見知らぬ男

「見てるだけで満足なの?」
見知らぬ男に一方的にそう言われた。
見ているだけ…そうだ。見ているだけでいい。
欲しいと思うのは恐ろしい。その感情に飲まれていずれ身動きが取れなくなる。
それが手に入るとは限らないのに。
「…見てるだけで、いいんだ…」
返事というより独白だったそれに、男がにやりと笑った。
「そ?じゃあさ、本当かどうか試してみない?」
その言葉と同時に、俺は見たことの無い部屋にいた。
「え…?」
何が起こったのかわからないが、恐らく望ましい事態ではない。
いくら里内といえど油断しすぎた。
この目の前で微笑む見知らぬ男が侵入者なのか愉快犯なのかはわからないが、閉じ込められていることだけは確かだ。
身構えるヒマさえなかった。
「ほら。温かいでしょ?」
そりゃそうだ。人の体温は温かい。
例え見知らぬ相手でも、欲しくてたまらなくて飢えて乾いていた俺には、抱きしめられるだけでうっとりする位気持ちイイ。
だからこそ、失ったものばかりを思い出して辛いのだ。
「離してくれ…!」
戯れでもいいから欲しいと言ってしまったら…俺は終わりだ。
また手に入らないことを思い出しては苦しんで、そうして己の愚かさを哂うことになる。
もう一人で膝を抱えて泣くのはいい加減卒業したい。
多くを望まなければ生きて行ける。
それとなく距離を取ってくれる大人たちに囲まれて、真っ当な教師として振舞えば子どもたちに温かさを分けてもらえる。
…それで十分だ。
あの温かい明かりが灯る窓の中の景色は、疾うに失われてしまったのだから。
「そんな顔して言っても無理でしょ?」
笑顔が、向けられるまなざしが恐ろしい。
温かくて自分だけに向けられていたソレを思い出してしまう。
「いらない。帰し…」
もうイヤだ。
涙ぐむ俺に、くすくすと笑う声が吹き込まれた。
「ウソツキだねぇ?ま、いいや」
手が離れていく。それだけで部屋の空気がぞっとするほど冷たくなった気がする。そんなことあるわけがないのに。
「帰る」
未練がましく縋ってしまう前に、出口らしき扉に向かったのに、そこまで手は届かなかった。
「離さないよ?…じゃ、いこっか?」
ああもう!訳が分からない!
冷たさに震える体では、つながれた手を離すことなんかもうできなかった。
*****
「いいでしょー?ここ」
家の隅々まで案内された。
今いるのは最後に案内された…寝室だ。
「…」
せめてもの意地で口は開かないでいるが、この男は何がしたいんだろうか?
任務三昧でやっと…一人でいるコトに慣れたというのに余計なコトを。
「ここが俺とアンタの愛の巣だから。おもいっきり甘えて縋って鳴いてね?」
ここへ来て、やっと意図が掴めた。
「アンタ、変態か…?」
むしろ変質者か。男攫ってどうこうしようなんて。
ああ、もしかしてこのままおもちゃにされて殺されるんだろうか?
適わない相手なのはなんとなくわかるから、きっと諦めるしかないだろう。
もうなんでもいいや。どうせ全部無駄なんだ。
頑張って一人に慣れて、頑張って任務をこなして中忍になって、…やっとここまできたっていうのに。…全部ぶち壊されるのだ。
急に何もかもがどうでもよく思えてきて、投げやりにベッドに寝転んだ。
「寝心地もいいでしょ?」
襲われるのかと思ったが、優しく髪を梳かれた。温かく優しい手に、どうせなら男の言葉どおり甘えてしまおうとさえ思う。
「ちょっとずつでいいから。俺に慣れてね?もう逃がす気ないからさ」
奇妙な男だ。
子どものように輝く瞳で、ろくでもない未来を語るなんて。
それ以上に、自分が最悪だ。何だってこんな状況なのに、ずっと撫でてくれればイイと思わなきゃいけないんだろう?
「あー…もー…」
涙もでない。出たのはあくびだ。こうなったらもう寝てしまえと脳が白旗を揚げたらしい。
「おやすみ」
抱き込まれて眠るのは久しぶりで、起きたら何かとんでもないコトになってそうな気がしたけど、幸せすぎるそれに溺れてしまうコトにした。
どうせなら、この腕が永遠である夢が見られるとイイと思いながら。


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そうして、見知らぬ男は帰る場所になり、また見知らぬ男の帰る場所になるのです。
眠いのでてきとうだってばよ!←危険。
ではではー!ご意見ご感想など、お気軽にどうぞー!

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