恋愛(適当)


 海よりも深く空よりも高く、誰よりもあなただけを愛しています。
 そんな台詞を口にして、さまになる男をひとりしか知らない。
 顔も飛びっきり良くて、腕も…今はナルトにはかなわないかもしれないが、長らく差と一番の腕利きだった人だ。
 はたけカカシ。その名を畏怖と憎しみを持って呼ぶ人間も多かった。もちろん畏敬の念を抱くのもいれば、懸想する連中も山ほどいて、なんというか、色々な意味で華やかな人だ。
 常に話題になり、噂は真実を一欠けらも含んでいなそうなものから、ちょっとしたその日の仕草までまことしやかに囁かれるような。
 俺にとっては意外と頑固で、そのくせ後ろ向きで、すぐに色々と諦めるくせに、後までそれを引きずると言う見ているだけでもイライラする癖があって、それから警戒心を飄々とした態度に隠すくせに、一度懐に入れると絶対に捨てられないところがある生き辛そうな変わり者だったんだが。
 切って捨てるのに言い訳が必要な厄介な性格をしているくせのに上忍をやってこれたのは、一重にその天賦の才と努力の賜物だろう。
 師匠がよかったんだろうな。多分。それはこの人の口走る色々な事柄に、先生が言ってたって言葉が頻繁に混じることからも分かる。
 それから、その頃から成長してないんだろうなってことも。
 この人はどこか危うい。それから幼い。
 年下格下おまけに顔も下…ってのはまあ相手が稀代の美丈夫だってことを考えるとしょうがないんだが、とにかく、そんな相手に取りすがって泣くとかありえんだろう。普通。
 任務が終わるまでは凄腕上忍の皮をかぶっていられるのに、どうやら里に帰るとそのやるせなさを誤魔化せなくなる瞬間があるらしい。
 それにうっかり出くわして、殺気で威嚇されて、そんなことされたら腹が立つから捕まえてみたらボロボロ泣いてるから、そうなったら慰めるしかないだろう?
 それ以来人がいないところを見計らって寄ってくるようにはなったが、不安定な元教え子がこうして頼ってくることは良くあったから、正直言って今回の言葉は受け取り方が難しい。
 縋る相手に依存する…それが全て悪いことだとは言わないが、人としての成長に役立つかと言えばそれは疑問ではある。とはいえこの人の苦しみは俺なんかじゃはかりきれないくらい深いんだろうし、それに耐え切れなくなるのは当たり前だろう。それを支える…なんてのはおこがましいが、苦しみを少しでも減らせるのなら大歓迎だ。
 職業意識をプライベートに持込んだからってわけじゃなくて、この人には見捨てられない何かがあるから。深いところにある澱んだその感情を、吐き出すこともせずに後生大事に抱え込んでるからいけないんだ。そんなものさっさと吐き出して綺麗にしちまえば、こんな風にトチ狂うこともなかっただろうに。
「俺は海にも山にもいませんよ。あなたの前にいる、ただの男です。中忍で、どこにでもいるようなね」
 俺の返答はお気に召さなかったらしいことはすぐに分かった。
 眉間に寄った深い皺と、威圧感のある気配でもって、この人は無意識に他人をコントロールする。子どもの癇癪に馴れたアカデミー教師には効かないけどな。
「どこにでもなんて、いない。あなたみたいな人、初めて見ましたよ。俺は」
「それはどうも。俺のことを随分買いかぶっておいでです。後は俺のかぶった猫が厚いんでしょうかね。はは」
 笑い話にしてしまいたかった。先代様から言付かったこの釣り書きを渡して、さっさとここから逃げ出したい。
 欲しいと思ったことはある。だがそれはこの人に無体を強いて強引に手に入れたいというほどの欲じゃなかった。もっと緩やかで、だが深くまで根ざしたこの感情を、きっと誰も理解できない。…俺でさえも。
 見ているだけでいいんだ。この人が望まなくてもできるだけのことはしたいが、でしゃばることもしたくない。その辺に咲いている花とか、転がってる石とか、そんな感じの存在感で構わない。ただできうるならば、過去の人々で一杯なこの人の中に、小さくても俺の居場所があるならそれで十分だ。
「猫ごと好きです。俺のモノになってくれと言わないとわかってもらえないの?」
 そんな声出したって無駄なのに。切なくて堪らないって顔して、いつもみたいにすがってくるのは、ただこの人が今追い詰められているせいってだけだ。俺もこの人も血を残すよう迫られているから。特に俺は…これからはこの人から距離を取ることを求められるだろう。上は里の英雄のかりそめの親として慕われているような厄介者が、さらに里長にまで深く関わることを望まない。それはまあ俺にもわかる。だがそれよりも。
この人は勘違いしてるんだ。初めて与えられたおせっかいにもほどがある感情が甘すぎて、錯覚だと気づかない。
 恋に夢中になってるヤツになに言ったって無駄だからな。そう言った同僚を思い出す。ああ確かにそうだな。この人は今、俺以外見えてない。
 それを嬉しいと素直に思えるほど、俺はもう若くはない。
「差し上げましょう。俺の全部はこの里に捧げました。里長たるあなたが自由にできないわけがありません」
 前半は真実だが、こういえば引き下がるだろうと言う公算もあった。この人の中の清廉潔白な“イルカ先生”でありつづけてやることはもうできない。里のためにも、この人のためにも。それから、俺自身のためにも。
 一瞬垣間見えた怒りの表情に、策の成功を期待した。
「ん。今はそれでいいよ」
 抱き寄せる腕は力強い。予想外の展開に驚く暇もなく、腕を引かれて連れて行かれたのは、執務室の横にあるソファだ。
 重なった唇の間から我が物顔で熱く滑ったものが入り込んでくる。情熱的なと表現したらいいんだろうか。発情期の獣と同じだ。もう止まれない。
 恨みますよ。四代目。先生って存在にここまで依存するように仕込んだのはきっとアナタだ。
 手際よく服を脱がせていく男の顔は、落ちていく陽に照らされて赤い。この男が永遠に失ってしまった友の忘れ形見よりも、揃いになったこの目が何もかもを射抜く。鋭く光って、獲物の一挙手一投足も見逃さない。印を組む素早さも、効率の良い結界の張り方も、もしかしたら師と仰いだ人から学び取ったものだろうか。
「…後悔しますよ」
 悪あがきにもならない警告は、秀麗なその顔を歪められたから、多少は効果があったんだろうか。
「ずっと、してる。逃げ回るのを待ってないで、さっさとこうしちゃえば良かった」
 重なる肌の温みを意識から追い出すために目を閉じた。
 …熱量の異なるこの思いまで重なってしまわないように。



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適当。
恋から愛に変わりたくて変われない。

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