冬のある日の話(適当)

眠い。
こうも眠気がしつこく襲ってくるのは、この任務が恐ろしく退屈なせいだ。
眼下に見える街道に通るはずの要人…とされてはいるが、実際の所邪魔者でしかない人間を一人消すだけでいい。
そこそこ名のある大名の世継ぎとして生まれて放蕩三昧に生きてきた男は、もうすぐその放蕩のために、たまたまふらりと出かけた先で野党に襲われて死ぬコトになっている。
その無能さを責めるでもなく、いらぬと一言で断じた父でもある大名が抱える利発そうな子どもが、そのうち後釜に据えられるのだろう。
つまり、護衛すらも形ばかりで、定められた方法で指定されたターゲットの命を摘み取るだけでいいってことだ。
幻術で惑わされて誘導しているターゲットを消すなんて、一瞬で終わる。
…ただ退屈だ何だとふらふらとうろつきまわるターゲットが到着するのを待たなければならないだけで。
正直言って、自分をここで遊ばせておくより、戦場に送り出した方が里の利益になるはずだ。
驕っているというより単なる事実として、俺は里の中でもっとも戦力として利用すべき忍だから。
それをこうも退屈な待機ばかり長い任務に割り当てたのは、一応は気を使ってのことらしい。
激務だからとこんなだらだらした任務をわざわざ振り分けられるより、最初から休日をよこして欲しい。
そうすれば…あの人を見に行くこと位は出来るのに。
…この休暇まがいの任務を押し付けられるくらいなら、いっそ普段どおりの任務のほうがずっとましだ。
独身だからか、深夜受付にいることが多いあの人は、俺がどんなに殺気だっていても、一言も喋らなくても…お帰りなさいって言ってくれる。
仕事だからだとわかってはいても、義務感じゃなく、本心からの言葉だと感じ取れてしまうから。
だからこそ、癒されてソレにすがり付いてしまいたくなるんだろう。
「顔、みたいなぁ…」
俺が受け取るはずだったSランク任務を押し付けられた後輩の心配よりも、あの人のことを思った。
優しく明るく…なにもかもを受け止めてくれそうな笑顔は、どこからどうみても男らしいものだったのに。
俺の頭を一杯にするのは、乾燥する空気にやられてか、薄く裂けた唇を舐めた赤い舌とか、熱心に書類をチェックしてうつむいた時に見える項の後れ毛とか、そんなものばっかりだ。
どうしようもない自分らしい気付き方で、恋に落ちたと知った。
顔が見たいなんていいながら、きっと今度こそ我慢できなくなるかもしれない。
ソレが分かっていたから、任務を減らしてくれなんて言ったのが失敗だった。
「それとも、冷静になれってこと?」
苛立ちを紛らわすように木に背を預け、愛読書を開いては見たが、大して効果はなかった。
いつもは、意外とロマンチストな作者らしい、愛と性欲が満ち溢れる絵空事をあの人に当てはめてみるくらいはするが、今日はソレすらも上手く行かなかった。
…幸いなコトに、この退屈な時間はやっともうすぐ終わりそうだが。
「あーあ。馬鹿だねぇ…?」
命を狙われているなど考えもせず、護衛だと貼り付けられたごろつきどもを身の程知らずにからかっている。
俺が手を下さなくても終わってくれそうだが、証人となる人間は残さなくてはならない。
「さてと、行くか」
…これが終われば、あの人に会えるかもしれない。
そのことだけを考えて、無造作に刃を振るった。
依頼どおりの仕事をこなすために。
******
まとわりつくような眠気を早く追払ってしまいたくてかなり本気で走ったから、木の葉に帰り着くのは思ったよりずっと早かった。
つまり、日をまたがずに深夜当番の時間に間に合った。
「おかえりなさい!お疲れ様でした!」
どこか普段より嬉しそうに微笑んでくれた人にもやっと会えた。
本当は抱きしめてしまいたい。疲れたと縋ったら…この人はうっかり流されてくれるんじゃないかなんて期待までしてしまう。
