とある上忍のけいかく16(適当)


これの続き。



ああ、イルカ先生だ。
久しぶりに会ったっていうのに少しも変わってない。
抱き締めたい。抱き締めて欲しい。触れたい。
あの男の言う通りだ。俺はこの人がそういう意味でも欲しい。そんなことすら考えられないほど飢えていたから改めて考えたことすらなかったけど。
…下手な女に引っかかって、面倒なことになったらと、その手の店に押し込まれたのはついこの間の話だ。
中忍になったらそういう訓練が施されるのは普通の話らしい。俺みたいな年齢で中忍になったヤツは殆どいなかったからとりあえず保留されていたらしいが、父さんがいなくなったら、誰もそれを止めるような人間はいなかったというだけの話だ。
戦場に送り出すために必要ならそれが当然だと。
三代目辺りは反対したのかもしれない。ただその決定を覆すだけの周囲の圧力があったか、隙を見て実行されたのかは分からない。
他の連中が全員そんな目に合ったわけじゃないみたいだから、要するにやっかみ半分と、無視できないだけの戦力になりつつあった俺の存在を重く見たというのが真相だろう。
“あの男の息子だから“
いつか里を裏切るかもしれないと、真しやかに噂され続けている。
何をしても裏切り者の息子だと糾弾される。
里全体が狂ったように、戦うことだけを重要視していて、任務を果たさずに仲間を守ったことが、最低の罪のように語られる。
戦って戦績を積めば積むほど、賞賛よりとだけじゃなく、その手のことを声高に叫ぶ連中ばかりが増えて鬱陶しかった。
…やり方は知っていた。戦場に出れば嫌でもその手の光景を目にする。トチ狂って襲ってきた連中は返り討ちにしてやったけど、裏切り者に触れるのも嫌だと騒ぐ連中も多くて、わざわざ半殺しにされに来るような馬鹿はさほど多くなかったのは幸いか。
当然中に出すなんてヘマもしてない。女に渡された避妊具も信用できなかったから、手持ちを使った。渡されたときは使うつもりなんてなかったけど、支給品にこんなものが入ってるって時点で戦場がどれだけ程度の低い連中が集まってるかってことの証明だ。
女を適当にあしらえたのは、父さんに粉をかけてきた連中の手管で学んでいたおかげだと、喜んでおくべきだっただろうか。
上に乗って喘ぐ女に思ったことは、あの人もこんな風に誰かと寝たんだろうかってことくらいで、何の感慨もなく行為を終えた。
…思い出すのはあの人のことばかりで、欲が溜まればそれは全てあの人に向かった。興奮する理由なんてどうでも良くて、あの人のことを思うのは適当に処理するときだけじゃなかった違和感も疑問も感じていなかった。
泣きながら抱き締めてくれた人は、こんな不埒な思いにも気付いていないだろう。
我慢できなくて飛びついて、いつの間にか随分と自分の頭の位置が高くなっていたことに気がついた。
もう3年、いや4年か?
それだけの時間、この人の側にいられなかったんだ。俺は。
もはやあの男に対する感情は憎悪に近い。この人だけだと全身の細胞一つ一つが訴えてくるのに…今回もまたいつ引き離されるか分からない。
「ふぃー!食った食った!」
にこにこしながらどんぶりを置いて、無意識なのか俺の頭をなでてくれる。ここに帰ってきてからずっとどこかに触りたがるし、さっきなんて手も繋いでくれた。
そんなことされたら、俺がいなくなって寂しかったんじゃないかとか、期待したくなる。
父さんみたいで、母さんみたいで、でもその誰とも違う優しい瞳。
子ども好きなんだろうなっていうのは、前から分かってたけど、その中にトクベツな何かを探してしまうのは罪だろうか?
ま、どうもいない間に他にもガキ…それも俺と似たような年のを構ってたみたいだから、あるかなしかの可能性に期待するよりそっちをなんとかしないとね。
…側にいない間にソイツにこの人の懐を明け渡すことになりかねない。そんなの許せる訳ないでしょ?
「おいしかったね」
ラーメンなんて、そういえば前に食べたのはいつだっただろう?思い出せない。
誰かと一緒にこうやって笑いながら食事したのなんて、イルカ先生に始めて会ったときくらいだ。
