握り飯

「ああ、これもだめか。」

独身生活も長くなるとそこそこの諦めと妥協で、なんとか生きていけると分かるもんだが、こういう時はいい加減よめさんが欲しいと思ったりする。

…まあ、つまり炊飯機の中身が色とりどりのカビの巣になっていたんだけど。

急な任務が入って…出かける前に色々処分していきたかったが、装備を整えることを優先した結果、こんな酷い有様だ。

買い置きのパンも当然かびてるし、うっかり出したまま忘れていた佃煮からも怪しげな匂いが漂っている。

任務明けで切羽詰った空腹を何とかしたい時に限って、インスタントラーメンの買い置きすら切れていて…でも、こんな時間に開いている店なんかないのでどうしようもない。

間抜けな音を立てて空っぽの胃が俺に食糧の供給を要求してくるが、俺だって好きでこんな目に合ったんじゃない。

ラーメンだって特売の時に買いだめしようと思っていたのに、丁度その日に任務がぶち当たったってだけだ。

「腹、減ったなぁ…。」

「あらそ、じゃ、食べる?」

握り飯を突きつけられた。家の中で、知らない相手…しかもこの格好…暗部だ!

驚きすぎると声も出ないもんなんだなぁと内心感動しながら、忍の習い性で男から距離を取っていた。

「えーっと。任務ですか?ここ、俺ん家なんで、勝手に入らないで欲しいんですが。」

「飯食おうと思ったら、盛大に腹鳴らしてるからさ。…食べるでしょ?これ。」

鼻先に付きそうなくらい近づけられた握り飯からは、美味そうな匂いが漂ってきている。食いついてしまいたい本能と戦いながら、俺は何とか言い返した。

「いえ、それはアナタのものなので。…俺は適当に何とかしますから、もう寝るので一人にして下さい…!」

言い切るなり無理やり口に押しこまれた。
ナニが入ってるか分からないから吐き出した方がいいとか、一瞬よぎった思考はすぐに途切れた。

…要は、空腹に警戒心が負けた。

だって美味かったんだ!ものすごく!
頬張ると適度な柔らかさで握られたそれから、荒くほぐされたしゃけが出てきて、ソレがまた美味くて…。

夢中で食って、思わず顔をほころばせてたら、不法侵入者に頭をなでられた。

「美味しかった?」

「うっ!…えっと…はい…。ありがとうございます…。」

いたたまれないが、忍としてどうかと思うくらいがっついてしまったので言い訳のしようもない。

そんな俺に、男は面の奥で笑った。
…声が篭っててやけにおっかなく感じる。
握り飯の変わりに何か要求されても、今俺のうちにはカビになっちゃった飯と腐った佃煮しかないんだ!

びくつく俺の肩に男の手がかかって…。

「ねぇ。それ、また今度作ってあげるからさ。」

優しい声で言われた。
…作ってあげる…ってことは、このやたら美味い握り飯はこの暗部のお手製だったのか!
忍としての実力だけでなく、こんな美味い飯作れるなんて…!
羨望と美味い飯の気配に思わず胸が高鳴った。

「あ、あの…?」

ドキドキしてるのは、飯のせいだけじゃない。

…だって、顔が近づいてくるのだ。

面越しとはいえ、これだけ近ければ瞳は見える。…赤いのと、青いのが。
のんきに綺麗だなぁと思ってたら、面がするりと外されてしまった。

「あんた、俺のね。」

「へ?あ?うえぇえ?!」

面が外されて慌てて目を閉じただけだったのに、男はソレを了承と取った…んだそうだ。後で聞いたら。

「んんー!んぁっ!」

唇をふさがれて、まだ残っていたしゃけの味も舐め取られそうな勢いで舌を突っ込まれてぐちゃぐちゃにされた。

「ははっしゃけの味。…ま、いいか。」

楽しそうな声に、返せたのはうめき声にも似たため息だけ。
当然。そこで行為が終わるわけがなく…。

「これからもっと訳がわかんなくなるくらい気持ちよくしてあげる。」

「へ!?え?!あっ…っ!」

…気が付いたら、全部食われていた。
*****

「物々交換だったんだろうか…?」

っていっても、俺はものじゃないし、握り飯一個じゃ流石に安すぎると思う。

「なぁに?どうしたの?またお腹減ったの?」

あれから、男は当然のように俺んちに住み着いて、せっせと餌付けしてくれた。
カップラーメンとかそういうのばっかりだった俺の飯に眉をしかめて、見たことの無い…それもやたら美味い飯を食わせてくれる。

…何かって言うと俺に飯を食わそうとするのは、最初の印象が強いからだろうか?

「飯はいいけど…俺は…」

「じゃ、いちゃいちゃしよっか。」

「え?わぁ!?」

一言言おうにも毎回こんな感じなので言いそびれている。
そもそも俺が欲しかったのはよめさんだったんだが…なんだかよめにしては色々立場とか…。洗濯とかもしてくれてるけど!

でも、まあ…。

「ふふ、アンタやっぱりかわいいねぇ。」

「アンタこそな!」

何だか結構幸せなので、それはそれってことにしておくことにした。

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何か湧いたので例の小話の続き的なものを置いておいて見ます。
なれ初め編?
ご意見ご感想などおきがるにどうぞー!


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