七草 十年後(適当)


 金属特有の錆臭さがうっすらと漂い、狭くて乾いた薬草から漂う青臭いような枯れた匂いに満ちていた仕事場は、今は昔。里中きれいさっぱりぶち壊されたのが原因であるとはいえ、清潔感に満ちた近代的な建造物に生まれ変わった。
 相変わらず貸出窓口には机と椅子くらいしかないけどな。座り心地が抜群になったのは、とある中忍が尽力してくれたからだ。
 そう、すべては今ゆったりとした服を着て、のんびりした様子で入ってきたコイツのおかげだ。
「おお?イルカ!どうしたんだよ?」
 こいつは出勤じゃないはずだ。そもそも結構お偉いさんになったというか、六代目の側付として、えらく厄介な仕事を大量に任されているはず。それがどうしてこんな薬種倉庫なんかにいるんだ?
 まあ先代の頃は薬種が切れるとイズモとコテツがしょっちゅう借りに来てて、それでも足らないとかでコイツも借りに来てたけどな。久しぶりに見るその顔は、随分と落ち着いてみえる。ほとんど年は変わらないのになぁ。やっぱり苦労は人を落ち着かせるんだろうか。
 六代目就任の時なんて、大騒ぎだったもんな。嫌がる本人をなだめて賺しておだてて体も張って説得してくれたコイツがいなければ、この里はここまでの発展を遂げはしなかっただろう。
 火影相手に不遜かもしれんが、あの人、仕事はできるんだよなぁ。ちょっと頭の中身がアレなだけで。
「ああ、カカシさんが七草粥―って騒ぐもんでな。一応あの人アレでも火影だから、ここにあるならそっちの方がいいだろうと思って」
 そうか。そういえばもうそんな時期か。設備は整っても人手不足はいかんともしがたくて、中々休みも取れないからどうも日時の感覚がおかしくなっている。俺も年を取ったってことかな。
 まあそれはそれとして、実は火影様の命令で、コイツに渡すものはすでに準備してあるんだよなぁ。自分で採りに行くっていうのを、職員総出で止めた結果だ。俺たちじゃ信用できないというより、自分以外が触ったものをコイツに食わせたくないらしい。結局信用できる代打ということで、春野上忍が行ってくれた。あんなにちっこかったのに今は火影を気軽にぶん殴れる数少ない人の一人だ。教え子にのろけなんか聞かせる方が悪いと思ったから俺は止めなかった。止めたら俺の肋骨が。いやまあ、それは置いておいて、イルカもさりげなくほっといてたから同罪だ。
 なんていうか、こなれてきたよなぁ。あの人の扱いに。俺なんかなれる前に胃に穴をあけて死にそうだが、さすがアカデミー最恐と謳われた教師なだけある。
 まあ大半は当代様がぎゃあぎゃあ騒ぐおかげでついた内実の伴わない怪しげな呼称だけどなー。
「おー。一応用意してあるぞ。毒も術もないのは鑑定済みだ。毎年大変だなぁ」
 もちろん今年も火影になったってのに懲りない某上忍の手により、当然のように採取リストに興奮剤と回春剤が混ざりこんでたが、春野上忍がその拳でもって先にたたきつけ済みだ。同行を依頼されたときは説教でもしてくれるのかと思ったが、そういや春野上忍は綱手様の直弟子だもんなあ…。拳圧で薬草が燃え尽きるって、どれだけすごい力なんだと思ったが、後が怖いから黙っておいた。俺は昔から小市民の幸せを大切にする主義だからな。
「お、早いな!ありがとな!…まあその、慣れたっていうか、あの人必死すぎるだけだからな。迷惑かけてすまん」
 穏やかにはにかむ姿に、一瞬目を奪われた。もちろん色恋とかじゃなくてだな。神様とか、そういうものを見るときに感じる威厳というか。
 大人の余裕ってやつか。これが。
 いろいろやっかまれたりもしてるらしいし、うっかり執務室に行くとこのゆるゆるの服をたくし上げられた姿を目撃したりしちまうらしいが、なんだかんだいって上手くいってるみたいでなによりだ。
 なにより、俺たちへの被害が減った。すばらしいことだ。
「大したことじゃないさ。それよか、忙しいんだろうけど、お前も無理すんなよ?」
「おう!もちろんだ!何かあったら里にも影響がでるからな…」
 あ、途中でめちゃくちゃ暗い顔しだした。なんとなく察しはつく。ここで聞けば教えてくれるだろうが、もしかしてまた術でも使って付け回したのか、それとも運動会で子供かばってできた擦り傷で大騒ぎして引っさらわれたときみたいにまた擦り傷でも作って引っさらわれでもしたんだろうか。不憫なヤツだ。
「まあうん。お前もあの人も忙しいんだから、こんな時くらいしっかり休ませてもらえよ?」
 ただの世間話のつもりだった。それ以上の気持ちは誓って、かけらももちあわせちゃいなかったんだ。
「…ふぅん?こんな密室で二人っきり?」
「ひっ!」
 肩口に白い指先が食い込んでいくのがわかるのに、怖すぎて指一本動かせない。たたきつけられる殺気まじりのチャクラで、呼吸すら怪しい。
 いっそ意識を手放してしまおうかなんて、あきらめかけたとき、恐ろしく穏やかな声で、新たな殺気が叩きつけられた。
「六代目。そういう大人げない態度取るなら、これはナシですよ?」
「ええ!うそ!」
 うそって、それはこっちのセリフだよ!痴話げんかはよそでやってくれ…!
 コイツ昔っから怒らせると怖いのに、なんでかしらんが、この人に対する沸点はなぜか低めなんだよな。巻き込まれると寿命が縮みかねない。
 いい奴なんだけどなぁ。こいつは。
「七草粥を食べたらイルカはちゃんと寝ること。六代目もですよ!しっかり休む!ほら行ってください!こちらも仕事に差し支えますので」
「おう!すまん!ありがとな!」
 慌てて駆け出していくその後を、銀髪の上忍が追いかけていく。当面の危機はこれで去った。
 明日あたり無自覚な惚気を垂れ流しにくるだろうけどな。どっちかが。
「さてと、こっちの書類も片しちまわないとな」
 来年も、きっと同じように大騒ぎして笑いあう二人をみることができるだろう。それは厄介で、だがどこかに幸福の匂いがする。
 まあうん。一年の始まりとしちゃ、悪くないな。手入れの行き届いた部屋に落ち葉が散らかることもなくなったし。
 少しずつ変わっていくのに変わらない日常は、何よりも愛おしいものだ。あの二人とかかわり始めてから少しばかり白髪の増えた頭を掻いて、書類の海に戻ることにした。

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適当。
ななくさだいちこく。達観する傍観者。

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