七草(適当)


「す、すみません!カカシさん見ませんでしたか!?」
 普段なら人前では一応はたけ上忍とか呼んでる奴が珍しい。随分焦っているようだ。元々よく通る声が鼓膜が破れそうなほどでかくなっている。
 正直にいえば迷惑だ。
 だが悲しいかなコイツもどちらかというと巻き込まれたというか嵌められたというか…百戦錬磨の上忍にうっかりモノにされちまった上に、その愛ゆえと主張する突拍子のない行動に恐ろしい勢いで振り回されているだけだと知っているだけに、文句も言い辛い。
 元々いい奴だしな。だが面と向かって褒めると何処からともなくへのへのもへじのマントつけた犬に襲われたり、物陰から矢文が頸動脈スレスレに飛んできたり、その中身が恐ろしく達筆で高圧的な警告文だったりするから二度と言える気はしない。
 何やったんだろう。今度は。常識ないのに無理してコイツのためにとかいって、変なことするのいい加減やめればいいのに。普通にしてれば…まあ俺からしてみると、どこがいいのかさっぱりわからないけど、カカシさんはあれでいて結構かわいい人なんだとか言ってくれちゃうんだぞ?何で余計なことやらかして俺たちを巻き込むんだ。迷惑な。
 もしおとなしくしてくれたら俺たち備品部のみんながこんな風に毎度毎度ひどい目に合わなくて済む。コイツだって最初からちょっとどころじゃなくおかしい人だって知ってて惚れてくれたみたいだから、下手なことしない方がずっと一緒に過ごせる時間が増えるだろうに。
 まあ洗脳なんじゃないかって、上忍の先輩たちが言ってたことに関しては、今回は考えないでおく。慌ててるイルカ先生ってかわいいよねって言った次の瞬間に、でもときめいたら殺すとか言い出す奴と毛の先ほども関わりたいとは思わない。
「あのな。さっき採取瓶とスコップと、薬草保存用の布袋持ってったけど、どこ行ったかは知らないんだ。戻ってくるの待ってた方がいいと思うぞ?イルカ」
「うそだろ…!」
 なんでそこで打ちひしがれるのかわからん。私用でも許可とってきてるなら貸出できるもんだし、壊されてもサクッと100倍くらい弁償できる収入はあるだろ。あの上忍なら。
 …ああ、関わりたくない。でも、コイツは本当にいい奴なんだ。
「イルカ…その、大丈夫じゃなさそうだけど、大丈夫か?」
 水を向ければ話してくれるって俺だってわかってたさ。でもこのまま泣きそうな顔でうめいているのを放っておくのはさすがにかわいそうで見ていられなかった。何度目だろう。この言葉を口にしてから後悔するのは。
「…七草粥作るのにさ、買い物行こうとしてたら、なんでどっかいくんですか?ってめそめそされたから、あわてて七草粥の説明したんだよ。やたら熱心に聞いてくれるんでちょっとうれしくなっちまっていろいろ詳しく。そうしたら…!」
「そうした、ら?」
「すごい勢いで七草かってきますって。それなのにスーパーにもいないし八百屋にもいないからもしかしたらと思って」
「それはその、多分だけどもしかしちまったんだろうな…」
「…そう、みたいだよな…」
 まあアレでも上忍だ。間違っても毒草と取り違えるなんてことはないだろう。他の理由で怪しげな薬草を混ぜ込む可能性は否定できないとしても。
「すぐ戻ってくると思うから、茶でも飲んでくか?」
「…出汁と米の準備はしてきたから、そうさせてもらってもいいか?確実に捕まえないと被害が広がるかもしれないんだ」
 被害ってなんだよとか、こいつは博識で、教えてくれって寄ってこられると一生懸命になりすぎるってことは知ってるけど、やばいことまで教えたんじゃないだろうなとか、不安ばかりが膨らんでいく。
 だが、乗りかかった船だ。幸い年始でシフトが薄い。次の当番は後数時間俺だけでもあることだし、多少サボっていてもばれない。むしろ他に被害が出る前になんとかしちまうしかないんだろうな。これは。
 茶を出して、うみの家で年越しそばや御節と共に繰り広げられた騒ぎの顛末を聞きつつ慰めてやっていたら、程なくして殺気の塊が飛び込んできた。
 …ああ、今年は厄年じゃなかったはずなのにな。初詣はもう済ませたけど、今からでも厄払いに行って来たほうがいいんだろうな。
「なんで俺のイルカ先生泣かせてるの?」
 言いがかりも甚だしいし、イルカも全力で首を横に振っている。まあこんなんじゃ引き下がらないのは知ってるんだ。何せこんなことをしでかすのは初めてじゃないからな。
