いつくしまれるひと(適当)



あの中忍、また無理してる。
歩くときに隠してるつもりだろうけど片足を引きずってるし、手首から覗く包帯からして、また怪我をしたに違いない。
子どもに囲まれているせいで生傷が多いってのもあるんだろう。元々職業柄生傷は絶えなくてもおかしくはない。
やんちゃなクソガキ共が派手な悪戯をしでかしたときや、術が暴発したときも体で庇い、ついでに仲間になにかあれば仕事を変わってやることだってしょっちゅうだ。
任務でもなにかと仲間を庇って怪我をして…でもどうしてか誰にも悟られないように隠す。
そもそも最初の切っ掛けは妙にのたのたと歩いていたのをみたことだった。
変な歩き方をしているから、まさか術にでもかけられてるんじゃないかと警戒した。
所が追いかけてきたらしい男に会えば笑顔で会話し励ましすらした。そしていなくなってからまたのたのたと歩き出し…完全に気配を消して近くに寄ってみれば、大分薄いが明らかな血の匂いを漂わせていた。
妙に歩みが遅かった理由はこれか。
しかも新しい血の匂いがするってことは、かなり深い。まだ血が止まりきっていないってことだ。
何か裏でもあるのかとあの中忍のことを調べる気になったのはホンの気まぐれにすぎなかった。
所属はアカデミー。怪我は昨日までついていた任務で負ったものということはすぐにわかった。
…元生徒を庇ったと記録にはあった。後を追ってきたあの男がそれだということも。
ちょっと甘やかしすぎなんじゃないの?あんなに怪我してるならちゃんと休まなきゃだめなのに。
そう思ったらついつい気になって、里にいるときはあの人のことをみるようになった。
ときどき、ごくたまにだが酷くつらそうな顔をすることはあっても、それは怪我をしたときや誰かの代わりに働いてるときじゃなくて、たった一人で夜道を歩いている時のほうが多かった。
倒れるんじゃないかとこっちがはらはらしてるってのに、本人はにこにこ笑って普段通りに振舞って見せるのだから恐れ入る。ついでに腹も立つ。
九尾の子どもを慈しんでいるのだと、調べているうちに知った。
この人はあんなに厄介な代物に対しても、懐に入れてしまえば捨てられない。いやむしろ全力で守ろうとする。
腕はいい方だとしても、この人は中忍なのに。
そうして心配が講じて日々護衛代わりの犬をつけるようになり、見守り続けているうちに最近はそれだけじゃ我慢できなくなりつつあった。
だってねぇ。泣くのは部屋に篭ってひとりっきりのときだけなんだもん。
それも、仲間を失ったときだけ。
辛いことがあっても顔に出さないようにしてるというのは、怪我だけじゃなかったらしい。
見てて辛そうで、こっちまで苦しくて胸が痛くなる。そんなの、慰めてあげてくなるじゃない。
そういうときに忍だってのに酔っ払って歩けなくなるほど飲むのも最近知った。
あまりの酩酊具合にこれだけ酔っていたら俺がだれかもわかるまいと、電信柱に背を預けてぼんやりしてるのをついつい助け起こしたまでは良かったんだ。
「ああ、疲れた顔してますね」
「そうですかね。それよりこんなとこで寝ちゃ駄目ですよ?風邪引いちゃうじゃない」
確かに任務帰りだが、顔なんてちゃんと見えてるかどうかも怪しい。
手も顔も熱く、どれだけ飲んだのやら漂う酒気はむせそうになるほどで、鼻のいい自分には少々キツイものがあった。
「そうですか。いいからほらこっち」
「へ?」
酔っ払いの言うことはよくわからないが、酔っ払うこと自体が珍しいからつい反応が遅れた。
「おつかれさま」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、子どもたちに向けているまぶしいまでの笑顔を向けられて…頭までくしゃくしゃと撫でられた。
酒に酔って寝ぼけてる。それはわかってるんだけど。
「ああもうどうしよう」
