しんちくにわつきいっけんや3(適当)


 一緒に住むかどうかはおいておいて、家主はこの人だ。当然一番風呂を譲るつもりでいた。風呂の支度をしたら順番に入ればいいだろうから、どうせならひとっ走り自分の天幕に着替えも取ってこよう。
そうと決まればとっとと行ってこなければ。それに食器も片づけたい。
「あの、俺」
「ね、イルカ先生入ろ?」
 一言断ろうと思ったらこれだ。全部言う前に捕まって、腕を引く力が思ったより強くて、ナルトがチビだったころを思い出した。いやまて一緒にしたらまずいだろう。この人はとっくに大人で…でもなんつーか。ちょっと子供っぽいところもあるよなぁ。
「あの、俺着替え取ってこねぇと。お湯も張らないとですよね?」
「大丈夫。もう準備してあるよ。それにほら新品―」
「おお?」
 新品の、それもパリっとした上等そうな浴衣だ。寝巻も普段着もなく、全部忍服で済ませる生活に慣れ切った身としては、風呂上りに着心地のよさそうな浴衣で過ごせるなんて最高に魅力的な状況だ。長らく温泉にも行けてないしなぁ。…いやだがしかし。これ高いよな?貰いもの持て余してるんですーって上等な着物を譲ってもらいかけちまったことが前にもあったような気がする。その時は酔っぱらっててついついほめちぎって、ちょっとだけ冷静になって、こんな高そうなもん勿体ねぇからちゃんと着なさいって…あー…うん。そうだ。脱がせて着せて似合いますよって太鼓判押した後、酒に飲まれてそのまま寝落ちた。思い出したくない過去だ。普段ならあそこまで酔っぱらわないんだよ!ただその、久しぶりに会ったときにはもうちょっと酒が入ってて、それを紙袋下げたこの人が声をかけてくれて、勢い余って俺んちで酒盛りが…。
 翌日、二日酔い特有の気だるさと頭痛に悶えつつ目を覚ましたら、まだカカシさんがそれを着てて、似合いますねぇってしみじみ言っちまってから、己の醜態を思い出して平謝りしたんだっけな…。
 今日はまだ酒が入っていない。大丈夫だ俺!…大丈夫、だよな?
「パンツもあるから。はいどーぞ」
「え、ああ、はい!ええ?で、でもですね!?」
 ポイポイと浴衣に次いで帯とタオルと新品のパンツまで放られて、とっさに受け取ったはいいものの、カカシさんはさっさと自分の分らしき着替えまで用意している。揃いの柄ってのも温泉っぽくていいな!…じゃねぇよ!食器の片づけくらいして待ってるつもりが、飯もごちそうになったってのに、これじゃこれから風呂ってのを断れない雰囲気だ。着替えも借りて片付けもろくすぽしないなんてまずいだろう。そもそももったいない話をしてもらったばかりだ。こんなにしてもらうのは悪い気がするのに、どうやって断ったらいいんだか頭が動いてくれない。
「あ、背中も流しますね?」
「え?え?いやそんなことまでしていただくわけには!」
「いいからほら。…おいで?」
 いつの間にやらさっさと服を脱ぎ捨てていたカカシさんにつられて、慌てて服を脱ぎ捨てた。なんつーかこの人の声には引力がある。引っ張られるというか、反射的に言うことを聞かなきゃいけない気持ちになるというか、これが叩き上げの上忍ってやつなんだろうな。
 できる限りこまめに洗ってはいるが、すでに一日分の汗を吸った服は多少匂う気がするし、何より着た切り雀の一張羅だ。このどこもかしこもきれいな家に置いておくのが申し訳なくて、せめて風呂敷でもとポーチを漁ろうとしたのに、あっさり奪われてしまった。
「わー!ちょっと待った!汚いんで!」
「これこれ。さっき言った洗濯機!使ってみてね?」
「え?おお…!これが!」
 さっすが上忍の家。新たに開発部がテクノロジーとチャクラの融合ってのを模索してるという噂を聞いたことがあったが、カカシさんなら新しいモノも良いところも悪いところも見極めて積極的に取り入れてくれそうだもんな。
