しんちくにわつきいっけんや1(適当)


 やわらかい布団と快適な温度に整えられた部屋。こんな環境に慣れてしまったら、俺ならあっという間に自堕落になりそうだ。内勤が多かったとはいえ、中忍だ。大戦の折には戦闘にも参加した。いざとなれば暗い穴倉の中だろうが狭く埃っぽい屋根裏だろうが木の上だろうが、どこでだって休めるし、兵糧丸が尽きても自力で食料を調達するくらい朝飯前だ。
 前の家も長らく安普請だったしなぁ。もし俺が里人より耳のいい忍じゃなかったとしても、隣の家の音が筒抜けなのは変わらなかったんじゃないだろうか。
 ペインによって大部分を損壊した里の家々と同じく、俺が住んでいた家も吹っ飛んでしまった。
 里の家々は木遁忍術を操る唯一の忍だという上忍がせっせと立て直してくれて、もちろん忍以外の里人と医療機関などが優先されはしたが、おかげで今の木の葉には新築の家が立ち並んでいる。独り身で忍である俺の番がくるのはずっと先だろうが、天幕で眠ることは苦痛というほどじゃなかったし、建物があっても医薬品や食料が湧いて出るわけじゃないからやることはたくさんあった。
 直後に大戦が勃発したこともあって、家がどうとかそんなことすら忘れていたんだ。
 生きながらにして大戦を終結させた英雄の一人に捕まって、こうして連れてこられるまでは。
「ね、どうです?」
「どうです、といいますと?」
 新築らしく新しい木の匂いが漂う平家に通されて、手を引かれるままに居間らしきところまで案内された。上忍が住むにふさわしく、申し分のない設備が整っていて、かえって落ち着かないくらいだ。天井が高い。前の家は比較的大柄な部類にはいる俺には少しばかり小さすぎて、うっかりすると鴨居に頭をぶつけたりしたもんだ。ここならそんなことは起こらない。それもそうか。隣に立ってにこにこしている上忍は、俺よりも少しばかり背が高かった。前の家に上げたらひっきりなしに頭をぶつけていたかもしれないくらいには。その人のための家が小さい訳がない。里きっての上忍で、しかも今や生ける英雄だ。
 俺の家だったところも、それに仮の住まいである天幕も狭いから、こことは段違いだ。強いて良いところを上げるなら骨組みさえ避ければ布相手ならぶつかっても痛いってことがないことくらいか。まだしばらくそんな状態は続くだろうが、この人はそうはいかないだろう。
 里長に推挙されたのだと聞いた。そんな人を吹きっ晒しの天幕に放り込むはずがない第一里の中央にいてもらわないと仕事にならないだろう。
 家を見に来ませんかという申し出に頷いたのは、おこがましいとは思いつつ、この人にナルトとサスケを見守ってくれたお礼を言いたかったからだが、この展開は想像していなかった。
 確かにこの家なら自慢したくもなるだろう。いや、この人くらい強くて階級も上なら、衣食住に困るってことはないよな?それに普段むしろ謙虚というより後ろ向きってのが似合あうくらいの人なのに、何があったんだろう。いまだにひっきりなしに戦後の処理に引っ張りまわされていることを知っているはずの人が、わざわざこんなことをするなんて予想外だ。
 意図が分からないせいで、随分間抜けな質問になったが、上忍は終始笑みを絶やさなかった。
「うん。ベッド、狭い?」
「え?いえ。むしろでっかいですねぇ!これだけ広けりゃ二人だって余裕ですよ!」
「そ?良かった。じゃ、間取りとかどう?」
「間取りですか?部屋も広いし窓もでっかくていいですね!庭も随分広いですね」
「そ?良かった。じゃ、お風呂場もどう?」
「え?ああ、はい。おお!広ッ!すごいですね…!俺でも足伸ばして入れそうだ…!」
「うん。それくらい大きくないと困るかなって」
 三代目のお屋敷を思うと人を招くには狭いのかもしれないが、この人が一人で住むには十分すぎるほどの広さだ。家具も割と大きめのモノが多くて、かわいらしい観葉植物と写真立てが小さく見える。
「良いお宅ですね」
 もうすぐやってくる夏を前に、扇風機さえない天幕でどう過ごすか悩んでいる俺にとっては、天国みたいなところだ。無理に持ち上げたわけじゃなくて、素直に口から零れた言葉は、予想外の方向で拾われた。
「気に入ってくれました?」
「へ?」
「あのね。あんまり広いと落ち着かないって言ってたでしょ?広すぎちゃう?」
「へ?いえ、確かに広すぎるよりはほどほどのが好きですが、ここはそんなことはないんじゃないかと」