鼓動がうるさい。酒の匂い程度でどうにかなるほどやわじゃないはずなのに、名諦観にも似た何かが這い上がってきてくらくらする。
弱くて危なっかしいくせになんなのよ。もう。
「がんばったんだな。かえってはやく、ねな…さ…」
「それはアンタの方でしょうが」
そう返したときにはとっくに眠りの世界に入っていた男を担ぎ上げ、家にまで送り届けて布団に放り込むまでが長かった。
全速力で走ってるはずなのに、背中の体温にどうにかなりそうで、落ち着かなくて。
…後日、ぽろっとそれを零したら、部下に死ぬほど驚かれた。
「先輩が恋するなんておどろきました」
そんな失礼な台詞とともに根掘り葉掘り聞き出そうとするのを煙に巻き、適当に誤魔化して…それからの行動は早かった。
そうか。あの人に惚れたのか。
自覚してみれば道理で気になって仕方がないはずだ。
色恋沙汰なんて良く考えてみれば経験したことがないから気づかなかった。
あとくされのない女と適当に処理しあえればそれでよかったから、こんな風に冷静でいられなくなるのはある意味新鮮だ。
里へ帰る足取りは驚くほど軽く、そうと分かれば逃さないとばかりにあの人の気配を追いかけた先で。
あの人はよりによってまた道端で酔っ払って倒れていた。
「どうしたの?」
犬からは教え子が犠牲になったときいていた。
だから泣いていた理由は分かる。…この人は失う事が辛いんだ。
「うえぇえぇえ…!」
泣き出すから流石に驚いたけど、あの時してもらったことを思い出して撫でてみた。
嬉しそうに笑み崩れるからそれが心臓を直撃して、一瞬倒れこみそうになったが、縋りつく腕のおかげでなんとか耐え切った。
「かあちゃん…」
…うーん。やっぱり正気じゃないみたいだけどまあいっか。
そうして抱き上げて家に送るか迷い、結局俺の家に連れ帰った。
下心があったことは否定しない。男なら好きだと思ったら欲しくなるのが普通でしょ?
それができなかったのは、一度寝付いたはずの酔っ払いがベッドに落とすなりしゃべりだして、それが予想外にかわいすぎたからっていうか。
「あのね。かあちゃん。今日ね、俺が教えてた子がさ、」
「うん」
「…守れなかった」
「でも、同じ任務じゃなかったんだし」
「もっとつよくなるんだ。なにがあっても父ちゃんと母ちゃんみたいにいつも笑って…」
「うん」
「あとらーめん食うんだ。またみんなで」
「らーめんね。野菜も食べてね?」
「うん。そっちに、いったら…じゃこはいった卵焼きと、だいこんおろしならいっぱいたべる」
「そ?」
幸いその材料ならそろっている。料理は趣味というより実益で、潜入時にも欠かせないから一通り覚えてある。
朝用意して置いてあげよう。多分また禄に食べずに酒飲んでたんだろうから。
「…おやすみ」
「うん。おやすみ」
酔っ払いの支離滅裂さすらかわいいと思うのは、これが恋だからだろうか。
「甘やかしてとろっとろにしちゃおっと」
独り占めして大事にして、めろめろしようと思いながら、まず手始めに抱きしめてねむることにした。
それから翌朝思う様驚くかわいい人を胃袋から落とすことに成功した。
正直に言えばおあつらえ向きにベッドで寝ている姿にむらむらして、食っちゃおうか迷ったんだが、幸いふところにはいれたようだから気長に待つと決めた。
この人は懐にはいったいきものをみすてられない。
なら、気長にいったほうがいいよねぇ?
「あ、あの、カカシさん」
「なぁに?」
落ちてくるまでもう少し。きっとかわいらしく一生懸命に愛の言葉を告げてくれるだろう。
お気に入りの卵焼きを食卓に並べながら、にんまりと笑っておいた。


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適当。
ひろったひと。
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