 カカシさんが脱いだ服も放り込まれて、風呂から上がったら回しましょうということばにわくわくしながら頷いた。…頷いてしまった。
 そこじゃないよなとはたと正気に返ってみれば、野郎二人で入っても十分な広さのある風呂場の椅子に座らされていたって、俺はもしかしなくても馬鹿なんじゃないだろうか。
「はいお湯かけますよー」
「はい!じゃねぇうぶ!」
 いきなり手桶で掬ったお湯を頭からかけられた。髪を括ったままだからまだ良かったが、ほどいていたら落ち武者状態になっていただろう。幸いとっさに目を閉じるのが間に合って、痛いってことはないがこの状況は一体なんなんだろう。めちゃくちゃ世話焼かれてないか?俺。いい歳ぶっこいて、それも年上格上次期里長なんていう恐ろしい人に。
「ああほら、ちゃんと目、つぶってて?」
「ふぁい」
 顎を持たれて目を閉じさせられた。言い出したら聞かないところがあるよなぁ。この人。またそれが絶妙なんだ。こっちが悪いんじゃないかと思わされたり、甘えてきて思わずうっかり従わされてたなんてこと、数えだしたらキリがないかもしれない。歴代の火影とは違った意味で、この人は人を惹きつけるのが上手そうだ。強さは折り紙付きなんだけどなぁ。なんか守らなきゃって気になるんだよな。これがカリスマってやつなのか?ああ、いい訳しか思う浮かばないわが身が恨めしい。風呂はやっぱりいいよな…。
「髪が先かな?」
「い、いえ!自分で!」
「ま、いいからいいから。ね?」
 お互い一糸纏わぬ状態で、見上げた先では家主でとびっきりの上忍であるはずの人が、えらく楽しそうにシャンプーを泡立てている。いつの間にかほどかれた髪紐はどこに行ったのか見当たらない。シャンプーなんてボトルから出しちまったら戻せないしな…。ここは仕方がない。のか?
「あ、あの!じゃあ交代で!ナルトとかサスケの髪洗ってやったこともあるんでそこそこ上手いと思います!」
 それでもせめてそれくらいはさせて貰おうと申し出たのに、湯気の満たされた浴室の気温が急に冷え込んだ気がした。
「…ふぅん?」
 …なんかこう。不穏な気配が背後から…?なんでだ?
「…あの、確かにシャンプーハットとかは使ってたんでへたくそかもしれませんが、してもらってばっかりって訳にはいきません!」
 不安にさせちまったのかもしれないと、さっさと謝ってついでに譲れないところは主張してみた。気配が和らいだところをみると、多分効果はあったんだろう。
「じゃ、後でね?」
 にこっと笑ってくれた割には、視線が妙に鋭い気がしたのは、気のせいってことにしておきたかった。
*****
 髪は丁寧に丁寧に洗われて、携帯石鹸で流すのがせいぜいだった頭は随分とさっぱりした。りんすだかこんでぃしょなー?だか自分じゃ使わないものまで使われて、明日の髪の状態がどうなるのかちょっと恐ろしくもある。このままでも艶はあるけど手入れは大事、なんだそうだ。
 そう言われると禿げそうな先生第1位なんてものに選ばれた過去を思い出してしまって、ついつい素直に従ってしまった。でもだな?この状況はおかしいだろう?
「あの、だから!自分で!」
「いいじゃない。背中流したついで」
「ついでじゃねぇ!いいから!そんなとこ触んなくていいんですよ!?」
 背中を洗ってもらうのももちろん気持ち良かったさ。父ちゃんを思い出してちょっとうるっときたりもしたとも。胸元をやけに丁寧に洗われそうになったときは断ったけど結局強制的に実行されて、足もマッサージと称してやけに丁寧に揉まれて気持ち良くてちょっと変な気分になりかけた途端、目ざとくそれに気づかれた。
 …泡まみれのタオルをごく自然に擦り付けられて、慌てない男なんていないはずだ。急所だし、それに第一汚ねぇだろうが!
