薬(適当)


「おーい。やっぱりこれやばいぞ」
そういって大声で職員室に入ってきた同僚が持っていたのは、薬品棚にストックしてあるはずの薬草や丸薬の名前がずらずらと並べられたリストだった。
在庫切れを示す真っ赤な印がついているのは…腹痛止めの丸薬だ。
「そういやこの所、腹痛いってくる生徒が多かったっけ」
季節の変わり目だからしょうがない。その件に関しては納得がいった。
だが、同時に溜息も零れる。
「これって、あれだよな。山に行かないとないよな」
同僚の言葉通り、この丸薬の主原料は、当たり前すぎるせいで里の薬種問屋も殆ど取り扱わないのだ。
…つまり、この所雨続きで道の良くない山に登って、探してこなければならない。
「どうするよ」
「…明日演習がなくて、授業もないやつが行くしかないだろ?」
そのセリフに嫌な予感をひしひしと感じた。…たまたま、俺だけが授業がないのだ。明日は。
視線が集中する。皆面倒なことなどやりたくないから必死だ。
「…わかったよ!行けばいいんだろ行けば!」
そのセリフに一斉にホッとしたような顔をされたのには腹が立ったが、生徒が苦しんでいる時に何も出来ないよりはイイと思いなおした。
それなりに悪いと思っているのか、同僚も上司も、準備があるだろうと早く帰してくれたのは喜ぶことどうなのか…。
とにかく、俺は雨降りだと分かっている山に、一人で登るコトになったのだった。
*****
「見つけた…!」
長雨のせいで道が悪く、それに丁度通りがかった所に壊れかけた侵入防止用トラップまで見つけてしまい、気付いてしまったら見過ごせない自分の性格を呪いながら修繕していったせいで大分時間が掛かってしまった。
とにかく、量が必要なのだ。
どうせまた山に登らなきゃいけなくなるとしても、それはできるだけ先に延ばしたい。
幸い群れるように生えるこの草は、今俺の足元に生えている分を刈り取るだけで、なんとかなりそうだ。これでまた探すことになどなったら、相当に時間が掛かってしまうだろう。
背に背負った雨に湿ったカゴ一杯に、せっせと刈り取った薬草をつめた。
単純作業だが子ども一人が易々と納まるほどのカゴを満たすのは、それなりに大変だ。
何とかそろそろ一杯になったかな?と思ったとき、背後から唐突に声を掛けられた。
「それ、ちょうだい?」
血の匂い。それからうっすらと漂うのひんやりと冷えた空気。
…どうやら俺は、タイミングが悪いときに山に入ってしまったらしい。
纏う空気で分かる。…これは上忍だ。しかも恐らく任務帰りの。
「これは、血止めじゃないですよ…?」
振り返らずにそれだけ告げた。この言葉を理解できるだけの理性が残っているといますようにと祈りながら。
出来るだけ刺激しないようにしないと。
そう思っていたのだが、背後の男の返事に俺は驚きを隠せなかった。
「んーん。寒いから、お腹壊しちゃったみたい」
「ええ!?上忍が!?」
毒にでもあたったのならありえる話だが、それならこの薬草じゃ効かない。
思わず振り返ってしまった先には…フルフルと震える犬を抱えた男がいた。
「この子なんだけど…」
「あ、そうですか」
確かに寒そうだ。忍犬なのだろうが、もしかすると訓練中なのかもしれない。
哀れっぽくしょぼくれた顔を見るだに、こっちまで腹が痛くなりそうだ。
「ごめんなさい。急いでる?」
顔を覆面で覆って、片目まで隠しているのに男の瞳は饒舌だ。
…俺が思わず苦労して集めた薬草を差し出すほどに。
「犬に効くかどうかは俺は知らないんですが、どれくらいいるんですか?」
差し出した量だけで、人なら数日はもつ。丸薬にしなくても干してせんじれば効果はあるが、犬なら尚のこと丸薬の方がいいだろう。乾かして練るのにも時間が掛かるが、術を使えば何とかできる。
「これだけあれば。…ありがと」
片目だけでにっこり笑った男の腕の中で、犬が申し訳なさそうに俺と、それから主人である男を見上げている。
「いいえ。…その子、早く何とかしてあげてください」
「ん。そうね。帰ろう?」
抱え上げられた犬はキュウンと鳴いて、甘えているのか恥じているのかまでは分からなかったが、男が酷く犬を大切にしているのだというコトは分かった。優しく、しょぼくれた犬をなでてやっている。
思わず、その仕草に見とれた。
「ありがとね」
だが、男は俺の言葉に従うコトにしたらしい。
目があったか合わないかのうちに、男は煙と木の葉を舞い散らしながら消えていた。
「…まあ、いいか。あとちょっと」
冷たい雨が降りしきる中、やっと終わったはずだった作業を再開した。
作業は面倒だ。だが胸は暖かい。
あの犬が、早く治ればいい。心配そうにしていた男が、早く…安心できるといい。
そう思いながら、俺はあと少しだけ増えた仕事をこなしたのだった。
*****
「あの、お礼に」
家に帰って風呂に入って、それから寝ようと思ったら、玄関を叩く音がして…こんな時間に何かあったかと扉を開けば、あの男が立っていた。
小首をかしげて所在なげに。
「えーっと。これって」
立ち話もなんだからと狭い居間に上げてみれば、男が差し出したのは小さな皮袋だった。
取り出した中身には度肝を抜かれた。
痛み止めや兵糧丸は相当に強いものばかりだ。解毒剤と、痺れ薬なんかもあって、それらがすべて丁寧に特殊な薬包紙に包まれている。…それに混じって媚薬やら催淫剤まで入っているあたり、この男の任務の難易度が知れた。
教師であるだけにそれなりに中身は分かってしまったが、こんなモノを貰っても、内勤の俺では使いきれない。
媚薬なんて。…手にとって思わず挙動不審になったのが自分でも分かった。
…それに輪をかけて、上忍が挙動不審なのだが。
手を握ったり、それからまた開いたり、それに…視線を泳がせて、まるで緊張した時の生徒みたいな反応だ。
さて、どうしようか?
薬草のお礼だから薬を選んだのだろうが、どうやら高ランクの任務をこなしているらしいのに、思った以上に物慣れない男を傷つけずに断る方法を考えなくては。
「えーっと。お茶、入れますね?」
立ち上がって、この間を持たせるために茶でも入れようと立ち上がろうとした。
男に…切羽詰ったように手首をつかまれてソレは果たせなかった。
「どうしよ…」
そう言ったっきり、黙り込んでしまった男は、あのときの犬よりもずっと困った顔をしている。
「えーっと、あの?」
見知らぬ男に捕まっている。それなのにどうしてか…奇妙に胸が高鳴った。
「どうしよ。…ねぇ。好きです」
そんなの、俺だってどうしようだ。
哀願の瞳が俺を射抜く。あの時、男が安心できたのならいいと思ったのは…。
「どうしよう。俺も、好きみたいなんですが」
途端に抱きしめられて、唇をふさがれて、それから切なげに告げられた。
「そんなの、そんなの大歓迎です…!」
薬をとりにいって、取り返しのつかない病を貰ってしまった。
男の体温を感じて押し寄せる幸福感からすると…どうやらこれは一生ものだ。
大胆な行為を仕掛けておきながら躊躇う男の背に手を回して、これはもう、男に一緒にいてもらうほかないなと思った。
…何せ、俺の唯一の特効薬なのだから。


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くすりねたにしてみたり。
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