殺(適当)


 殺してやろう。
 そう決めてからは我ながら手際よく動けたと思う。
 これまで培った能力の大半は、言ってみれば人殺しのために身につけたものだ。人を傷つけることを恐れる前に、当たり前のようにクナイを握り、印を結び、任務を果たすために邪魔なものを排除してきた。時には殺すこと自体が目的であったりもしたが。
そうやって生きてきたのは、もちろんそれが任務だったからだ。
骨の髄まで染込んだ技は、息をするように自然と辺りを警戒してしまうことや、気配を消してしまうことのように普通の生活の中に溶け込んでしまっていた。
忍であることを選んだ以上、任務は繰り返される。強くなればなるほど凄惨さを増す内容に、今更傷付くことも思い悩むこともなくなりつつあった。
それでも、人であることを捨てることは、師の教えに反する。
ただ、境界線は気付かないうちに少しずつ薄れていったのかもしれない。…許せないと、そう断じた瞬間、簡単にはじけ飛ぶほどには。
上忍と呼ばれる立場にあって、その能力に付随する権力も当たり前にあった。それらを私事で使うつもりはないなんていう大義名分も、今更どうだっていい。
 だって、俺にとって一番大切なものを傷つけたんだから、それをあがなってもらわないと、ね?
「全治1週間ってとこだよ。大騒ぎするようなもんじゃない。あの子も中忍だ」
諭す女は里長だった。くれぐれも頼むと言いおいておいたというのに、凶行を見過ごした。守りにつけておいた犬たちのおかげで大事には至らなかったとはいえ、その血を、一時は危なかったほどに流させてしまった。
手ずから治療してくれたことに感謝すべきなのかもしれない。一応は忙しいはずの身の上だ。競馬新聞がその傍らに隠されているにしても。
「すっぱり切れちまってた神経も綺麗につながった。元通りになるよ。痕も残らない。あの子に泣いて頼まれたからね。あたしが保障してやる。お前が無茶をしなけりゃ今日中にだって退院させられるよ」
 無茶?何を言っているんだ。あの人に俺が何かするとでも言いたいのか?腕に負った傷は切断スレスレだったっていうのに?
 ああ、この女は駄目だ。殺せばあの人の腕に何かあったとき治せなくなる。
「お前が帰ってくるまでに治してくれって泣かれた。…愛されてるんだから、無茶するんじゃないよ」
 殺そう。犯人のめぼしはついている。俺に心酔とやらをしているという馬鹿な部下だ。選民意識が強くて、自己顕示欲の塊で、俺を誉めそやすのもかつて俺が所属していたのと同じ部隊にあることを誇ることができるからだ。
 ただの看板だ。それが…あの人を選んだことで傷がついたと考える頭の悪さはいっそ笑えてくる。
 俺には、あの人だけなのに。…それを傷つけておいて、これであなたは正気に戻ると寝言を言った。
「…捕まえてないんでしょ?まだ」
「あの子が頼んできたからね。監視もさせてる」
 あの人の甘さに甘えるとは流石恥知らずだ。恩義など感じていないだろう。またあの人を狙うだけだ。  未だに俺のそばにいることに負い目を感じて、いつかは離れていくつもりでいるのを知っている。そこをついて心も体も傷つけた。体は治るだろう。そうじゃなかったら殺すだけじゃ足らない。
 でも、心は?傷ついてもどんなにぼろぼろになっても、立ち向かっていける人だ。自惚れじゃなく、俺のために。
「貰って、いいですよね」
「好きにしな。ただあたしはあんたの頼みを果たしきれなかった。…ただあの子との約束は守らせてもらうよ」
 俺にばれないようにしろなんて…俺に同胞殺しをさせないなんて、くだらない約束をしたらしい。仲間を私情で傷つけたヤツは使えない。それを許せば必ず繰り返すからだ。
 俺もそうなるかもしれない。いや、何度だって繰り返すだろう。
 俺から最愛の人を奪おうとしたんだから。
「腕、もいでいいですよね」
「…腕だけはそこそこ優秀な貴重な手ごまなんだ。動けるように治すのはあたしだよ?面倒はできるだけ増やさないで欲しいんだけどね」
 生かしておくつもりか。アレを?あんなゴミを?そんなことは許さない。
「頭もいじらないと。尊敬する先輩様の犬になってもらおうかなぁ。ねぇ。綱手様」
 這いつくばらせて痛みと、ああそれからご自慢にしてたもの全部壊してやろう。下らないプライドと下らない理想の俺とやらも全部。
「お前の改心とやらを信じてたらしいからね…」
 そうだ。だから俺の前で恥ずかしげもなくイルカを貶めた。馬鹿をかまってやるのも面倒で、イルカがこんなくずにわずらわされるのも鬱陶しいから、放っておいてやったのに。
「腕、もいで、足も。それから目。ああ爪が先か。ご自慢だったらしいから顔の皮も」
「笑いながらいうじゃないよ。ったく…!好きにしな。ご自慢の名家のお父様とやらが怒鳴り込んできたが、一緒に引っ張ってきた御当主様は愚かな末弟もういらぬとさ。馬鹿息子のためにご苦労なことだね」
 ああ、この人も怒ってはいたみたい?なら好都合だ。あの人に何もしてないって信じてもらいやすくなる。できればあの人の頭は弄りたくないから。
「…もうすぐ目を覚ます。その頃までにはそばにいておやり」
 硬く目を閉じて包帯に覆われた体に触れると、指先に伝わる体温だけでぞくぞくした。俺のための存在だ。それを奪おうなんて馬鹿にもほどがあるでしょ?
「待っててね?すぐに片付けてくるから。ゴミ掃除が終わったら、いっぱいいちゃいちゃしましょうね?」
 ただ殺すだけじゃもったいないから、狂わないようにして、それから自分で自分を傷つけさせてみようか。それからゴミらしくボロボロにしてから、その顔を部隊の連中に見せてやろう。二度と同じ轍を踏ませないためにも。
 治したいというならこの女に診せてやってもいい。働かせて開放されたと希望を持たせて、それからまた腕をもいでやればいいだけだから。
「…好きにしな」
「二度目はありませんよ?」
 また里がこの人を守れなかったら。そのときはその原因になるもの全て消すまでだ。それがたとえこの里の全てであっても。
「すまなかった」
 この女は情に厚い。裏切ることはないだろう。少なくとも里のために俺はまだ利用価値がある存在だ。
 火影を出し抜くために手引きした連中がいるだろうから、その処理もしなくちゃね。
「じゃ、後でね」
 もう居場所は捕捉できている。この人が起きるまでには終わらせないと。捕まえておけば、気が向いたときにいたぶれるし?
 扉が閉まる。離れがたい人のそばには影分身を置いておいた。万が一にも寂しがらせたくない。それにあの人ががんばって隠そうとしてくれたんだもん。しばらくはその茶番に付き合ってあげないとね。
 安心した顔が早く見たい。早く早く片付けなきゃ。
 鼻腔に残るあの人の匂いに、うっとりと目を細めた。己が武器として優秀であることに少しばかりの感謝をささげて。


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適当。
中忍が寝てる間に色々終わってそう。

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