Sweet Sweet My Home(適当)


「寂しいねぇ」
「…すみません」
ここを里長の紹介で借り受けたのは両親を亡くしてから1年も経たないころだった。
下忍の僅かな給金でも住めるように手はずを整えてくれた三代目は、俺がどうしてもでていくと言って聞かないから、根を上げるまではと考えてここを選んだらしい。
そう聞いたのももう随分と昔の話になる。
掃除はともかくとして、洗濯も怪しく、料理など黒こげになるか生焼けになるかのどちらかだった俺を見かねて面倒を見てくれた当時の大家さんも代替わりして、その娘である母よりほんの少し年嵩の人が取り仕切るようになって久しい。
亡くなったときは娘である今の大家さんより派手に泣きじゃくって、それを慰めてくれたのもこの人だった。
そしてもうすぐ彼女も娘に後を譲る。彼女の夫は細工師で、細かい作業はともかくとして力仕事はからっきしだったせいで、それらはもっぱら俺の役目だった。だが今度の旦那さんは大工仕事を生業としているから、酔っ払った忍が暴れて扉が壊れようが、壁を破ろうが修理なんかお手の物だ。
長く棲んだ家だ。…でも、もう俺の居場所じゃない。
「いいっていいって!アンタさあ、うちの子と同い年くらいだったろう?あの子は忍にならなかったけど、アンタもアタシの息子みたいなもんなんだから、いつでもきなよ?」
「…はい」
ああ、泣きそうだ。
この家は、俺にとってこの上もない居場所だった。守ってくれる物の象徴だった。
祖母のように母のようにきょうだいのように、家族として愛されていた。
「イルカせんせ」
「カカシさん」
泣き顔を見られてしまった。恥ずかしいとかそういうこと以前に、不安そうな顔をさせてしまったことに焦って、慌てて伸ばされた手を握り返した。
「上忍さんと仲良くね?」
この人は、何も言わない。
俺もこの人も男であることや、この人が次期火影に決まってしまったことや、連れ去るようにこの家から俺を連れ出すことにもなにも。
料理はイルカちゃんの方が上手だからと、ぬかどこと自家製の漬物と味噌、それから料理の作り方を書いたメモの束なんかをくれて、カカシさんには泣かせるなとただ一言だけ言ってくれたらしい。
まるで本当に嫁にいくみたいだ。こんな関係は誰にも言えないと思っていたのに、いつの間にか友人じゃないことも、家事の分担のことまで見破られていて、この人たちに隠し事はできなかったなぁと今更ながら思い出した。
「…幸せにしますし、幸せにしてもらっちゃうんで。なにかあったらまたご挨拶に伺います」
「ああ、そうしてちょうだいな!イルカちゃん。行ってらっしゃい!」
「はい」
みっともなくボロボロ涙を流す俺を抱き締めて新居に連れて行ってくれた人が、やっと俺だけのモノにできたなーとか、あの人に嫉妬したとか、責任とって幸せにしますとか、愚痴なのか睦言なのかわからないことを言うのを聞いて、また泣いた。俺の涙腺はきっと今日だけ壊れてしまったに違いない。
「好きです」
「ん。知ってる。…ねぇ。幸せになろうね?」
これまでになく甘える恋人とキスを交わして、誓いの言葉のように互いの名を呼んだ。
…それから、俺があの家に帰ることは一度もなかったが、今でも何くれとなく気にかけてくれるあの暖かい家の住人は、今日も恋人にたっぷりと嫉妬されている。



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適当。
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