 そういえば家を吹っ飛ばされた後、この人にって訳じゃないが新しい家の希望調査みたいなのがあって、それを書きながらそんなことをぼやいた気がする。どこで聞いてたんだろう。それとも里長になる人は、そんな細かい情報まで処理させられるんだろうか。恐ろしい。じいちゃんもそういえばなんでそんなことまでってことまで把握してたよなぁ。そういえば。
「そーね。ほら、俺も小さい方じゃないですし」
「そうですね。背が高くてすらっとしてますよね」
「イルカ先生もね」
 なぜそこで笑うのかがわからない。もっとわからないのは手を握られていることかもしれない。なんだ?どうしちまったんだこの人。
 まあいいや。ちょうどいいタイミングかもしれない。生きて帰ってきてくれた二人には監視付きとはいえ会えたけど、忙しすぎるこの人には遠目に会釈するのがせいぜいで、お互い片づける仕事が多すぎて話もできなかった。
 ちゃんと言っておかないとな。里長になるかもしれない人になんて、これからはそう気軽に会えないだろう。いつ言えなくなるかわからない相手なんだし、今がチャンスだ。
「カカシさん。本当にありがとうございました」
「え?いーえ、そんなことありませんよ?」
 照れくさそうに頭を掻く癖は変わっていないらしい。この人と飯を食いに行くとよく見たっけな。無事に帰ってきてくれて本当に良かった。
 あの子たちを連れて帰ってきてくれたことももちろんだけど、ちゃんと生きて帰ってきてくれたことが何よりも嬉しかった。
「…いえ、本当にあなたが無事に帰ってきてくれて、俺は、その…ッ!」
 零れかけた涙が止まった。顔を隠す布が下りている。それに、この人の目まで潤んでいるような…?
「あの、ね?えーっと。ここに、俺と住んでくれませんか?」
 恐る恐るといった風に言う割には、内容が。俺をここに誘った時の勢いはまるでないが、やっぱりこの人上忍なんだなぁ。ちょっと変わっていて、ごく自然に強引だ。思わず涙も引っ込んだから良かったのかもしれないが。
「え?ここはカカシさんの家ですよね?気を遣わなくていいんですよ?俺はこの通り頑丈ですので。そのうち順番も回ってくるでしょうし。独り身はどうしても遅くなりますけど、カカシさんと俺とじゃ責任が違いますから、しっかり休まなきゃダメですよ!そんなことに気を遣ってどうすんですか!」
「そうじゃなくてね。んー?ま、とりあえず飯食ってきませんか?」
「へ?いいんですか?お疲れでしょう?どっかで買ってきますよ?」
 少しずつだが飲食店も復興し始めている。簡単な惣菜なら手に入るはずだ。飲み屋もぼちぼちとだが品数は少ないまでも開き始めている。そっちの方が楽だろうと思うのに、穏やかな笑顔をたたえたままの上忍には、あっさり却下された。
「ううん。へーき。俺ね、料理結構得意なんですよ。実は作ってあるんです。あっためてきますね?」
 台所にいそいそと消えていく背中は相変わらず猫背だ。作ってくれてあるものを無下にもできない。大人しく勧められた椅子に腰かけてあたりを見るともなしに視線を滑らせる。食卓は広くはないがそれなりに大きくて、椅子も2脚あるから来客用なんだろうか。ソファも家主の長身に合わせたらしく、俺が寝そべっても足が余ることはなさそうだ。掃除が大変かもしれないな。
 身の回りを世話する人が欲しいなら、遠慮しないでもいいのに。逆に変なくノ一とかだと落ち着かないのかもしれないけど。それにしちゃ要求が変だ。
 なんだって俺なんだろう?世話好きそうに見えるのか?でも掃除洗濯はともかくとして、料理なんてからっきしだしな!…はぁ。まあそれはそれとして、何でも一人でできそうな人だ。狙われる可能性だって高いのに、わざわざ他人を家に入れる必要もないだろう。寂しいとかなら嫁さんもらう…のは、逆に立場的に微妙な問題になるかもしれないのか?
「まあなるようになる、よな?」
 少なくとも悪意は感じない。何か俺でできることがあるなら協力するつもりもある。
 なにがしかの事情は飯でも食いながら聞けばいいだろう。
 もともと悩むのが得意じゃないのもあって、その時はあまり宛にならないと自分でもわかっている手伝いをすべく、腕まくりして台所へ急いだのだった。

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適当。
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ふわっと新婚生活を狙ってみる上忍。

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