鬼と酒(適当)


今年もこの季節がやってきた。
「豆は持ったな?…総員!配置につけ!」
「「「はーい!」」」
元気のいい返事だ。士気も高い。…さて、今年はどこまでがんばれるかな?
「五つ数えた後この扉を開放する。進入してきたターゲットを排除するのが今回の演習の目的だ。豆は各自配布した升一つ分だけだから、当たらない距離から無駄打ちするより、十分にひきつけてから投げるんだぞ?…まあ、鬼は素早いからぼんやりしてるとやられちまうけどな?」
ごくりと唾を飲む音が教室に響いて、ほどほどの緊張感が保たれていることに安堵した。
手加減は盛大にしてくれてはいるが、相手は上忍だ。素早さももちろん、相手を出し抜く術にも長けている。
肌で上忍というイキモノを感じて、少しでも理解してもらえれば…それが生存率を上げることにもつながるからな。
目標にするにしても、己の力量を見つめなおすにしても、格上との演習は何よりの糧になりうる。
だからこその節分にかこつけての演習なんだが。
「それじゃ、皆準備はいいな?…開けるぞ!」
教室の扉を開けた瞬間、突風が鼻先を通り過ぎていく。すさまじい速さで侵入してきた鬼に、殆どの生徒が反応すら出来なかったようだ。
「なっ!せ、せんせー!」
「きゃー!鬼はそと!」
「いてぇな!鬼はあっち!じゃねぇ!そっち!じゃねぇ!?わー!どこいった!」
きゃわきゃわ騒ぎつつ思い思いの方向に投げられる豆が舞い散るのを眺め、ああ、今年の鬼はまたとんでもない人に依頼したもんだとため息をついた。
銀髪の上忍など、この里には一人しかいない。
素肌に豆が当たれば痛いだろうに、古巣にいた時の衣装をひっぱりだしてきたものらしい。二の腕に刻まれた朱色の木の葉印には布が巻かれているとはいえ、特徴的な白いベストを脱いでいるとはいえ、見る人がみれば何を身に纏っているかは明白だ。
ちゃちな鬼の面を被っている姿さえ様になるのは、それだけ面を身につけていた期間がながかったからじゃないかとか、余計なことを考えてしまう。
模擬戦に与えられた時間は忙しい上忍を借り出してくることもあって10分程度が限度だ。うちの生徒がそれくらいで大体バテるってのもあるんだけどな。
というかだな。今回の鬼は容赦がなさすぎる。躍起になって追いかけてた生徒は床でへばってるし、残りも怯えて動けないのと、何が起こってるのかわからないのか呆然と鬼を眺めてるヤツもいる。
こりゃだめだ。明日の反省会は長くなりそうだな。
とはいえ、どの生徒が索敵能力に優れているのか、体力があるのかなんかはしっかり記録しておく。今も必死で物陰から観察してるやつもいるしな。あの子は…お?作戦会議か?
うんうん。これがこの演習の醍醐味!戦果は上げられなくても、どうやって圧倒的に強い敵に立ち向かうかっていうのを、実を持って学習できるからな。
最終的には生徒が優秀ならそのまま鬼役には逃げてもらうし、今回みたいな歯が立たない場合でも、アカデミー教師の援軍がきて強制終了だ。
鬼の面を被ったアカデミー教師が、あっちで仲間が襲われているんです!助けてくださいボス!ってな。
…大体は上忍に適当なところでやっつけられてもらうんだけどなー…。上忍はプライドが高い人が多いせいか、想定通りに行かないこともあって、この方策が取られている。
この人は…そういえば下忍の試験でも派手にやってくれてたんだった。うーん。そろそろ潮時か?
あの二人も一人が劣りになって背後からって作戦みたいだが、…ああ。やっぱり。面で視界が狭くなってるはずなのに、後に目がついてるみたいに動けるからなー…。そもそも気配を完全に殺せてないから当然なんだが。
今年の子には悪いが、諦めてもらうしかないだろう。こっそり準備されていた式を放った瞬間。
「アンタは戦わない訳?」
立ちはだかる男に、冷や汗が噴出す。何でこんな所で本気の殺気だしてんだこの人!
案の定小便ちびってるのやら意識を手放すのやら…後の掃除が大変だ。
しかしなんだ?この状況。今までも普通に飯食ったこともあるから、この人は勝手にナルトを差別しない人だと思い込んでたが、いつから俺を狙ってたんだろう。
生徒に怪我でもさせるとマズい。逃げるにもこの距離じゃ…無理だな。戦って勝てる可能性もほぼない。教室汚したくもねぇしなぁ。
しょうがない。腹は括った。
「戦いません。これは演習ですので」
暗に授業じゃなきゃ相手してやると言ってやった訳だ。ここじゃ困るんだよ。下手にここで死ぬなり死にかけるなりしようものなら、生徒たちが再起不能になりかねない。
「…そ?じゃ」
「おおおおにはー!そとー!イルカせんせにちかづくな!」
「鬼はそとー!」
「でてけ!イルカ先生逃げて!」
おお…!?お前らこの殺気の中で動けるまでに成長してたんだな…!もそもそしてるのは、床の豆を拾い集めてるヤツがいるらしい。
って感動してる暇はない。この状況でコレは悪手にもほどがある。戦場なら逆上した敵に皆殺しに遭うのがオチだ。
だが、この人なら。
「チッ!じゃあね」
きたときよりもずっと早く、いっそ消えるように差って行った男のおかげで、たっぷりまめの先例を受ける羽目になったんだが、危機的状況を回避できたことに安堵するばかりで思わずへたり込んでしまった。
式の精で後で登場したアカデミー教師連合も、決死の覚悟で向かってくる生徒たちの本気の攻撃に涙目で逃げ回る羽目になったんだけどな。

