涙(適当)



「ねぇ。もういいでしょ?」
じれったさに耐え切れなくて腕を引くと、泣きそうな顔で振り払われた。
あーあ。だから嫌だったのに。
「うるせぇ!さわんな!」
怒り狂っているって表現がぴったりな状況で、語気も視線も研ぎ澄まされたクナイのように鋭い。
でも、その顔。
紅潮して潤んで、まるでアノ時みたいな顔をするからたまらなくなる。
「そりゃ無理でしょそんな顔しといて」
押し倒すのは簡単だ。
所詮この人は中忍。それにお人よし。いくら怒っていようが俺に敵うはずもない。
ま、上忍やれるだけの実力は多分あるけどね。
この心の隙の多ささえなければ、仲間を守りきるために必要な意思も強さも全部持ってるんだし。幻術耐性はちょっと低いけど、俺がしょっちゅう掛けてたら大分そっちも改善した。トラップの腕だっていい。
…本当なら、背を任せたいくらいには信用してる。
敵に下手な同情さえしないでくれるなら、これほど心強い味方はいない。
なにせ、絶対に裏切らないから。この人は。
今まで何人もの仲間だった奴らが、欲にかられて狂っていくのを見てきた。
この人に限ってはそれは絶対にありえない。
なにがあろうとも、例えば味方が倒れても、嘆き悲しむだろうし、怒るだろうけど、きちんと前を向いて戦える。
知っていた。だから連れて行きたかった。…上の連中が余計な気を回して、この人を騙し打ちするまでは。
二人の関係を上の連中に隠したことはなかった。むしろ利用さえした。この人になにかあれば俺が黙っていないと…むしろ生きていられると思うなと脅しもした。
それが曲解されるなんて、あいつらのネジくれ具合を甘く見すぎていた。
父さんのことでどれだけ連中が腐っているか知っていたはずなのに。
俺の行き先も何もかもを知らせずに、保護と言う名の下に軟禁するなんて思いつきもしなかったんだ。俺は。
「アンタが、里を抜けたかと…!敵になんかされて頭でもおかしくなったんじゃないかとか!心配ばっかかけた挙句にシモの話題か馬鹿野郎!」
そうだ。俺が思う以上にこの人は俺のことを知り尽くしている。
閉じ込めるより側におきたいと。…一緒に逝きたいと思っていることさえも、全部ばれてるんだから、いくら俺の意思だと伝えたって無駄だよねぇ?
今更会話するのももどかしい。早くこの人の一番側にいきたい。
ありていに言えば触れたい。やりたい。
だってこんなに長いこと離れてたんだもん。
「上の連中はたっぷり締め上げて置きましたから。任務中に俺のモノに手ぇ出したんだから覚悟しとけって」
「アンタのもんになった覚えはない!」
顔を真っ赤にして怒り狂って、押し倒したベッドが壊れそうなくらいの激しさで拳をたたきつけた。
プライド高いよね。俗物たちと違う、ホンモノの自尊心。
誰に何を言われても、絶対に曲がらない。そういうとこも好き。
「えー?じゃ、俺がアンタのモノってのは?」
「そんなの…に、人間はそうやってモノ扱いするもんじゃねぇんだよ!」
怒ってるけど揺らいでる。…本当は欲しがりだもんね。自分だけのものは凄くすごーく大事にしてくれる。もちろん俺も含めて。
もう一押し、か?
「アンタのだもん。好きにしていいよ?」
邪魔な防具もアンダーも適当に放り捨てて見せ付ける。自分の見た目の価値は分かっているつもりだ。それを使うことがなかった訳じゃないし?ま、触れさせるのはこの人にだけだけどね。
「っちくしょう!アンタのせいで閉じ込められるわ心配で死にそうだわ!責任取りやがれ!」
すがり付いてきてちゅーぐらいはしてくれると思ったのに。だってしっかり反応してるし。
でも違った。泣いてる。泣かせたのは…俺だ。
「ん。もちろん!責任とって一生離れませんから」
「わかればいい!」
ぼろぼろ泣きながら怒って、それがすごくおいしそうで、もうちょっとしたらうやむやのうちに押し倒しちゃおうと思うんだけど。
この上もない愛の表現を、もうちょっとだけ楽しませてもらおうと思った。


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適当。
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