たべたいものは(適当)



「好きなんだけど」
「はぁ。そうですか」
えーっとどれのことだ?さっきかごに入れた新製品のスパム握りってやつか、それともその次に放り込んだこっちは定番商品の500mlの野菜ジュースのことか、むしろ今手にとっている夏限定冷やしラーメン…これは最後の一個のことだろうか。それとも一緒に持ってるわらびもちって可能性もあるか?
譲れってことなら譲らんでもないが、コンビニにこの人がいること自体、違和感を覚える。
だってな。この人は上忍だ。それも元暗部だ。高級取りで噂によれば顔もいいらしい。覆面をした姿しかみたことがないから実際の所はよくわからんが、俺からコンビニごときの食料を奪わなくても、たらふくいつでも美味いものが手に入るはずだ。
金持ちで美味いものばっかり食ってて、飽きたからコンビニの食い物にチャレンジする気なんだろうか?
最後の一個なのは今日一番美味そうだと思っていた冷やしラーメンだからできれば譲りたくない。他にも並んでいる弁当があるっちゃあるんだが、高いんだよな。これは期間限定商品の割りにお手ごろ価格で、しかも俺はラーメンが好きだ。
仕事が立て込みすぎてやっと家に帰れるって日もこうして他の店なんかどっこも開いてない時間になっちまったからな。
そんな中忍のささやかな楽しみを奪う…って、自分で言ってて侘しさがこみ上げてくるけど、そんなことしてこの人何がしたいんだ。
上忍様の意図が読めない。顔も半分覆面で隠れてるから、表情も読めない。声も口にしたのは好きってだけだから、何に対してなのやらさっぱりだ。
とにかく譲りたくない。せめてどうしても食いたいから譲ってくださいとか、ちゃんと言ってくれたらまだ許せる。
でも、この上忍はさっきから寄越せとは言わない。
上忍の権限振りかざして格下はいいから察しろってんならそういうのは大ッ嫌いだけど、どうもそういうのとも違う気がするから戸惑うことしかできない。
「好きなんです」
「ええと。そ、そうですか」
言い募られて、グラついた。
なんて哀れっぽい声だ。なでてもらうのを待つ犬のように、俺よりでかいはずのイキモノが上目遣いでじいっと見つめてくる。
上から目線の上忍様に譲るのはイヤだった。でも弱りきった犬なら、どうしてもそれじゃなきゃイヤだけどそんなこと言えないって我慢に我慢を重ねてる犬ならしょうがねぇなって思うだろ?
「…好き」
「ああもう!分かりましたから!ちょっと待ってろ!」
断じて上忍の脅しに屈したという形にしたくなかったから、レジに言って会計を済ませ、男の手を引いてコンビニを出た。
深夜勤務のせいかやる気のなかったはずの店員が、野次馬根性丸出しのわくわくした顔をしだしたってのもあるけどな。
「で、どれが食いたいんですか?」
「え?」
何でそこで真っ赤になるんだ。上忍。
もじもじすんな上忍。
…なんつーか、ホントしょうがねぇなぁ。
ここで偉そうに奪ってくなら、腹を立てることも出来るのに、こうなったら譲る以外ないもんなぁ。
「任務帰りなんですか?」
「あ、はい」
道理で、どうもぼんやりしてると思った。良く見れば忍服もホコリっぽいというか、ちょっと薄汚れている。腹へって判断力さがってんのかもなぁ。
上忍様でも犬でもなく、任務帰りの同胞を労うってことなら、協力するのもやぶさかじゃない。
「…うちにビールくらいならありますから」
腕を引く。ぼんやりしたまま男がついてくる。
うん。よしよし。ついたら風呂ぐらい貸してやって、飯食わせたら寝かしつけて、俺も寝よう。
自分も残業続きで十分脳みそが機能してなかったんだなぁと、後になってから思ったが、そのときはただ疲れきった様子で縋ってくる男をなんとかしなくてはという義務感の方が強かった。
相手は上忍だってのにな。
「食べたいもの、くれるの?」
「どうぞ。あーあとうちに買い置きの冷凍モノがちょこっとありますから、足らなかったら遠慮なくいいなさい」
「…うん」
味見させてもらえたら嬉しいなんてことは流石に言えないのと、目を白黒させてるのがおもしろくて、ぐいぐいひっぱるようにして家に連れて帰った。
それが弱った同胞などではなく、中忍の男でも食う悪食の物好きだと知るはずもなく。
月の光がやわらかく降り注ぐ夜道を手を繋いで歩いた。

これが玄関を開けた瞬間食われたのは俺の方で、ラーメンをきちんと冷蔵庫入れるという律儀さに怒りが持続せず、なし崩しに恋人とやらにされるまでの話。


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適当。
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