泥濘(適当)



「ねぇ。いいの?」
赤い唇がつぅっと釣りあがると、どこか現実味が失せる。
このイキモノの造形が整いすぎているせいだろうか。
「さあ。どうでしょう?」
いいの?なんて。
それを決めるのは俺じゃないだろう。
「好きだねぇ?」
「…さあ、どうでしょう」
答えなどどうせ求めちゃいない。
この男が欲しがるものなんて決まっている。
壊される前にベストを脱いだ。また支給品請求願いに長ったらしいウソの理由を書き付けるのは御免こうむる。
やることやるだけなら下だけでいいだろうに、脱がせることに固執する理由がわからない。
女ならまだ分かる。
あの己にないやわらかさや華奢な体は本能に訴えてくるから。庇護欲と共に手に入れたいと望むのは当然だ。
そんな女たちが頼みもしないのに寄ってくるような男が、どうして俺なんかにちょっかいを出そうとするのか。
実際いつだってこの男はどんな女も好きに出来たはずだ。気が向けば手に入れて、飽きればあっさりと切り捨てる。そのくせその地位と美貌のせいか、ぞっとするほどの冷たさで好き勝手されているのをみていたはずの連中が、次こそはと後釜を狙い続けている。
ごつごつした体を前に、ケダモノが目を細める。
戯れに触れるにしても悪趣味だが、この男は真剣に同じ雄の体を欲しがっているのがわかるだけに尚更疑問だ。
どう悩んだところでやられることには変わりがない。
こんな行為は、深く考えたって不毛なだけだ。
「いーい匂い」
うなじに齧りついてすんと鼻をならす様は犬とそう変わらない。
ただ地位も実力もある分だけ、犬よりはずっとタチが悪いというだけで。
悪い犬に噛まれたと思ってって、よく言うじゃないか。それはまさにこの男との関係にぴったり当てはまる。
真剣に相手をしたところで、俺とは違いすぎてお互いに理解なんて出来やしない。
「明日、演習です」
「ふぅん?じゃ、ゴム使う?」
だまって頷いた。
痛みに慣れていない忍なんざありえないが、あの腹が内側から引き攣れるような痛みを味合わないですむならそっちの方がいいに決まっている。
どうせ遊びだ。それも一方的で望んだわけじゃない行為。後に残るモノは少ない方がいい。
黙ってベッドに転がって、何もかもから目を塞いだ。
さっさと終わってくれ。こんな関係も、こんなドロドロした感情も。
体だけはぞっとするほど簡単に熱を上げる。この男がそうしたから。
執念深く俺の周りに寄り付く存在を排除して、アレに近づくなと囁かれるのが日常になってしまった。
抵抗を諦めたのはいつだっただろう。
意外と早かった気がする。抵抗をやめれば飽きるだろうと踏んで、だが調子に乗った男が日常をあっという間に侵食し、飽きる前に己が狂うと理解して、それならとすべてを遮断した。
滴る液体も、それをまとって入り込む他人の指も、意識的に遠ざければ耐えられなくもない。
どうせ良い様にされているうちに訳がわからなくなる。
それがたとえようもなく惨めだとしても。
「…やっぱりやめた」
「え」
やめる。それは今日だけなのか、それともこれからもなのか。
足を割り開いて入ってこようとしていた男が腰を引いたことに、多分俺は死ぬほど驚いていた。
今まで好き勝手人を使ってきた男が、途中でやめたことはない。
期待なのか絶望なのかよくわからない感情がドロドロと胸を満たす。
やっと、飽きたのか。
解放されるのか。
この淀んで濁って元々がなんだったかもわからない感情からも。
「アンタは明日休ませるから」
言い様突っ込まれた。
そうされれば、やめるってのはどういうことなんだと聞くこともできない。
「っあ!なっ、んで!」
「アンタの中に、残れば良いのに」
蹂躙されているのはこっちだっていうのに、何でアンタがそんな顔してるんだ。
いらない。なにも。アンタのことなんて欠片だって。
だってどうせ俺を捨てるじゃないか。しかも最悪の方法で。
好きだとか、愛してるとかいいながら、強引に俺を変えて…先に逝ってしまうくせに。
「…ぃっきらいだ…」
男の背に縋るのは苦痛から逃れるためだと言い聞かせた。
「そ?」
男が笑う理由なんて分からないフリをしたかった。

それでもアンタが好きですよ。

そう囁いた言葉も与えられる熱に溶けて、いっそこのままなにも分からないままでいたいと願った。


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適当。
ありがちでどろどろした話とか。
ご意見ご感想お気軽にどうぞ。

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