あいのちから(適当)




戦って戦って戦って。
それで色々と麻痺していたのかもしれない。
血を流すその人を見ても、怪我人だから手当てをしようとしか思わずに、何も考えずに担いで持ち帰った時点で、多分俺は正気じゃなかった。
「え、あれ?あの?」
「あ。起きた。骨は大丈夫だけど、打ち身多すぎ。傷は塞いどいたけど」
「あ、はい。そ、そのー?」
「はいはい。あとでちゃんと医療班に診てもらいなさ…あーいるわけないね。病院?だっけ?普通は」
「そう、ですね。えーっと。でもあの。ありがとうございます」
男は律儀にぴょこんと頭を下げて、申し訳なさそうに布団の上で縮こまっている。
って、そりゃそうか。任務帰りに見つけたせいで、ついつい判断を誤った。
持って帰っちゃ駄目だよねぇ。病院、か。でも今はどこにあるんだっけ?
ここの所、里にいても暗部の怪しげなお抱え医師に診察されることが多かったし、建替えの連絡があった気がするけど、記憶が怪しい。
マズイと思うのに、ピルピル震えている子犬をみているようで、なんだか手放しちゃいけない気がするんだよねぇ。
だってさ、ほっといたら凍えて泣いちゃうんじゃないかって思うでしょ?お腹空かせて弱ってもしかしたら死んじゃうかも…いや、ないか。だってこの人一応忍っぽいし。
あー眠い。滅茶苦茶眠い。
「ん。ごめんね?おうちがわかるなら帰してあげるんだけど」
「え!いや家ならわかりますが」
「送っていくにもちょっと、ね」
「えーあのーそのー…あ、ああああんぶの方にですね。わざわざそのようなことを」
「起きたら、ね」
ベッドは一つしかないからいいかって判断も、ここは戦場じゃないってことも、何もかも曖昧だった。
「うそだろ…ねちまった…!どうすんだこれ…」
「んー…ねなさい」
「え。あ。…はい」
だから、うっかり暖かくて抱き心地のしっかりした生き物を抱き締めて眠っちゃったのは…まあしょうがないよね?
*****
「あ、おはよ」
「んが!…あ、え?わー!すみませんすみません!ねてました!」
「いいんじゃないの?少しは痛いの良くなった?」
毛並みが硬い。でも黒くて綺麗でつやつやだ。もうちょっと手入れしたらもっと艶がでるかもしれない。暖かいし。
ああ、どうしよう。これ拾っちゃったんだから貰っちゃだめなの?ねぇ?
「あ、おかげさまで!ほらピンピン!本当にありがとうございました!」
がばっと起き上がってぴょんぴょん跳ねてみせた。
元気そうだ。
本当なら喜ぶべきことなのに、それが酷く寂しく感じた。
このままどっかいっちゃいそうだよね。この人。
それはいやだ。すごく嫌だ。
そう思った時点で、多分俺はまだ寝ぼけていたのかもしれない。
「そ?よかった」
だから逃げようとするから腕を掴んでベッドの中に引きずり込んで、最後にぎゅーってさせてもらっちゃおうと思ったんだけど。
「あ、あの?その。…なんかあったんですか?」
「なんかって?」
「辛いことは、貯めちゃ駄目です。吐き出したら多少は楽になりますから。…って、機密まみれでしょうし、そう簡単にいきませんよね。すみません…」
暖かい生き物が俺をなでる。すごく大事にしてもらってる気がして、うっかり泣きそうになった。
なんだろう。なにこの生き物。
さっぱり理解できないけど、これはもう俺のモノにするしかないと思った。
「俺さ、あんまり里帰ってこないんだけど」
「そ、そうですか…」
悲壮な顔しなくったって、別にいいのに。
だってこれから酷いことしちゃうんだもん。
「だから、ご褒美欲しいんだけど」
「ご褒美?…うーんラーメンとかなら美味しい店知ってるんですが…」
「名前、なんていうの?」
「一楽です!みそとんこつがまたうっまいんですよ!」
「そうじゃなくてさ、アンタの名前」