「なんで?」
「なんでって!そりゃその…シモのことなんざ自分で!」
 真顔で聞き返されるなんて想像もしなかった反応だ。普通だろ!普通!それともこの人のいた部隊じゃシモまで他人に洗わせるのか?怪我人でもないのに?
「ま、後でね?」
「なにが!ちょっ!まてこらおい!」
 股の間に身をかがめて居座った男が行動を再開するのと、俺が慌てて肩をつかむのとはほぼ同時だった。おかげですっぽ抜けたタオルは風呂場の床にべちゃりと濡れた音を立てて落ちて、泡で包まれた俺の、その、大事なところが丸見えに…!
「かわいー」
「失礼な!」
「ううん。抵抗されると燃えるなって」
「はぁ?」
 かわいいとかどういうことなんだ。男の沽券にかけてそこは否定させたい。だがしかし。その前に抵抗されると…?聞き違いだと信じたい言葉を聞いたような気がする。
「泡は一回落としましょうね?」
「へ?ええ、はい」
 今度はシャワーを勢いよくかけられて見る見るうちに全身にまとわりついていたふわっふわの泡が排水溝に消えていく。
 …気のせい、か?
「じゃ、湯船にどーぞ?」
「あ、はい。背中流しますね!シャンプーも!」
「…んー?じゃ、お願いしようかな?」
 おふざけが過ぎる上忍には後でくすぐりの刑にでも処してやろうか。
 そう思わないでもなかったが、その前に風呂に入る前にきっちり洗っておかないとな!
 色々あってこの人も大変なんだろう。それなのに貴重な時間を割いてを労わってくれたんだ。こっちからもなにか返さなきゃな。
「っし!じゃ、タオル…その、新しいのお借りしても?」
 自分のそんなところを洗ったタオルで、この人の背中なんか流せない。同性だからこそ余計に気持ち悪いだろうと踏んだのに、不思議そうな顔をされてしまった。
「ん?いいけどそれでもいいでしょ?」
「そういうわけにはいきません!」
「そ?」
 戦場でも体をぬぐうモノなんかは分けてたぞ?毒がついてる可能性があるとか、あとは感染予防が目的だけどな。
 …まあ、いい。考えても無駄だ。ちょっと変わってる人なのは前から分かってたじゃないか。
「背中、あ、その前に髪、先でいいですか?」
「ん。お願いします」
 譲った風呂椅子から伸びる足が俺とは段違いに長くてちょっとばかりプライドが疼く。腰かけた高さはそう大して変わらないのにな。手足が長いってことだよな。肌なんか雪みたいに白いのに、傷も少ない。それに思ったより細くないんだなぁ。はぁ…。俺なんか傷だらけで浅黒いし手足は…多分普通だ。この人が長いだけだ。…どっちにしろもうちょっと鍛えねぇと。
 シャンプーを手に取って、りんすとやらはどうやってやっつけようと悩みつつ、上忍にお湯をかけた。
「気持ちイイ」
 目を細める仕草はアカデミーに居ついて腹を出して寝ている猫に似ていて、ほほえましい。本人にそんなこと言ったら怒るかもしれないけど、くつろいでいてくれるだけで周りを和ませるよなぁ。この人は。
「っし!がんばりますんで!」
「…ま、ほどほどにね?」
 心臓が騒ぐのは見上げられるのに慣れないせいだろうか。
 落ち着かない気分のまま、シャンプーを手に取った。
 どうしてこんなに心臓が煩いのかなんて、気づいてもいなかった。

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適当。
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ふわっと新婚生活を狙ってみる上忍。さんれんきゅうとかまぼろしやったんや。続いちゃってます。

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