睦言(適当)


「気だるげにベッドに懐きながら男が唐突に呟いた。
「アンタ孕んだらいいのに」
「無理ですよ。子どもが欲しいなら他を当たれ」
腹の立つ話だ。この男の気まぐれに付き合わされて、毎夜毎夜腰が抜けそうなほどの情交を繰り返しているというのに、まだ不満があるのか。
女じゃない。硬いからだのどこにも命をはぐくむ為の場所はありえず、溢れるほどに注ぎこまれて滴る子種もただの排泄物に成り下がる。
やってる最中は意識が飛ぶほどに悦い。
これが同意の下に成されているとは言いがたい始まり方だったことなどどうでもよくなるほどには、この男はこっちの方まで腕がよかった。
だが、終わってみればどこもかしこもこの男と自分の吐き出したものでどろどろだ。
快感を味わった証拠はシーツがべとついてまとわりつくほどに滴り、熱の燻る体を冷やかすように己の容易さを見せ付ける。
後始末は男がするからといって、気持ちのいい物じゃないのは確かだ。
そもそも後始末が出来るほどの体力さえ根こそぎ奪うようなやり方を好む男のお陰で、禄に動けそうもないのだが。
最初のときは訳がわからないうちにあれよあれよという間に全てを奪われ、泣くことも出来ずに呆然していた。
その間にせっせと体と部屋を清めていったのはまだいい。
だが満足げに「これでアンタ俺のものですね」ときたもんだ。
その行為が終始気が狂いそうなほどの快感に満ちていなければ、この男に快感に溺れた罪悪感など覚えずにすんだのに。
自己嫌悪とあまりにも強烈過ぎた経験を処理しきれずにいた間に男はいつの間にか出て行って、それで上忍の気まぐれは終わったと思ったのに。
付き合いきれないと怒鳴りつけようがなんだろうが、男は少しもめげることなくせっせと通ってきた。むしろ気にもとめていなかったんだろう。
いとも容易く持ち込まれる自分の方も問題だ。…だが悲しいかな惜しみなく与えられる快感と確信を持って俺のモノと呼ぶ声には抗いがたく、ずるずるとこんな関係に。
だが、これで子どもまで産めというか。
…女の真似事はさせられても、そんなことまでできるはずがない。
「他なんて。ありえないこと言わないでよ」
心底不愉快そうに言われても、それはこっちの台詞だ。
「飽きたならそういやいいんですよ?」
体は慣れた。だが今なら引き返せる。他の男を相手にしてここまで快楽をむさぼれるとは思わないし、欲しいとも思わない。
…まるで惚れてるみたいな台詞だと自嘲したつもりが、胸の奥から這い上がる苦味と痛みに冷や汗をかいた。
まさか。…そんなことはありえない。
「だって孕んだらさ、あんたどこにもいけなくなるでしょ?」
「は?」
言うにこと欠いて何を言い出すのか。
孕めばいつか子を産むし、そうすれば育てることに夢中になるだろう。ありえない話だが片親がこの男だとしたら、多少人格には不安があるがすこぶるつきに腕はいいだろうし。
「孕んでよ」
「無理言うな。馬鹿かアンタ。第一孕んだって自分で行きたい所に行きますよ。子ども連れて」
片親だろうが両親がそろっていようが子どもは育つ。忍の里では、生まれる前に父親がいなくなるなんてのも珍しくない話だ。
男が子どもを産むということ自体がありえないことではあるのだが。
「なにそれ。そんなの駄目に決まってるでしょ?」
殺気立ちながら抱きしめてきた。
何なんだこのイキモノは。
一方的に突拍子もないことを言い出した挙句に、一人でいきなり怒り狂って…不安がっている。
孕むもなにも、こうして疲れ切った体を抱きしめられていればどこかに行ったりなんてできないのに。
もう、いいか。しょうがない。
「男でよかったでしょう?孕ませなくったって、アンタの側にいてやりますよ」
たとえ産めたとしたら…まあ分からないが。
我侭で房術ばっかりうまくて口下手で、戦略に長けていても馬鹿だからな。こんなに教育に悪い物体の側で子育てなんてしたくなくなるかもしれないし。
「そ?ならいいや」
言葉のそっけなさとは裏腹に酷く満足げに男が圧し掛かってきた。
腰をたどり、いまだ滴り落ちるものでぬかるんだ箇所をまさぐる。
「しませんよ」
「する」
かみ合わない。どこまでも。
それが分かっているのにこうまで悦いのは。
押し込まれた性器を受け入れながら、今だけは思考せずにすむことを感謝した気がするが、確かな記憶には残らなかった。

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適当。
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