「へ?ああ。うみのイルカと申します」
「そ?じゃ、ちょっとごめんね」
「ふえ?あ」
左目は便利だ。怪我だらけのこの生き物にまた傷を増やすのはかわいそうだったけど、口寄せに必要だから我慢してもらった。
ちょっとだけ血を採って、それを使って契約の巻物を仕上げた。
うすく滲む血がもったいなくてちょっと舐めたら鉄錆び臭いのに甘く感じて、もっともっとそこら中舐めたらどうなるんだろうってわくわくした。
でも、ま。今日は傷だらけだし?もうちょっと待ってあげないとね。
今やったら痛がるだろうし、痛がってもするけどかわいそうじゃない。だったら治ったら我慢した分だけたっぷりやりたおせばいいだけなんだし。
かわいい寝顔をずっと見ていたかったけど、そういえばこの人にだって任務とかあるよね。
「ね、おきて」
「え?あれ?俺は一体…?」
「あのね。これ上げる。またいじめられたらこれ開いてね」
「へ?」
「あと寂しいなーって時とか、呼んでもいーい?」
「へ?はぁ。まあ」
「そ」
よし言質はとった。これでいい。一方的に契約しちゃったけど、これでいつでもこの男を好きなように出来る。フェアじゃないからこっちの分も持たせたし、その気になったらどこでもいつでもやれる。
それにきっと、撫でてくれる。さっきみたいに…大事なものにするみたいに。
「あの、ご厄介になりすぎですし、そろそろ家に帰ります」
「えー…?じゃ、ラーメン食べにいこ?」
「はい!」
それからラーメン食いに行って、たっぷり抱きついておいてから家に送って行ったんだけど。
暗部の格好のままだったの忘れてたんだよねぇ?
狐憑きに暗部まで付いたって噂を聞いて、あの生き物が里の中で怪我をしていた理由に思い当たった。
一度も向こうから呼び出されることはなかったけど、それならそれでいいからってさっさと戦場に呼び出して、傷だらけなのを心配してくれたからそのままぺろっといただいた。そりゃもうかわいかったし、朝になったら怒ってるのに痛みのせいで涙目になりながらがうがう噛み付いてくるし、そのくせそれでも俺のこと心配するしでなんていうかもうたまらないよね?
ま、結局名実共に暗部のお手つきってことになってからは、ちょっかいを掛ける連中も減った。ほぼゼロだ。当たり前だけどねー?だって制裁しといたし?
というわけで、何がいいたいかっていうと。
「多少寝ぼけてても、大事なものはちゃんと捕まえときなさいよ。テンゾウも」
「先輩…なんか違う気がするんですが…」
寝坊という暗部にあるまじき理由で遅刻してきた後輩に言い聞かせてみた。
着替えてるときみたけどまーお盛んっていうの?年下の恋人ができてからちょーっと生活態度乱れすぎ。
ま、俺も人のこと言えないんだけど。
「幸せすぎて恐いっていうの、よくわかっちゃうようになったよ。俺は」
「そう、ですね…」
そ。だからさっさと諦めて腹括っちゃえばいいのにねぇ?俺みたいに。
「せいぜい悩め。なやめんのは今のうちだけだよ。そのうちそんなこともどうでもよくなるくらい好きすぎておかしくなっちゃうから」
「嬉しくありません先輩…!」
こうやって後輩を弄るのは楽しかったんだけどねぇ?そろそろやめとこう。待ってるヤツの嫉妬で殺されかねない。実力的にはひよっこでも、愛の力ってのは恐ろしいからな。
「じゃ、ま。がんばんなさいね」
「ちょっと!先輩!」
相談には十分に乗ってやった。後は一人で頑張れよと心の中で呟いて、家路を急いだ。
待っていてくれるひとに、今日も愛の言葉を囁くために。


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適当。
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