いつくしむひと(適当)



「どうしたの?」
泣き出してしまったのは、まるでかあちゃんみたいに聞かれたからだ。
優しくてあったかい声。優しい手。
だからそう、その、思わず。
「うえぇえぇえ…!」
縋りついた上にみっともなく泣き出した俺にも、その人は優しかった。
路地裏に転がってた人間に声をかける時点ですごいが、その上ぐでんぐでんに酔っ払って酒臭かったっていうのにその人はわざわざ撫でてくれさえした。
「あーほら、泣かない泣かない。んー?ほっとけないし、うちでいい?」
「うち、かえる!」
母ちゃんが迎えに来てくれたんだと錯覚していた俺は、それはもう嬉しくて溜まらなくて縋りついたまま笑顔全開で我侭を言った。
そしてその人はしょうがないなぁって顔をしたんだ。
呆れては勿論いたけど、かわいくてたまらないって顔で。
「うん。帰ろうね」
「へへ!うん!」
ぎゅうっと抱きしめられて、しかも抱き上げられた。
自分がとっくに成人した大人だってことを忘れていた俺は気づきもしなかったが相当重かっただろうな。
下手すると相手の方が軽い。
「予想外だけどついてる」
その言葉の意味なんて当然理解することもなく、俺はただ久しぶりに全力で甘えられる腕に懐いたまま、眠りの世界に旅立ったのだった。
*****
「あら、起きた」
「ふぇ?はれ?どちらさまで?」
知らない顔だ。銀色の頭は…見覚えがあるようなないような。
すっかり酒に飲まれてぐちゃぐちゃになっていた頭は、どうやらまだ正常とは言いがたいらしい。
こんなんじゃ忍失格だと肩を落としつつ、男の答えを待った。
「んー?保護者?」
「ええ!?それは申し訳ないことを…!本当にすみません…!」
生徒の親を全員把握してる訳じゃないが、こうして…今見てみれば家にまで上げて保護してくれたらしい。何やってんだ俺は…!
「んーん。だってほら。母ちゃんって言ってくれたでしょ?」
にこっと笑ってくれた笑顔は胸が締め付けられるほど慈愛に満ち溢れていたが、かあちゃん…かあちゃんって…俺が!?
「わー!?すみませんすみません!よっぱらってたんです!ご迷惑をおかけして本当に…!」
「はいストーップ。ごはん食べるでしょ?」
「へ?あ、あの。これ以上ご迷惑をおかけするわけには…!」
「えー?折角作ったんだから食べてよ?」
ちょっと拗ねたようにいうから二の句が告げなくて、漂ってくるいいにおいに胃袋の返事のほうが早かった。
ぐぅぅううっとみっともなくも大きな音を響かせた腹をとっさに押さえてみたものの、それで収まる訳もなく、くすくす笑われながら腕を引かれて食卓に着かされていた。
「はい。どーぞ」
「い、いただきます…!」
こうなりゃやけだと思ったら、朝飯が、母ちゃんの作ってくれたあの朝飯がそこにあった。
「たまごにじゃこ入れといたから。大根おろしはたっぷりが好きなんでしょ」
コトンと置かれた器にはたっぷりの大根おろしが盛られている。
…俺は何をこの人に語りまくっちゃったんだろうか。他のおかずもかつての大好物ばかりのようなんだが。
「う、はい」
「たくさんたべてねー?」
しゃもじ片手に微笑む姿は母そのもので、もうなんていうかだな。
輝いて見えたんだよ。後光のように。
「はい!」
飯は美味くてついついお代わりもして、それからお詫びっていうなら遊びに着なさいって言われて、それがまた母ちゃんみただったからつい頷いてしまって。
そこからはもう転がり落ちるように、この人の家に居つくようになってしまった。
食費も光熱費も要らないといわれてもソコは譲れなくて、一応受け取ってもらっている。貯金しとくからって言われると母ちゃんもきっとそう言うだろうなって涙ぐんだりもしてる。
居心地の良すぎるこの空間。どうしたらいいんだろう。俺は。
こんなの迷惑に決まってると思うのに、そのまなざしや温かさがほしくてついついここに帰ってきてしまう。
いつのまにか中忍寮も解約されて住所変更届も出ていてて、それでこの人が上忍だって知ったんだが、どうしてこんなことになってるんだろう。
「あのう。どうしてこんなに良くしてくださるんですか?」
恐る恐るそれを聞いたその日、体で答えを知った。
「んー?じゃ、この関係じゃ不安みたいだし、ちょっと先に進んでみますか?」
いつもと少し違う笑顔に不思議そうな顔をしてたんだと思う。
「かわいいなぁ。…ま、ずっといっしょにいたいから、こういうのも必要でしょ?」
そうして温かい手が熱くなることも、やさしいだけじゃないことも、快感というのは時に苦痛にもなるということをたっぷりと体験する羽目になったのだ。
「拾ったんだからうちの子です」
まあちょっと前から狙ってたことは否定しませんが。
そういって笑う人はやっぱり優しくて温かくて、そうか。これが無償の愛ってヤツなんだろうか。
俺も同じだけ返せているといい。
…ああして聞いたのは、俺がこの人に惚れていたんだってことに気付いたからだったんだし。
「俺も!がんばりますね!」
「ん。たのしみにしてますね?」
そう言って伸ばされた手にまたさんざんっぱら喘がされる羽目になった。そっちの意味じゃないです!
翌日すっかり腰が立たなくなった俺を、やっぱりいつも通り、いやいつも以上に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
母ちゃん。俺は最高の伴侶をもらったかもしれません。
父ちゃん。男らしくプロポーズする勇気を貰いに、今度慰霊碑に行きたいと思います。
「かかしさんに、ちゃんとすきって…」
抗いがたい眠りの波が襲ってくる。酷使された体が限界を訴えた結果だ。
でも、あの人に、ちゃんと。
「おやすみ。…やーっと気付いてくれたみだいだから、楽しみにしてるからねー?」
ふわふわしたものとあったかいものが頬に触れて離れていった。
「へへ…かかしさん」
「母ちゃんじゃなくなったから、これでやっと完全勝利?」
愛しい人の言葉はもう理解できないほど眠かったけど、その声を聞きながら眠れる幸福に俺は密かに感謝したのだった。

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適当。
ひろわれたひと視点。つぎはひろったひと?
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