大晦日(適当)


「今がチャンスだと思うんだよねぇ」
 晩飯の献立に悩む主婦みたいに頬杖ついた六代目火影こと、凄腕上忍元コピー忍者はたけカカシ…カカシさんにそう言われたとき、まさかカカシさんも今日のスーパー木の葉のタイムセールにチャレンジする気なのかと息を呑んだ。
 その手に握られたチラシに見覚えがあったからだ。激安と分かりやすく真っ赤な文字で描かれたそのチラシには、確かにその言葉にふさわしい度肝を抜くお買い得商品ばかりが並んでいる。
 だがしかし…正月のタイムセール会場は地獄に等しい。そしてスーパー木の葉は中でも最も過酷との呼び声の高いところだ。
値引率と商品の質ともに最高位にあるだけあって、目ざとい忍たちの格好のターゲットとなっている。要するにみんなどうでもいいことに本気になりすぎるんだよなぁ…。金に困ってるって訳じゃなくて、ノリで参加する上忍連中もいるらしい。
そうなるのも分かる。はっきり言って、下手な戦場と比べたらスーパー木の葉のタイムセールの方が危険だと断言できる。何も知らずにいつも通りに買い物に行って、ズタボロにされたことがあるからな…。トラップ・術・階級をちらつかせての恫喝なんかは一応禁止されているとはいえ、本気になった忍は生身でも一般的な刃物よりよっぽど切れ味がいい。そして何より特売商品を前にしたおばちゃんという人種は遠慮がなく、それが集団ともなれば普段適当に買い物してるだけの俺なんか敵うはずもない。
 一応手に取った商品を奪ったり暴力なんかを振るえば速攻で追い出されることになってるんだが、商品に手を伸ばした瞬間尻からぶつかられて吹っ飛んだ過去を思い出すだけで涙がでそうだ。あの情けなさ。そして睥睨するおばちゃんの殺気に満ちた笑顔。どれもこれもしっかり俺の心に深い傷を残している。
ちらほら見える上忍連中も、すさまじかった。もちろん物見遊山できたのか飛び込んであっさりはじき返されてるようなのもいるが、ガイ先生みたいにすばらしい体捌きでカレーの材料を買い揃えてる人や、アスマ先生みたいに気迫だけで酒のつまみを手に入れる人もいて、その人たちとおばちゃんとのやり取りに巻き込まれたら最後、両方から攻撃を受けちまうから、店内は地獄絵図と化すわけだ。
普段のつもりで行けば比喩でなく命を奪われかねないと思う。現に、しっかり御節まではやらないまでも、せめてかまぼこくらいでもあればいいかな程度だったってのに、それを手に入れるまでに何回も地を這う羽目になったからな…。おまけにうっかり雰囲気に飲まれ、安いなってことで手に取っちまった惣菜の類が袋いっぱいにつまっていて、そういう意味でもムキになる己の性格と、特売の魔力に震え上がった。
 そして今年の俺はといえば何かと六代目火影に着任に伴う仕事に終われつづけて正月の準備に取り掛かれるはずもなく、スーパー木の葉で一式死ぬ気でそろえるか、鏡餅だけでもコンビニで買い込むか迷っていたところだ。
 何が買えるかが年の終わりの運試しになるとかなんとか、無責任なうわさが広がったおかげで、抗争は激化するばかりで、元忍の従業員だけじゃなく今年からはそういえば正式に店内警備の依頼がでたとか。
 今年もあの戦場に足を運ぶべきか…そう悩んでいたところにこの発言。…いや、まさかな。でもちょっと待てよ?
 火影=里最強の忍=買い物だって簡単
 いやいやいや。ちょっとまて。うみのイルカ。この人は里を統べる火影。スーパーで買い物なんて…まあしてるよな…。この間も執務室に詰めて何日目かわからない徹夜明けの朝を迎えた俺に振舞われたカップラーメン。あれが入っていたのは間違いなくスーパー木の葉の黄色いビニール袋だった。黄色いから生ごみを入れてもカラスに食べられにくいのよって、隣で袋詰めしてたおばちゃんに力説されたし、でっかく赤い文字で激安特売約束しますあなたの生活とか、派手な売り文句の袋を使うのはあの店くらいのもんだろう。
 かまぼこ…できれば伊達巻。酒はいいのをこの間貰ったばっかりだ。執務室から出られない俺に六代目が直々に下さった美味いと評判の上等な酒。新年にぴったりだろう。
 そばはカップラーメンでもいい。一楽に行きたいのは山々だが、いつになったらこの書類の山が消えてくれるのか分からないからな。
 執務室の隣の仮眠室は、もはや俺とカカシさん…じゃねぇ六代目の巣と化している。
 その部屋まで決済済みだが整理しきれていない書類でいっぱいってのが笑えないけどなぁ。三代目は書類仕事得意だったけど、五代目は仕事より博打の人で溜め込む方だった上に、譲位するって決めてからはどうやらたっぷり1年分は書類を処理しないまま放っておいたんじゃないかって気がする。急ぎのだけ片付けて、六代目に就任させるための決済に追われてたって主張は全部がうそじゃないんだろうが、絶対面倒で溜め込んだんだと思う。それを証拠に残務処理を手伝う気なんかさらさらないみたいで、嬉々として賭け事と新しい医療忍術の開発にいそしんでいらっしゃるからな…。
 五代目は時々急な呼び出しをしてくれて、その度にこれに似た状況で缶詰にされたからわかるんだ。あの人は俺たち事務処理要因を確保した後、だいたい賭博場に逃げちまう人だったんだから間違えようもない。  今日がんばればなんとかなる、よな?仮眠室には小さなキッチンもある。炊飯器で飯でも炊いて、それでつまみと酒があれば…。