いつもの任務より、今回の退屈なモノの方がよっぽど俺を疲労させたせいってことにしておくけど。
「えーっと。記入漏れもありませんし、確かに報告書、お受けしました」
「ん。…ありがと」
一瞬の逢瀬もこれでおしまい。…そもそもが一方的なものだし、当たり前なんだけど。
このまま離れ難くて、いっそ喉笛を適当に切り裂いたときのように無造作にこの人を椅子から引き摺り降ろして床に這わせて…なんてことすら考えた。
自分が煮詰まっているのは分かっている。だから、早く離れないと。
俺はきっとこの人を壊してしまうから。
「これで、今日の受付は終了なんです」
にっこり笑ってそう言って、いそいそと受付の片付けをしだした。
俺は本当なら明日帰還予定のはずだったが、もしかして連絡ミスでもあって、この人を待たせてしまったんだろうか?
好きになってなんて言えないが、悪感情は持って欲しくない。
「あの、俺…」
開きかけた口はすぐに閉ざす羽目になった。
「…一緒に来て下さい」
「え?」
謝罪しようとした俺に有無を言わさず腕を引かれた。
挑むような瞳は俺を逃がす気などないのだと教えてくれる。
気がつけば施錠を施した受付を背に、冬空の下を歩いていた。
「飯は、あります。おかずも一応。味の保障ができないんですが。…で、それ食ったら風呂です。風呂に入ったらふっかふかの布団があるんで、それにしっかり包まって寝るんです」
「はぁ…」
一方的にまくし立てられて、反論する前にこの人の意図が分からなくて、ぼんやり下返事しか出来なかった。
「俺が何度も無理してるって言ったし、アンタも疲れてるって自己申告までしたってのに…!なんでアンタこんな遅くまで任務やってるんですか!馬鹿ですか!」
言ってることが支離滅裂だが、要するに、この人が俺を心配してくれてるって事は分かった。
俺にとってはそれだけで十分だ。
「あの、ごめんなさい…」
「わかればよろしい!ほら、部屋があったまるまでちょっとまってなさい!」
ぎゅうぎゅうコタツに押し込まれて、部屋中に一杯漂うこの人のにおいを打ち消すように灯油の匂いがして、ぼんやりしている間に、カチカチとストーブに火をつけようとしていた。
さっきはこの人が側にいてくれるのが嬉しくてそれだけで満足してしまったが、この状況は…なにが起こってるんだ?
「…アンタがいくら強くても、そんなになるまで戦うな。…三代目にはきっちり話つけますから!」
乱暴にがしがしと頭をなでる手にうっとりしながら、頬を擦り付けた。
隣で鼻息まで荒くしてそういってくれた人に寄りかかっていると、少しずつあのときよりももっと優しくて抗い難い眠りが押し寄せてきて。
「え?あ!寝ちまった!…まあいいか。明日…飯…」
傍らのぬくもりに甘えるように、ゆっくりと意識を手放した。
*****
それから、「良く考えたら彼女とかいたんじゃ!?」とか、「いくら俺も徹夜あけだからって一応上忍引き摺って帰るのはどうなんだ…!?」とか「でもほっとけねぇし…なんかしょぼくれた顔してたくせに、俺見たら急にぱあって顔明るくなるし…!ああもう!なんだって俺はこんなのに惚れ…うわっと!?いや今のナシだ!ナシ!」とかブツブツ言ってる人を抱きしめて、「ありがと」っていったら、真っ赤になって腕の中で暴れてくれた。
それでも離さずに頬を擦り付けて甘えてみせたら、照れくさそうに、でも笑ってくれた人に、あとで言ってみよう。
今は、「飯作ります!」って台所に逃げこまれてしまったけど。
「好きです。一緒にいて?」って。


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適当ー。
寒くておなかが減ったのでなぜかこれが出来ました。ふしぎふしぎ!

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