あの山越えて(適当)


「あの山と次の谷を越えて、もう一個山を越えたらゴール」
任務帰りで疲れきっていても、先生が笑顔でいうから逆らえない。
修行なのかそれとも時々口にする人生の潤いってヤツなのか、俺には区別がつかないから、考えないことにしている。
それにしても楽しそうだ。何が楽しいのか俺にはこれっぽっちもわからないってのに。
「…ゴールの目印は」
「ん。俺のクナイ」
手のひらに乗せられているのは先生のお手製時空間忍術専用変形クナイだ。
鈍く光るそれは、先生の手に触れると一瞬で空間移動できる。
…時空間っていうくらいだから、もしかすると時間さえ超えることができるのかもしれないけど、スイッチの入った先生は人の話を聞かないから、俺がその詳細をちゃんと聞いたことはない。
通り名の通りの移動を可能にする術だけど、もしかすると帰りは送ってもらえるのかも。
少しだけ期待しておくことにした。
先生は基本的に人の話をあんまり聞かない。
自分がいいと思ったことは即実行して事後承諾があればいい方で、下手したら気づかないまま大変なことになってることだってある。
どうなんだろ。今回は。山の上でキャンプしたいとか言い出さなきゃいいけど。
普段の生活はごくごく普通なのに、時々突拍子もないことをしでかすから油断できない。
すごーく優秀で、どこかずれている。
俺を置いて壊れてしまった人も、これくらい逞しかったら…。
考えても仕方ない。もう日が暮れる寸前だ。
こういう厄介ごとはさっさと片付けるに限る。
「行って来ます」
「ん!がんばってねー!カカシ!」
楽しそう。ま、この人はいつだって楽しそうなんだけど、このテンションの高さは何か仕組まれていると考えて間違いないだろう。
油断はしない。相手の目的を読んで行動するのが基本だけど、この人相手にそれができるはずがないから、無駄なことは考えずにさっさと足を進めた。
暗くなり続ける森の中を木々の合間を縫って移動する。
どろりとした闇が忍び寄ってきて、こんなに暗いとあの子だったら泣いているかもしれないと思う。
最近知り合った子どもは素直でちょっと馬鹿で強情っぱりで…それから、多分すごく優しい。
任務でヘマして怪我をして、先生に見つかると面倒だから川原でこそこそ傷口を洗って倒れに、怪我の心配と治療と説教までしてくれた。
親が、任務をこなす忍たちが里を支えているのだから尊敬すべきだと吹き込んでいたらしいが…そんけーはするけど怪我しちゃダメって泣くんだもん。
「どうしてるかなぁ」
額宛やクナイやポーチに瞳を輝かせ、熱心に見つめているくせに勝手に触ったりはしなかった。
俺の怪我には大騒ぎしててきぱき一方的に動くなとかじっとしてろとか怒鳴ったあと手当てしてくれたけどね。本人も鼻を横切るように深い傷があるから、しょっちゅう怪我をしているのかもしれない。手当てはあんなにチビなのに手際がよく、的確だった。
見せてやるって言ったら宝物だから特別って言って、自分の下げてたかばんの中身を見せてくれて、それがまた見事にがらくたばっかりだったんだけど、ちょっとうらやましかった。
鳥の羽に周りを磨いてあるガラスの欠片、平らでつやつやした石。何の役にも立たないのに大事にしまいこまれたそれが、多分俺はちょっとねたましかったんだと思う。
久しぶりにただのガキみたいに扱われた事がくすぐったくて、ちょっと情けなくて、でも…きっと俺は嬉しかったんだ。
ちゃんとしたお礼なんて言えなくて、起爆札とか水遁で遊んでやった後、逃げるようにその場を後にした。
だから帰りたかったのにな。今日は。…しょうがないけど。
アイツがいた川原に行ってみるつもりだった。良くこのあたりで遊んでいるらしいことを言っていたから。
今度こそお礼として、光物が好きそうなアイツに合わせて、任務先で宝石も買ってきた。裸石だし、アイツに価値なんかわからなくてもいいんだけど、宝物にしろっていうつもりで…。
「あーあ」
ま、行っても会えたかどうかなんてわかんないんだし、諦めなきゃ。
…普通の子どもになんて、今更戻れないんだから。
父さんのためにも強くなりたかった。だから後悔なんてしてないけど。
…優秀な忍と呼ばれる事が誇らしくて、それから少しだけ寂しかった。
*****
「え!」
「あ!カカシー!お前もここに閉じ込められたのか!?また怪我とかしてないよな!?」
「あ、うん。無事だけど。なんでここにいるの!」
あからさまに怪しい結界が張られた空間を見つけて解術しながら進んだら…これだ。
先生。もしかして俺を監視してたりするんですか。
コイツとは知り合ったばかりだ。とても偶然とは思えない。
第一閉じ込めるなんて!こいつには普通の親がちゃんと二人…。
「クナイを、探してる。修行で」
内心嵐のような焦りと混乱を抱えたまま、平静を装った。
先生はもしかするともうすぐ側に潜んでいるかもしれないんだから、油断するわけにはいかない。
「それ!あった!さっき!こっちだ!」
「…!ありがと!」
さっさとクナイを手に入れて、家に帰して上げないと。
ここは普通にアカデミー生らしいコイツが来るってことはまずない距離だ。つまり先生は人攫いまでやらかした可能性が高い。
どうするの。なにやってんの。いつものことだけどさぁ!
