駿馬、遅牛(適当)

真夜中に目が覚めて、父ちゃんも母ちゃんもいなくて、そういえば二人とも任務だったんだって思いだして、もう一回寝なきゃって思うのに眠れなくてどうしようかと思っていたところだった。
玄関から結界が解除される音と、豪快にドアを開ける音とが殆ど同時に聞こえた。
足音がでっかいし、荷物を置くドサって音もした。母ちゃんはもっと気配が薄いから多分。
「父ちゃん?」
「お?どうしたイルカ?こんな時間に起きてちゃ駄目だろう」
ひょっこりと顔を覗かせた父ちゃんはあいかわらず髭が立派で、そんなことを言いながら嬉しそうに俺を軽々と抱き上げてくれた。
随分でっかくなったのになぁ。それにどうしてだろう?任務帰りなのに汚れていない。
まあなんでもいいや。父ちゃんにこうやってしてもらうの、随分久しぶりな気がする。
いつか父ちゃんみたいに立派な男になって、母ちゃんみたいな綺麗で優しくて強い人を嫁さんに貰うのが俺の夢だ。
それはもう半分くらい叶ってるんだけどな。
そうだ、父ちゃんに報告しとかないと。
「あのさ、父ちゃん。俺、結婚したい人ができたんだ!」
「な、なんだと!?く…ッ!どこぞの馬の骨にうちのかわいいイルカが…!」
…うーん。俺がらーめんやのおっちゃんと結婚したいって言ったときと、あと三代目をお嫁さんにしたいって言ったときと同じ反応だ。
母ちゃんがいればなー。すごい勢いで突っ込みっていうか物理的制裁で正気に戻してくれるんだけど。
母ちゃんはのんびりだけどやるときはやる人だし、父ちゃん、おっちょこちょいでせっかちだからなー。
もうちょっとしたら帰ってくるだろう。それまでちょっとくらい興奮してても平気だ。
抱っこしたまま泣かれるとちょっとかわいそうに思えてくるんだけど、俺ももう随分あの頃よりでっかくなったし、好きって気持ちの意味もわかっている。
だから、認めてもらいたいんだ。他の誰よりも父ちゃんと母ちゃんに。
「かっこいいんだよ。父ちゃんとは違ったタイプだけど、どっちかって言うと母ちゃんかなぁ。あとさ、優しい。寂しがりやで頑張りやで、あと凄い美人なんだ」
「…面食い、か…。そんなところまで遺伝することはないだろうに…」
地を這うような低い声で毒づく父ちゃんの頭をなでてみる。前はどんなに頑張っても俺の手が小さすぎてくしゃくしゃにすることしかできなかったけど、今はもうしっかりなでる事が出来る。そういえば母ちゃんは凄い美人だもんな。
俺も、成長したもんだ。
「まあスケベだけどな。爺ちゃんほどじゃないし、それに強くて、人の痛みもわかりすぎちゃうし、あと後向きなんだよなぁ。ずっと側にいて、守りたいんだ」
「すけべ…痴女!?いっそ切って捨てて…!?」
「あ、うん。それでさ、謝りたいのはカカシさんは男だから子どもは無理かも」
「なんだと!うちの息子にどこの馬の骨が不埒なマネをしくさりおって!今すぐ案内しろ!むしろここに連れて来い!そっ首掻き切って、海の藻屑にしてくれるわ!」
あ、ヤバイ。怒らせちゃった。うーん。どうしようか。ここで大喧嘩してもいいんだけど、それでもぎゅうぎゅう抱き締めてくれる父ちゃんが、俺を心配してくれてるんだってわかってるだけにやり辛い。
「あなた。落ち着きなさいね?」
「ふぐっ!」
「母ちゃん!」
なんていいタイミングなんだ!あっさり父ちゃんが床に沈んで…うん。相変わらず強いなぁ。母ちゃんは。
「ただいま。イルカ」
「うぅぅ…!イルカ…!父ちゃんは許さんぞ…!」
呻きながらそれでも母ちゃんに容赦なく踏みつけられたまま動けないでいるのをみると、ちょっとだけかわいそうにも思えるんだけど、このままほっといたら里中破壊してまわりそうだもんな。
膠着した事態を打開してくれたのは、やっぱりいつも通り母ちゃんだった。
「イルカの顔、見えないの?こんなに幸せそうにしてるじゃない。ね?」
その一言だけで父ちゃんのつりあがった眉が下がり、血走った目が潤んでポロリと涙を零した。
「…本気、なんだな…。近所の犬連れ込んで結婚するって言い出したときとは、もう違うのか…ついに…うぅ…!」
「もう。しょうがない人ねぇ?イルカ。幸せになりなさいね?来年でもいいから会えるといいんだけど」
「母ちゃん、来年?え?」
開けっ放しの玄関の向こうに、不恰好なきゅうりと茄子に楊枝を挿したモノが転がっている。それもばかでっかいのが。
「そうだそうだ。来年はもうちょっとまともな馬を作らせろよ?それと、首を洗って待っていろと伝えろ!イルカを手に入れる器量があるかどうか、みっちり確かめてくれるわ!」
「うふふ。私も会えるのを楽しみにしてるわね?ありがとう。イルカ」
輪郭がぼやけて二人が消えて行く。
なんで、どうして。
「またね?」
「イルカー!どうしても困ったらいつでもどこでも父ちゃんをだな…!ええい!送り火までに戻ってきたら縛り上げてでも…!」
ふわりと光に溶けて行く二人を、呆然と見送ってから気付いた。
そうだ。二人ともとっくの昔に俺を置いて行ってしまった。
「父ちゃん、母ちゃん」
きゅうりもナスも、今年はカカシさんが作ってくれた。一緒に迎え火も炊きたかったけど、任務で間に合わなくて。
「相変わらず、元気そうだったな」
いや、もう元気も何もないはずだけど、なんだかそれがおかしくてひとしきり笑ってしまった。
「父ちゃん。俺は幸せだよ。母ちゃん、来年はかっこいい人だから自慢させてくれよな」
きゅうりも茄子も、元の大きさに戻って転がっている。
何も見えない空間に呟いたら、誰かが頭をなでてくれたような気がした。

 

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適当。
あつい。

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