たくさん触ってもらえるのは嬉しい。もっと側にいたい。
あまり年齢が変わったように見えない。離れている間にこの人の時間はどれくらい流れたんだろうか。あの男からそれを聞き出せないだろうから、どこかで確かめなければ。
「へへ!そうだろそうだろ!また来ような!」
「うん」
大切な約束ができた。
何度引き離されてもいつかこの人が手に入るなら、俺はきっとなんだって出来る。
「おう!坊主!いい食いっぷりだったな!先生も!デザートの杏仁豆腐!お待ち!」
威勢のいい店主がトンとカウンターにぷるぷるしたものをおいた。なるほど。これか。
いつだったか、とろっとろで美味いんだぞって力説してた。今もほっぺたが緩んでるから、よっぽど好きなんだろう。
「イルカ先生。一緒に食べて?」
器を寄せるとコトンと涼やかな音を立てる。その衝撃でぷるんと揺れた白い物を、じいっとみてたのはすぐにわかった。
「え?いや、遠慮しなくていいんだぞ?」
「お腹いっぱいだから。でも美味しそうだし、残すのもったいないなぁって。駄目?」
「そ、そういうことなら!もったいないもんな!」
そういいながらスプーンを手にとって、当然のように俺に渡してくれる。先に食えとその目がいうから、一口だけ口に入れた。ひんやりしていてぷるんとしてて、それなのにもちもちした食感のそれは、予想外においしかった。
元々甘い物は苦手だ。持ち帰ったお土産を食べる人がいなくなっていたときから、任務上で必要なとき以外、一切口にしていない。
イルカ先生がいっしょだからだ。きっと。食べても気持ち悪くならないし、素直に美味しいと思える。
「じゃ、俺も。うん!やっぱり美味いよな!」
「うん」
かわいいなぁなんて、そんなことを思ってることがばれたら怒りそうだけど。怒っていてもきっとかわいいんだろうな。
なんていうかさ、大人なのに純粋すぎるよね。
ここは随分平和にみえる。同じ木の葉だけど、そのせいなのかもしれない。
血の匂いがしない里に違和感を覚えるなんてね。それはずっと父さんが望んでいたことで、きっとなによりも良いことのはずなのに。
…この人は、どれくらい先にいるんだろう。あの男は今のこの人より幾分年上に見えるだけだった気がする。
三忍の一人が寿命を延ばす術を研究していると聞いたけど、もしかしてそのせいなんだろうか。
二人でちょこっとずつ食べて、久しぶりに味のする食事をついつい食べ過ぎてしまった。たくさん食えよって言われると、いくらでも食べられる気がしたのが敗因だろう。
財布から気前良く札束を出していて、思わずそれくらいなら払えるよって言おうとしたけど、店主のおっちゃんがなにかもそもそ言って肩を思いっきり叩かれて、何枚か返してもらってた。
…イルカ先生はこういうところでも好かれているみたいだ。
「ごちそうさまでした!またこような!」
「うん!」
いっしょならここじゃなくてもいいけど、イルカ先生はここがお気に入りみたいだ。
またあの顔が見たい。何日ここにいられるのか分からないけど、今度こそもう少し手を打っておかないとね。
「今日さ、泊まっていくだろ?」
「うん!」
独り占めしたい。帰りたくて帰りたくてたまらなかった場所を。
「そうか!」
絶対に手に入れると決めている。
…嬉しそうに笑ってくれた人の全部を。
それが、あの憎悪すら感じている男の目論見通りなのだとしても。


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適当。
カカチ少年は聞いちゃいませんが、イルカてんてのあまりのはしゃぎっぷりにテウチさんは感涙しながらガンガン食えといってたりして。
これまで心配しまくりんぐティーチャーイルカを何度も見てきているので、ざっくり遠くにいっちゃったかわいい教え子リターンという曖昧な理解をしており、あまりのてんての憔悴具合に心配しまくり、戻ってきたのが嬉しくなりすぎて大半を奢ってくれたという…。
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