 この二人が付き合い始めてからこっち、平和だった職場はスリリングな演習場に変わった。ある意味修行にはなる。多分。そうとでも思わないとやってられない。
「あのですね。むしろそれははたけ上忍が原因でしょう」
「え?なんで?七草ちゃんと採ってきたよ?」
 みてみて!とばかりにすばやく茶がどけられた机の上に、採取したての七草たちが並んでいく。ついでにやっぱりというべきか、精力剤の原料も混ざってたのも見逃さなかった。懲りない人だ。年越しそばのときにも一服盛ったとかで、さんざっぱらぶん殴られて怒られて、アカデミーのトイレ掃除やらされたらしいのに。
 視線は俺に向かうことなく、イルカの方に集中している。代わりに犬のうなり声がするから、俺の命は風前の灯だ。上手いこと話を運ばないと死ぬかもしれん。こんなスリルに慣れたくなんかなかったよ。
「カカシさん。任務帰りで怪我してんのになにやってんですか!この馬鹿上忍!」
「え!え!ごめんなさい!いっしょにイルカ先生と七草したいです!」
 何で怒られてんのかわかってないんだろうなぁ。こうなるとイルカの方も引っ込みがつかないだろうから、助け舟が必要だ。そう、さっさと仕事を終わらせたい俺のためにも。
「はたけ上忍。イルカに心配かけちゃ駄目ですよ?あとこれは迷惑料としていただいておきますから。ほら、早く帰って慰めてあげてください」
 精力剤の原料はさりげなく奪い取り、ひしっと抱擁されつつ怒られている上忍には、さっき用意しておいたメモをすかさず見せた。
“ごめんなさいときちんということ“
”イルカ先生を喜ばせたかったんですということ”
“薬物の使用は禁止です“
 多分お人よしのこいつのことだから、この三つを守れば上手く行くはずだ。最初はいらいらしているのを隠さないでにらみつけてはきたものの、イルカをなだめるのに精一杯でこっちまで攻撃してはこない。
「迷惑かけてんじゃねぇよ!馬鹿野郎!心配かけさせやがって!…もう、帰りましょう?かえってすぐ逃げるなんて、どうせあんたまたどっか怪我隠してるんだろ!」
 イルカも大分混乱してるなぁ。失うことを何よりも嫌がるヤツだから、この人のこういうところは最悪だろう。それなのにほだされちまうんだもんな。かわいそうというかなんというか。
「…あの、ごめんなさい。イルカ先生をよろこばせたかったんです」
 半信半疑の上忍の演技も、泣きすぎてまともに目が見えていないイルカは気づかなかったようだ。
「いいんです。あんたが無事なら。七草はスーパーで帰るんですよ。雪だって降ってるのに任務帰りの人が出てかなくていいんだ」
「はい。あの、ホントにごめんね?」
「…うるせぇ。ほら、帰りましょう?道具ちゃんと返して、ああこんなに冷えちまって!風呂入れなきゃ…!」
 もうかいがいしい母ちゃんのようだが、上忍はたっぷり大事にされてご満悦だ。割れ鍋に綴じ蓋、なんだろうな。こういうのも。
「手入れはこちらでしておきますので。ほら、イルカ。はたけ上忍と一緒に七草粥作るんだろ?せっかく新鮮なんだから、早く作って食べちゃえよ?」
「うん」
 あーあ。こんな風に素直にうなずくってことは子供返り起こしてるな。こんなのここに放っておいたら、上忍の暗殺が捗るだけだ。入ってくるヤツ全員の命が危ない。かわいいイルカ先生をみた目をおいていけとか言われてもどうしようもないってのに。
「これアリガトー。じゃーね。ね、作り方俺にも教えてね?イルカ先生」
「っく…!もちろんだ!覚悟しやがれ!風呂が先だ風呂!」
「はぁい」
 上忍を抱え上げようとしたイルカをニヤニヤ上機嫌な上忍が抱えあげて、後に残るのは煙と落ち葉の小山だ。
 ああ、これも何度みたっけなぁ。
「片付けるか…」
 なんだかんだ仲直りしたら、多分再襲撃があるだろうから、そっちの備えもしておかないと。
 それが住んだら初詣にでも行こうか。厄介な友人の恋人が、そろそろ落ち着いてくることを全力で祈ってこなきゃならないからな。
 ほうきとちりとりを片手に、ひっそりとついたため息は、一人きりの備品室でやけに大きく響いた気がした。

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適当。
ななくさだいちこく。

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