暗い森

「怪我、したの?」

「…っ!だれ?」

怯えているのはその手の震えからわかるのに、その瞳は真っ直ぐに俺を見返してきた。

警戒心で一杯の瞳。

無理も無い。
…あんなことがあったばかりだから…。

赤黒い炎を纏った忌まわしい化け物は家を、物を、人を焼いて、滅ぼした。
師と仰いだあのひとも。
あの時失ったものは膿んだ傷のように未だにじくじくと痛み、その記憶を甦らせる。

もう、一年たったのに。…いや、まだ一年というべきなのかしれない。

だが、それよりも目の前の子どもに視線が吸い取られるように向かう。
真っ黒な瞳は、強い意思が宿っている。
その足からは強い血の匂いを漂わせているというのに。

まるで何物にも侵されぬ夜の闇。

己の姿を、心を、守るように包み隠してくれるそれは、暴力的に降り注ぐばかりの日の光よりずっとこの身になじむ。

「ねぇ。どうしてこんな所にいるの?」

奇妙な焦燥感に駆られて、細く白いその腕をつかむ。
その冷たさに随分長い時間ここにいるのだと分かった。
深い森は里に近いとはいえ、こんな年の怪我した子どもが…それも一人でいるのは不自然だ。

「任務で…。」

それだけ言ってうつむいた子どもは、ぐっと歯をかみ締めて、何かを耐えるような表情を浮かべている。

置いていかれたことが相当堪えたんだろう。…それに、そんな自分に憤っている。

触れた手は確かに冷たいのに、自分の中に炎が宿った気がした。赤く、暗く、激しい炎が。

「負傷者はちゃんと保護しないとね…?」

つかんだままの手を引き、よろけた少年を抱き上げるとその軽さにぞっとした。

少年といっても年は自分とそう変わらないだろうに、劣悪な環境は本来なら庇護されるべきものたちを未だ蝕んででいる。己を守るのに精一杯な大人たちに、どれだけの苦痛を押し殺してきたのか。

なぜ、自分が側にいられなかったんだろうと吐き気さえこみ上げてくる。

今までこんな子どもは山ほどいたし、己とてまだ子どもと呼ばれる年齢で人殺しだ。

それでも、この少年には…。

指先に触れた肋骨が折れそうなほど細く、痛ましいほどに痩せているのに、その闇で染め上げたような瞳で俺を見つめてくる少年は迷いなく俺を真っすぐに見つめている。

その黒に溺れてしまいそうだと、思った。

こんなに細いと折れてしまうかもしれない。
そう躊躇したのは一瞬で、すぐに腕の中に閉じ込めて、抱きしめて…少しでも俺の熱がうつればイイと思った。

「…どこに行くの?」

不思議そうな声。
腕をつかんだ細すぎる指が食い込んでも、痛みよりも愛おしさがこみ上げてくる。

今、その手が伸ばされているのは俺だから。

「んー?とりあえず、その怪我なんとかしないと。」

よく見れば乱雑に包帯が巻かれているその足に触れると、一瞬ごく小さく震えた少年は、不安そうに聞き返してきた。

「病院…?」
「違うよ。でも、怪我も治せるし、そのペッタンコのお腹も一杯にしてあげる。俺の家においで。一緒に。」

そういうと、少年は嬉しそうに微笑んだ。
喪失の記憶に抉られた傷は深く、だからこそ、自分だけに伸ばされる手は抗い難いほど魅力的なんだろう。

ソレを知っていて、ソレを利用して。…確実に手に入れるために。

「…ねぇ。俺はイルカっていうんだ。名前は?」

名前を知った。

これからこの名を呼ぶのは自分だけでいい。

「…俺はカカシ。カカシって言うの。覚えてね?」
「うん!ありがとうカカシ!」

約束は本当。
…二度と出してあげる気は無いけれど。

無邪気に喜ぶ少年をつかむ腕の力は、ぐっと強くなった。
里の警備は穴だらけだから、誰にも知られずに閉じ込めるのは簡単だ。

綺麗な瞳。
コレを自分の物にできると思うと自然に笑いがこみ上げてくる。

「カカシ?どうしたの?」
「なんでもなーいよ。…ご飯何にしようかなぁって。」
「え!ご飯!あ…」

俺の言葉に空腹を訴えて鳴る腹を抱えて真っ赤な顔をしているイルカ。
沢山食べさせて、沢山触れて、いつか自分だけを見てくれるようにするのだ。


地を蹴って里への道を急ぐ。
あの時から…いや、もっと前からか、里に帰るのがこんなに嬉しかったことはなかった。

これから家に帰る。この子を連れて。

閉じ込めるために。

今は恥ずかしそうに身を縮めているけれど、いつかきっとその瞳に俺だけを映して、俺だけを呼んで、俺だけのために笑うようにする。

夜の闇は俺に優しい。全てはきっと闇の中に隠されている間に終わるだろう。

とらわれたことも知らずに。


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ヤンカカモノ。先日の遠い記憶編、その始まり?
やはり誘拐犯…orz。

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