「はぁ…」
思わず零れたため息に、イルカは敏感に反応した。心配そうな顔が覗きこんでくる。
まっすぐに、俺だけを。
なんでかわからないけど、それだけで勝手に鼓動が暴れだして苦しい。
「大丈夫だって!お前強いし、俺もしょっちゅう野営ごっことかしてるし!」
最初に出会った川原だって、そういえば里のはずれだ。行動範囲は子どもにしては広すぎるんじゃないかと思う。
しょっちゅう怪我してるんじゃないかとか、それでもやっぱりこの辺までは範囲外だよね…とかじわじわ不安が這い上がってきた。
ま、うん。心配したってしょうがないんだけど。
「ありがと」
「へへ!気にすんなって!…あ!ほらあれ!」
「あった」
術の気配もトラップの気配もない。…先生の気配もないけど油断できない。
念のためイルカに少し離れているように言って拗ねられたけど、クナイはあっさりと抜く事が出来た。
「きれいだな!」
「う、うん」
何も起こらない。それが却って恐ろしい。
だがとにかく急いで帰らなきゃいけないし、イルカを連れて歩いて帰ったら、確実に明日になる。
俺はいいけど、多分コイツの両親が心配するはずだ。
背負って帰れば、少しは早く帰れるだろうか。
「イルカ。ごめん」
「え?わ!なにすんだよ!下ろせ!」
「ちゃんと口閉じててね!急ぐから!」
抵抗するだろうと思ったのと心配で冷静な判断ができていなかったかもしれない。何も言わずに背負った体は、すぐに静かになった。
気絶でもしたかとあせったら楽しそうにしていて、お陰で俺は走るのに集中する事が出来た。
…背中のぬくもりに、騒ぎ続けている心臓が破裂しそうだったけど、ね。
*****
「おっかえりー!」
「先生!なんてことするんですか!」
イルカを見ても動揺しないってことは、この人やっぱり…!
「こんばんは!カカシの先生!」
「ん。元気なお返事だね!イルカちゃん!」
「先生。俺の質問に答えてください」
「景品は無事手に入れたみたいだから、大事にしなさいね」
それは…どっちのことなんだ。イルカか。それともこのクナイか。
先生のことだから前者のような気がする。
「大事にしますけど…!」
「いいなぁ!カカシこのかっけークナイ貰えるの?今度見せてくれな!」
「イルカちゃんが欲しいならあげるよー?おそろいで!」
…貰いたくなんてない。第一何が仕込まれてるかわかんないのに。
第一なんで名前しってんの!おかしいでしょ!やっぱり犯人はアンタか!
でもイルカがすごく嬉しそうにしてるから、拒めるはずもなかった。
「はいお疲れさま!次も楽しみにしててね!」
不穏すぎる挨拶を最後に、先生は姿を消した。
逃げたか…くそ!
「すっげぇ!かっけーよな!これ!」
「…うん。怪我しないように気をつけてしまっといて。帰ろう?」
「うん!」
ほくほく顔のイルカに案内されるままにイルカの家まで送っていって、出迎えてくれたイルカのお父さんがすごく恐い顔で拳骨を落としてきたり、俺には涙を流しながらお礼を言ってきたりしてくれたおかげで、ちゃんとした事情を説明しそこなったんだけど。
…なんでか知らないけどそれ以来しょっちゅう俺とイルカは遊ぶようになった。
優しそうなイルカ曰く怒ると里最強のお母さんと、強面でちょっと恐いお父さんが、そろって俺を家に呼んでくれるようになったからだけど。
先生の策略だとしても、正直言って嬉しい。
「カカシ!今日はあっちの森の探検しようぜ!」
「ん。いいよ」
「また野営ごっこしような!」
「うみのさんたちの許可とったらね」
ちょっと楽しすぎて恐い位だ。
ちなみに俺の贈った石はイルカが大事にしまってくれた。それだけでなんだかすごく嬉しくて、その日は眠れなかった。
時々先生がにやにやしながら現れて、イルカを餌で釣ったりするから警戒は怠れないけど…。
「秘密基地の設営はカカシ担当な!」
「いいけど、また迷子にならないでね」
「う!だ、大丈夫だけど、カカシが心配だから!い、一緒に基地作ってから探検するか!」
「そうしよっか」
「ようし!作戦会議終了!」
明日は多分うみのさんがお弁当を作ってくれて、それから探検だ。
実際の野営に比べたらたいしたことないんだけど、楽しみでしかたない。
イルカといると、なんだか全部が楽しくて不思議だ。
俺も色々準備しなくちゃね。イルカに笑ってもらいたいし。
魔法使いみたいだという俺よりも、イルカの方がずっと魔法使いみたいだと思っていた。
…それが恋だと知るのは随分後になってからだったけど。

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適当。
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