夏の夜(適当)



「うへえ」
部屋の中は案の定蒸し風呂のようだ。大分落ちた陽のせいで真っ赤にそまって、それが余計に暑苦しく感じられる。
夏に締め切ったままでいたんだからしょうがないんだけどな。
「窓、開けるか…」
あけたところで外も十分に暑いから
夕暮れ時になれば多少はマシになるだろう。
じんわりと淀んで湿った空気の換わりに、まだ暑いが肌を焼くほどではない温度のぬるい風が吹き込んできて、少しだけ息がつけた。
いっそのこと夕立でもあればいいんだが。あれはあれで湿気が凄まじいが、少なくともいくばくかは気温が下がる。
「風呂入って、まずはビールだな」
ため息交じりの独り言すら熱気に歪んでいる気さえする。うんざりしつつ冷蔵庫を開けると、見慣れない包みが入っていた。
近所の肉屋のでも、魚屋のでも、ましてや八百屋のものでもなさそうだ。
団子屋とももちろん違う。
見覚えのないモノが冷蔵庫に入っているということは、すなわちあの男がきたということだ。
確かに親しくはしているかもしれない。どちらかというとあっちが階級差を気にすることなくちょっかいを掛けてきて、それがまた子どもっぽいからついつい相手にしてしまってはいるが、流石に勝手に入り込んでくるのはいかがなものか。
メモもなにもついていないそれは、だがきっとまた恐ろしく高価な代物なのだろう。例えば俺が目にしただけでも冷や汗をかくような。
初犯のときにきっちり締め上げて置けばよかったんだ。今思えば。
何か入ってて警戒して食わないで分析に出すかどうか迷ってたら、追加のつまみと酒とやらを買い込んだ男が戻ってきて…文字通り勝手に窓から自分のうちですよとでもいいたげに入ってきて、そのまま酒盛りしましょうと言い出して、その酒が三代目のおこぼれでもなければ滅多に口に出来ない逸品だったのに負けたのがそもそもの原因だ。
ってことは、もうすぐ来るな。それなら風呂は諦めて、せめてシャワーだけでも浴びよう。
家主の都合など考えもせずにやってくる男のことなど放っておいてもかまわんだろうと風呂でくつろいでいたら、探しに来た男と一緒に風呂に入る羽目になったからな…。
同性で、それに二人ともそこそこ体格がいいから、独居向き物件にしては広い風呂でもいっぱいになる。
要は素っ裸でくっついて風呂になんざ入ろうものなら、触りたくないモノが頻繁にくっついてくるし、細っこく見えても意外と厚い胸板や決して薄くない筋肉に自尊心にもダメージがあるし、その癖本人はいつも通りに無駄にくっついて甘えてくると来たもんだ。たまったもんじゃねぇ。
…やっぱりシャワーだな。今日は演習もあったし、汗みずくになったかららちょうどいいと思おう。
「あっちー…」
干しっぱなしのパンツを収穫して、ついでにバスタオルも引っつかんで脱衣所に入ると同時に適当にそれらを放り投げて服も脱いだ…ら、そこにいた。不法侵入者…もとい、上忍が。
「あ、おかえりなさい」
「あ、ああ。どうも。カカシさんこそおかえりなさい。…じゃなくてですね。何度も言いますが勝手に人んちに上がりこむのはどうかと思うんですよ!せめて一言断ってから…!」
「お風呂これからなんですよね?お湯いれといたんで一緒に入りましょ?」
それはいやだ。ごめんこうむりたい。なんで男同士でわざわざせまっ苦しい目にあわなきゃならんのだ。
「…俺はシャワーでいいです」
「んー?ま、どっちでもいいけど」
どさくさにまぎれてぎゅっと手を握られて風呂場に連行されながら、どうやら逃げられないようだということを悟って、少しだけ落ち込んでおいた。