「ね、イルカ先生」
「は、い」
 この人にはどうせ逆らえないんだ。六代目だからとかじゃなくて、頼まれたら断りにくい雰囲気の人っているじゃないか。薄幸そうって言ったら怒られそうだけど、なんとかしてしまいたくなる人なんだ。この人は。
 …ならば、今年あの戦場に出向くというなら…徹夜明けのクマだらけの疲れきった体であろうが、手伝うことを厭うつもりはない。
 手が汗で滑る。ああこの書類を早く片付けなきゃいけないのに。
「…どうしたの?緊張してる?」
「え、あ、いいえ!大丈夫です!」
 心配してもらえるのは嬉しいが、心臓に悪い。笑顔がまぶしいなんて陳腐な言葉を、身をもって感じたのはこの人が始めてだ。
 いいから早く言ってくれ。覚悟を決めるなら早い方がいい。それからあそこに行くならせめて兵糧丸でも口に放り込んでおかないと、この体調じゃ生きて出てこられないかもしれない。
「一緒に年越ししませんか?二人で」
「え?ああかまいませんよ?隣の部屋の書類整理ももうちょっとで全部運び出せそうですし」
この後の段取りを考えていた俺の頭を、続く言葉が真っ白にした。
「そーね。あの部屋きれいにしないと、キスもできない」
「へ?」
「いや?」
「いえ。あの部屋をきれいにするのはやぶさかじゃないんですが、キス?」
 てんぷら…は、この人嫌いだったよな?いったいどうしたってんだ。女連れ込むのに二人っきりって単語は違うだろう。
「や、進んでいいなら全部欲しいですよ?もちろん」
「…何が?」
「えーっと。まあ気づいてないんだろうなと思ってたけど、あなたですあなた。イルカ先生が欲しいの」
「え?」
 俺が欲しい…キス…全部…いやいやいや。おかしい。つながらない。つながるはずがない。俺は男で、確かにこの人のことは気に入ってるが、そういう意味でみたことはなかった。はずだ。
 お互い眠気と戦いながら仮眠室で風呂入って、二人そろってパンツ一丁で寝つぶれたことだってあったぞ?普通だろ。普通の関係だ。ベッドが広いのと書類まみれだから一緒に寝てただけの話だ。
「他の人は別の仮眠室で寝てるのに、イルカ先生とだけ一緒に寝てたでしょ?」
「そ、そう、ですね」
 そういえば他の連中はめったにこの部屋には入ってこない。入ってこないがしかし。
「くっついて色々しちゃってたのも気づいてないの?」
「いっ色々…!?」
 なんかされてたのか。普通に着替えとか一緒にしてたぞ。いつになったらおわるんでしょうねって毎朝乾いた笑いを浮かべつつ、飯だって食ってた。
 色々って…本気で気配消した上忍になにかされたら、気づけない自信がありすぎる。何せ相手は里最強。敵うわけがないだろう。思い当たることはないかと記憶をさかのぼってみても、来る日も来る日も書類と戦っていた記憶しか蘇ってくれず、思い出すだけで気分が落ち込んできた。
 俺、何日家に帰ってないんだろう…。
「一緒に食べるとカップラーメンでもおいしいの」
「うっそれは、俺もですが」
 落ち込んだ隙を突くように言葉が降ってくる。そうだよな。誰かと一緒に食う飯は美味いよな。もちろん味と中身も大事だけど、誰と一緒に食うかってのは、飯を美味くするか不味くするかを決める重要な要素の一つではあるだろう
。  いや、でもだな。
「今、買い物に行ってもらってるの」
「え!?無事ですか!そこ戦場より…!ってか誰ですか!」
 そうか。それでチラシ見てたのか。生きてて欲しいが、あそこは暗部とか上忍とか関係なく、いかに図太くおばちゃんたちを蹴散らせるかにかかってるんだぞ?無事でいるだろうか。
「あ、ここは危ないって前にイルカ先生に聞いてたから、別の店にしたよ」
「あ、そうですか!そりゃ良かった!」
 見知らぬ忍の死因になるところだった…!恐ろしい。
だが胸を撫で下ろしたくても、上目遣いでじぃっと見つめてくるのがいるからそんな余裕もない。
「えーっとね。で、だめ?」
「いえ、駄目な訳がないですが、俺、は、その」
「怖い?じゃ、とりあえずチューまでかな」
 怖いとか怖くないとかじゃなくて、そういうことは相手を選べと言ってやりたい。いっそここから逃げ出したいくらいなのに、扉までの道も書類の海だ。そして追っ手は火影。どうしたって逃げきれないに決まってる。
「…飯までです。新年ぐらい酒飲んだってかまいませんよね?」
「もちろん!」
 そのいつになく明るい笑顔。どうも嵌められた気がしてならない。最初にふっかけとけば、飯は逃げられないだろう的なアレだ。
 …だがとにかく、飯は食えるし酒の飲める。それも多分上等なヤツを。
「その前に!ここの書類を全部片付けてからですよ!」
「りょーかい」
 この拷問のような書類仕事を、いっそ終わらなくていいと思ったのは初めてかもしれない。いつになく六代目が書類を捌く手が早いのは気のせいだろうか。
「今日中に絶対終わりませんよこれ…」
「いーえ。終わらせます。絶対にね」
 言葉通りにどんどん低くなっていく書類と、それに反比例するように高まる不安と戦いつつ、新しい年がどうやら穏やかになってくれそうもない予感に、少しだけ涙しておいた。



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適当。
りはびり。

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