濃密なこの気だるさに(適当)


だるい。眠い。重い。
三重苦に苦しんでいる原因はすよすよと平和な寝息を立てている。
幸せそうに笑いながら。
好き勝手やって寝てるんだからそれもそうなんだが、やっぱり腹は立つ。
勝手に人の家を定宿にするなど迷惑極まりない話だ。
それも娼婦の真似事までさせられている。
舐めてだの上に乗ってだの、そんな要望に頷く義理はない。
だが悲しいかな歴然とした階級差と、実力差いうものがある訳で。
…強いられれば抗うことは難しい。
腰がしびれたように感覚が遠い。人に言えないような所は酷使されすぎてひりついている。おまけに後始末もしていないからとろとろと吐き出されたものが滴っている感触まであって、疲れ切っているというのに落ち着いて眠ることもできない。
立ち上がれるなら今すぐにでも風呂で全てを洗い流してしまいたい。
腰が立たない上に男が人を抱きこんで眠っているお陰でそれははたされそうになかったが。
泣き出したいほど酷い状況だ。
望んだわけでも許した訳でもない。
そもそも男は俺に許可など求めたことがない。
ある日やってきて一方的にねじ伏せ、それから当然の顔をして我が家に居座るようになっただけだ。
何が起こったのかわからないうちに全てを奪われ、今のように歩くことも出来ずに潰れる羽目になった。
おまけになれないうちはしょっちゅう熱を出したもんだから、仕事にならないことこの上ない。
恥も外聞も掻き捨てて訴えでようと思ったこともあったが、それには相手が堂々としすぎていた。
任務でもないのに行為を強いるのは当然罪になる。同意がないなんて問題外だ。
とはいえ、それは相手次第でもある。
…何もかも許される存在というものがいるのだ。
素顔も色違いの瞳も、なにもかも隠そうとしなかった男のお陰で、すぐにその正体を知ることが出来た。
訴え出たところで無駄になるということも。
上忍で、しかも暗部上がりらしい。…そして我が家にやってくるときの特徴的な装束からして、むしろ現役で暗部に所属している可能性が高い。
だからと言って唯々諾々と従う気にはなれず、抵抗し、だがかなうはずもなく、あっさりとねじ伏せられた挙句に散々鳴かされて気を遣ってしまう自分が情けなく思えてならなかった。
「おい。起きろ」
腹立ち紛れにつついてみたものの、目を開ける気はないらしい。
起きているイキモノの気配に気づかないはずがない。どうせ起きているんだろうに。
仕事に穴を開けるのは意地でも回避したいから、せめて腹を下さないようにしたい。
それにはコイツが邪魔だ。もう使うだけ使ったんだから、開放してくれてもいいだろうに。
「んんー…」
「ちっ!」
本当は俺だって寝ちまいたいんだよ。こんな状態じゃなければな。
わざとらしく胸元に顔をうずめて擦り付けてきた男を殴ってしまえたら、楽になれるだろうか。
だが全身を抱きくるまれてしまっては、そんなことすら出来ない。
「…なれないねぇ」
その呟きは聞こえないフリをしてやった。
なれてなどたまるものか。こんな男に、まるで所有物のように扱われるなど屈辱以外のなにものでもない。…はずだ。
「朝、風呂はいらねぇと…」
全てが面倒になって目を閉じた。わずらわしいことが起きたら全部夢だったらいいのにと思いながら。
*****
「あ…?」
温かい。自分の好みよりは温度が低いが、心地よいここは…風呂か。
「起きちゃった?中まだきれいにしてないんだけど」
どうやら眠りこんでいるうちに男に運び込まれたらしい。おもちゃ相手にどんな酔狂かしらないが、洗い流す必要があるのは事実だ。逆らう気力もない。
心配そうな風を装うくらいなら、最初から手を出さずにいればいいものを。
「…自分で、します。もういいだろ?出てってくれ」
出すもの出してすっきりしたら、そのまま捨て置いてくれた方がずっといい。
訳のわからないイキモノが居座っていては、たとえ無視をしたとしても落ち着けない。
「ヤダ。…あー…その顔、かわいくないなぁ」
突然何を言い出すのやら。男の顔が可愛いわけがないだろうに。
「…そうですか。見たくないでしょうから出て行ってくださいよ。できればもう二度とこないで頂けると助かるんですがね」
厭味ったらしく言ってやったのに、男は何故かにこりと微笑んだ。
「んー?大丈夫。これからかわいい顔みせてもらうから」
いいざま、人の足を担ぎ上げたと思ったら腰まで掴まれて、ひざの上に乗せられていた。
「なっ!も、もう無理だって!」
「無理じゃない無理じゃない。痛くはないでしょ?」
痛みについては確かに最初の頃ほど酷くはない。
望んだわけじゃないがそういう意味では慣れた。…お陰で翌日が演習でもある程度は耐え切れる程度には。全く持って少しもうれしくないが。
「アンタに俺の都合を分かれってのは無理でしょうが、立てなきゃ仕事ができねぇんだよ!」
突っぱねようとした腕を後ろで纏めて掴まれて、どうやらこれは相当に分が悪い。
いっそ噛み付いてやろうかと睨み付けたが、下肢に宛がわれたものの感触にこの状況が絶望的だということを悟った。
「仕事…仕事ねぇ。でもだめ。したいからする」
「く、ぁあ…!」
ずるりと入り込む異物に苦痛よりも快感を拾うからだが疎ましい。
上忍様に比べたら、アカデミー教師などゴミと変わらないのだろう。
いや便利な道具か。飽きたら捨てられるいくらでも代わりのきく玩具だからこそ、こうして簡単に人の尊厳を踏みにじる。
それがどんなに酷いことか自覚せずに。
「…閉じ込めたいの我慢してるの。だからそんなこといわないで?」
上気した肌、欲情に潤んだ瞳、切なげで哀れっぽい声。
何もかもが理解できない。
「アンタなんか…だいっきらいだ…!」
この台詞をぶつける度に泣きそうな顔をする男に、溜飲が下がるどころか吐き気がするようになったのはいつからだったか。
男の意図など知りたくもない。こんな頭の悪い生き物に同情なんかしたら共倒れするだけだ。
なれてなど、やるものか。意地でも、絶対に。
「イルカ。俺のイルカ」
一方的に決め付ける男と唇を重ねながら涙をこぼした。
すがるように全身をぶつけてくるこの男が哀れだと思うなんて気のせいだと己に言い聞かせながら。


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適当。
意地っ張り二人。
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