「ふいー…」
湯加減はちょうど良く、ついでに何か温泉の素でも入れたのか、じんわりと心地良い熱が染みこんでくる。
「いい湯加減ですねー」
「…そうですね」
背後にぺったりくっつく上忍がいなければな。とは流石に言えないので黙って湯につかる。
普段なら2時間くらいは浸かっていたいくらいだが、この状況に耐え切れそうもないのでとっとと出たい。
…出たいんだが、後からがっちりくっつかれていると動きづらい。
「疲れ、とれそうですか?」
「あー…そうですね。効果がありそうなお湯ですよね」
「そりゃよかった」
この笑顔がくせものだ同性でも思わずたじろぐほどの美丈夫で、その上妙に邪気のない笑みを浮かべるから、どうも頭ごなしに叱り付け難い。
ただひたすら物の通りってもんが分かってないだけなんじゃないかと信じたくなる。
「…ただその、そろそろ腹が減ったんで、でませんか?」
「んー?そう?」
するりと首に巻きついた腕と肩に乗った頭に、くすくす笑う声。
こんなことするってことは、要はこの人は出たくないんだな。肉体言語はせめて服を着ているときにお願いしたい。
諦めの境地に至りつつ、ふっと視線をやると、みたことがない顔でじぃっとこっちを見ているコトに気がついた。
ええと。なんでそんな顔してんだ?腹減った猫みたいというか、餌を狙ってる犬みたいというか、餌なんてない、はずだ。それに見てるのは俺だし。
俺をみながらどうしてそんな舌なめずりとかしてんですか。
そうつっこんだら負けな気がした。何かとんでもない事が起こって、取り返しがつかなくなるような予感。
そういう時は何をするかなんて決まっている。
「あんまりぎゅうぎゅうもまれると屁がでそうなんで、先あがりますねー!」
ナルトと風呂に入ってて、盛大にぶちかまされて以来、このねたは鉄板だ。
屁が出そうなら上がる。密閉空間で平和に過ごすためにできたルールなんだが、この男にも効果があったようだ。度肝を抜くのが目的だったとはいえ、上忍のびっくりした顔なんて滅多に見られないから少しばかり得した気分だ。
「…イルカせんせって、おもしろいよね」
「そうですか?」
扉は開けた。後は適当に水気を拭って飯食って寝るだけだ。
窓からは少しだけ涼しい風がまぎれこみはじめているし、扇風機という強い味方もいるからなんとかなるだろう。
「んー。屁で勃ったのなんて初めてです。イビキでも興奮するしねー?」
「は?」
今何か立つとかいってた気がするが、何がどうなったんだ?イビキってイビキさんか?一体何の話なんだろう?
「ま、こっちの話」
「そう、ですか」
触らぬ神にたたりなし。三十六計逃げるにしかず。
よくは分からんがとにかく危機は脱した。服を着ている間もじーっとみられて落ち着かんが、その内勝手に出て行くだろう。やってきたときも唐突なら、いなくなるときも大抵は唐突だから。
…まあ勝手に三日くらい住み着いちゃうこともあったけどな。というか最近俺んちでの滞在時間が長すぎるような気が…?
「たのしみですー。あ、お土産、食べてくださいね?折り詰めなんですけど」
「ええと、ありがとうございます。麦茶でも」
「そうですね」
そうだ。茶だ。ビールは…なんとなくやめて置いた方が良さそうだ。
酔っ払うってのは隙を増やすからな。なんとなく。なんとなくだがやめておくのがいい気がする。
「さてと。じゃ、俺もあがろうかなー」
「ちゃんと頭拭いてくださいね」
「んー。イルカせんせが拭いてくれるならがまんするー」
ぐいっと頭を突き出されて一瞬逃げ出したくなったのはなんでだろう?いつものことなのに。
自分の行動に驚きつつ、わっしわっしあてつけのように拭いてやった。
「子どもじゃねぇんだからアンタはもう」
「そうですね」
にこにこ笑っているイキモノには、とっとと餌を与えて帰ってもらおう。
…俺は餌なんかじゃないからな。断じて。まあ食うところなんてないんだが、とにかくそれだけは強く思った。
麦茶のポットと飯だったらしい包みを冷蔵庫から取り出しながら、今夜は眠れないかもしれない予感にため息をついたのだった。


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適当。
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