虫2(適当)


これの続き。




蹲っているのは泣きじゃくる子ども。
子どもだ。弱く、己の身を守る術さえ十分じゃないほどに幼い。
…虫の、一匹。
我ながら剣呑な気配を纏っていただろうに、子どもは俺の心配をした。
「どうしたの…?そこが痛いの?」
胸を、気付かないうちに押さえていたらしい。
踏みつけ、燃やし蹴散らした虫は、鼻につくような嫌な匂いを俺に残した。
消してやったはずなのに恨みがましく纏わりついてくるそれは、逝ってしまった人を罵る声によく似て、俺を苛立たせる。
痛みとは違うこの耐え難い苦痛を、こんな子どもに語るつもりなどなかった。
だが、その潤んだ瞳は射る様にまっすぐに俺に向けられている。
この子どもはきっと何も知らない。その証拠に俺を見ても、逃げるように去って行きはしなかった。
…無知は罪だというのに。
「お前こそ、なんで泣いてるの?」
噛み殺すように声を押さえつけ、とめどなく涙を零していた。
俺に気付いて袖で乱暴に拭ったせいか、鼻も目も真っ赤で、ぐちゃぐちゃに汚れている。
「また約束を破ったんだ。とうちゃ、が…!」
涙が、落ちる。
頬を滑るそれが、何故かとてつもなく綺麗なモノに思えた。
だから、零れ落ちる前に舐め盗った。
だってもったいないじゃないか。このイキモノはこんなに綺麗なのに。
脆弱で、指一本で殺せるほどに弱いのに、俺を気遣った。
…それに、この子は己の父を責めることができる。
俺には二度と許されない。壊れていくあの人を止めることができなかった俺には。
羨ましいのか妬ましいのか、自分でもよく分からなかった。
ただ惹かれた。その存在に、抗いがたく。
「約束って、なぁに?」
驚いた顔で目を見開いている子どもの手を握ると、また後から後から涙が零れてきて、毛繕いするようにそれを全部口で拾った。
綺麗なしずくを干す度に、自分についたあの匂いも、胸に溜まったどろどろしたものも溶けていく気がして。
「いっしょに、釣り連れてってくれるって言ったのに…!」
それが普通なのかは知らない。
ただこの子どものチャクラからして親も忍だろう。だとしたら任務でも入ったか。このキナ臭い情勢で、子どもとの約束とやらを優先することなどできはしない。
ずっと我慢していたのだと、何度も破られる約束を心待ちにしていたのだと嘆く。
それが許されるのだ。この子どもには。
…あの人に、何かを望んだことなどあっただろうか。
褒め称えられる影で常にどこかで罵る声も聞いた。本人は妬みや嫉みなど気にもしない人だったけれど。
あの人はただ、仲間を、里を守りたかっただけだ。
純粋に。…きっと俺よりも。
「いいよ。行こう?」
笑っていた。笑えていた。
この子どもは取り入ろうとすることもなければ、罵声を浴びせてくることもない。
きっと何も知らないから。
知っていても、この子どもなら言わない気がした。たまたま見かけただけの人間を気遣うことが出来る“愛された子ども”なら。
それを手に入れることが出来たなら。…俺はきっと生きてける。
「ウソだ!お前も忍なんだろ!任務任務って…うそばっかりつくんだ…。父ちゃんなんて嫌いだ…!母ちゃんも…!」
「忍だけど。…俺は約束を守るよ。絶対に」
今なら時間は多少融通が利く。
上層部にとっても、他の忍にとっても、厄介事の塊みたいな面倒な子どもであることは確かだから。
それに死ぬ気はしない。今死んだら負け犬だ。
任務の達成だけが優先されるこの里で、虫たちに食いつぶされるつもりはない。
「ホント、に?」
ぐすぐすと鼻をすすった子どもを抱きしめた。
服が汚れようが構うものか。
信じようとしてくれている。…なら、信じさせてあげなきゃね?
俺だけの大切なものにするんだから。
「うん。お前が破んなきゃね」
「破る訳ないだろ!あとお前じゃない!イルカだ!」
そうか。イルカっていうのか。
怒ってる顔もかわいい。そのくせ俺にしがみ付いた手は離れていない。
…なんて愛おしい。寂しがりやで素直な俺だけの。
「イルカ」
名前を呼ぶ声が自分でも驚くほど甘い。特別だからだ。この子どもが。
「お前の!名前!」
「カカシ」
「そっか!じゃ、カカシ!んっと、明日!明日へーき?」
「いーよ。ここで?」
「うん!」
頷きながらイルカが笑った。嬉しそうに。
「明日、ここで。釣りなら朝のがいいかな?」
「…うん!でもあのさ、無理だったらいいんだからな!」
途端不安そうな顔をする。…信じられないんだろう。それだけ何度も期待を裏切られてきたという証拠だ。
かなえてあげるよ。なんでも。
だから。
「待ってて」
俺だけを、絶対に。
「うん!」
照れくさそうに笑う子どもを、手に入れてしまおう。
今ならできる。…虫たちは自分の巣を守ることで忙しいから。
「楽しみだねぇ?」
「へへ!そうだな!」
何も知らないこの子一人でいい。
俺の何もかもを上げるから。
手を握り締めると、俺のためだけのモノは酷く嬉しそうに笑ってくれた。


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適当。
うすっくらい。
ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ!

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