「それにしてもなんだったんだ」
家路を急ぐ俺の忍服からは、香ばしい豆の香りが漂っている。先生が無事で良かったと泣く子どもたちを慰め、漏らした子を着替えさせ、飛び散った豆を綺麗に掃除させたから、明日の反省会は実のあるものになるだろう。
だがしかし。なんなんだろう。もしかしてあれも鬼の演技のうちなんだろうか。そう出会ってくれた方が俺は嬉しいんだが。
「終わったの?」
「うお!え。あ、ああ。はい」
あー駄目だった見たいだなー…。そうか。俺の人生もしかするとここまでか?
まあここなら生徒たちに被害がでないだろうからまだましだな。
すさまじい力で掴まれた腕は、到底振り払えそうにもない。逃げるにしてもここは里だ。どこへ行こうとこの男がその気になれば…下手をすれば火影様さえ止められないだろう。
「鬼は外、なんだってね」
「え。ええ。そうですね。節分ですので」
「アンタは、どっち?」
危うい光を宿す瞳がゆらゆらと揺れている。この質問の意味が俺にはわからないが、この人が今何かに耐えているってことは分かりすぎるほどに分かってしまった。
「鬼教師とも言われますのでどっちですかね?…っつーかアンタどうしたんですか?くだんねぇこと言ってねぇで、ちゃんと飯食ってますか?俺もほら、この有様ですので、飯食って風呂入って寝ちまおうと思うんですが」
良く分からん。良く分からんがとにかくこのままじゃマズい。俺がどうこうされるとかじゃなくて、この人が。
全開で彫っといたら駄目な気配がしているから。
「そーね。…ふふ。俺、鬼なんだって」
「は?」
「それでもいいなら飯、食べましょ?」
「はぁ?今日のお礼に高いところじゃ無理ですが、奢りますよ?」
本当は報酬だって出てるんだが、そこはまあ気は心ってやつだ。
男はうなずくでもなく歩き出し、腕の力は緩むことはなかったが、結局行きつけの居酒屋でせっせと季節はずれのサンマを食う男があまりに熱心に食ってるから、青背を喜んで食う鬼なんていないと思いますよと言ったら、大笑いされた。
食い始めれば話す言葉は普通すぎるほどに普通で、何度か飲みにいったときとかわらない。
なんでああなったんだか良く分からん!
わからんが、しかし。
「うん。そういうところがいいんですよね。頭からばりばり食っちゃおうと思ったんですが、今日のところはやめておきます」
「はあ。そうですか?」
サンマはモツはともかく、頭は食えんだろう。腹減ってたり任務中ならわからんが。
変わった人だ。でももうさっきの虚ろさはない。ならいいか。
ほんのり酒も入って気分もいい。たまたま虫の居所でも悪かったんだろう。
「イルカ先生」
「はいなんですか?」
「またね?」
笑って差って行く男を見送りながらほんの少しだけ寂しいと…そう思ったことを我ながら不可解に思った。


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適当。
おにはそとのひ!
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