのが恐らくりんすとやらなんだろう。…適量ってのはどれくらいなんだろう。さっきは洗われるに任せてすっかりその辺をチェックするのを忘れていた。
「イルカ先生の毛はしっかりしてていいよねぇ?俺はほら、猫っ毛な上にくせ毛だから」
「ふわふわでいいじゃないですか。俺の毛は硬すぎて中途半端に短くするとチクチクして邪魔なんですよ」
「そうなの?だから括ってるんだ?」
「あー…まあ、それと、その、母が、俺と父親とをお揃いの髪型にするのが好きだったもんで」
「そっか」
 手に取ったボトルを使う前に、白くて長い手が頭に回された。そのまま子供をあやすみたいに撫でられて、一瞬だけあの頃に戻った気がして…苦しい。
 懐かしいとか、すでにそれほどはっきりした思いはなくなっている。ただあの日からそのまま変えずに来てしまったってだけで、この人にこんな風にしてもらういわれはない。忘れた訳じゃない。ただあの頃の痛みは遠すぎて掠れて薄れて、もう慰めてもらわなきゃ立てないほど強くなくなってしまった。
 それなのに、母ちゃんの指が髪の毛を梳く感触も、父ちゃんのお揃いだなって笑ってくれた声も、何もかも鮮明に思い出せてしまうけれど。
「…湿っぽくなっちまいましたね。ほら、これ!いきますよ!」
「はーい」
「…どれくらいつかうもんなんですかね?」
「どうかなー?俺だと3プッシュくらい?」
「なるほど」
 教わった通りに白くとろみのある液体を手に取った。あとはまあ、シャンプーと似たようなもんだろう。不慣れなのを知ってか、手に取るところからじっくり見られているので落ち着かない。
 心配なんだろうなー…。だが、まあ、うん。なんとかなるだろ!多分!
 適当に頭全体に馴染ませて、そうするとさらにペタッと頭皮に張り付く髪の毛が面白くて、こっそり笑った。
 泣きたいなんて気のせいだと思いたかった。
*****
「っし!次は背中です!」
「うーん?もういいよ?お風呂冷めちゃうんじゃない?」
「ちゃんと洗わなきゃだめですよ?追い炊きついてないんですか?」
「んー?ついてるけど」
「じゃ、ほら、背中!」
「はーい」
 洗われるのに飽きるところまであの子たちと一緒で、師弟ってのは似るものなんだろうかと、妙におかしくて吹き出しかけたのを何とかこらえることができた。…バレたら怒られそうだな。こりゃ。
 しっかり泡立てたタオルでガシガシ背中を擦る。強すぎないように気を付けたつもりだ。なんかこの人白いから肌弱そうなんだよな。まあ弱かったら上忍なんてできないだろうけど、なんとなく父ちゃんにしてたみたいに思いっきりって訳にはいかなかった。そもそもあの頃はまだ俺もチビだったし、今は中忍でガタイもいい。同じつもりでやったら怪我をさせてしまうだろう。
「っし。背中は終わりましたけど、ええと、どうします?」
 洗うのはやぶさかではないが、さっきみたいに変な空気になるのも嫌だ。この人は平気みたいだが、俺じゃ内心の動揺が態度に出ちまうに決まってる。
 とはいえ洗ってもらっておいてお返しなしってのも気になって、一応聞いてみたんだが、あっさり断られた。
「もう大丈夫。イルカ先生長風呂派でしょ?先に入ってて?」
「へ?そういうわけには!」
 家主を差し置いて先にって訳にはいかないだろう。そう思って固辞したにもかかわらず、上忍は折れなかった。
「お風呂俺と入るの嫌?」
「い、嫌じゃないですが!一番風呂!」
「えー?いいじゃない。入ってよ。ダメ?」
「うぅ…!」
 まるで駄々をこねる子供だ。そして俺はそれに逆らえない。子供相手なら拳骨落として終わりにするところだが、疲れているはずなのにこんなことに時間を割いてくれているこの人に、家にいる時くらいくつろいで欲しい。
「さ、入って入って?俺もさっさと洗っちゃうから」
「は、い」
 結局、この人の頼みを断れた試しなんてないんだよな。俺は。
 湯船は広くて程よく深さもあってつかり心地は最高だ。湯気が立っているのをいいことに、体を洗っているひとから視線をそらした。
 今どんな顔をしているか、自分でも怖かったんだよ。情けねぇけどな。
*****
「はいちゃんと洗いましたよ」
「あ、じゃ、俺上がりますね!」
「なんで?一緒に入れるように広くしたのに」
「えぇ!?でもですね!?」
「いーからほら。一緒にはいろ?」
「はぁ」
 正直に言うなら久々の風呂ってこともあってじっくり浸かりたかったのは事実だ。だからってな…この状況はどうなんだろう。野郎二人が肩を並べて風呂にみっちりって。ここに酒でもあればいいんだが、間が持たない。酒なんか飲んだら何するかわからんって問題もあるけどな。…はぁ。落ち着かねぇ。
 どうしてかなんてわからない。それでもこの状況を受け入れきれていないことくらいは分かる。この人はいい人なのに、側にいられると落ち着かない。慣れない環境で頭のねじが緩んでるんだろうか。格上相手だから緊張してるってのは…まあ、ないな。親しいってほどじゃなかったかもしれないが、一方的に信頼している相手だ。緊張するほど他人じゃない。俺にとっては、だが。
「イルカ先生。どう?」
「ええと、いい風呂ですね」
「んー?それは良かったけどそうじゃないんだよね」
 風呂の評価じゃないってことか?質問の意図が把握できなくて、多分俺は間抜けな顔をしていたと思う。
「あのー?そうじゃないってのは、どういう?」
「ん。じゃ、もっとちゃんと聞くからよーく考えて返事して?」
「は、はい!」
 風呂で肩が触れるか触れないかの距離で隣り合って、顔だけ相手に向けている。綺麗な顔に、揃いの瞳が潤んで、鋭いのにどこか酔ったように熱っぽく見えた。のぼせたのか。それとも。
「好きなんですけど、一緒に住んで、これから一生側にいてくれませんかね?」
 左手を湯の中から救い上げられて、薬指の付け根に唇が触れた。
 意味は分かった。わかったけど理解できなかった。
「うっ…!」
「え?ちょっ!イルカ先生!」
 …その前に盛大に頭に血が上って、風呂を鼻血で真っ赤に染めちまったからな。
 傾いていく視界の中いっぱいに綺麗な顔が広がって、こんな顔じゃなくて、もっとずっと笑ってた顔を見ていたいと思った。

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適当。
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目論み通りとはいかなかったりして。あ、あとちょっとのはず。

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